二十一 猛る悪意
ウグルーシュ帝国第5軍、東部方面総司令官オーベンヌ中将は、行軍中の馬車内で微睡んでいたところ、窓を叩く音にて目を覚ました。
「閣下。間もなく中継地点へ到着致します」
窓を開けると、近衛の騎兵が馬車に並走しながら報告を寄越す。
「そうか」
簡潔に了承し、窓を閉めようとしたが、報告には続きがあった。
「お待ちを。先程偵察隊が戻りましたが、奇妙なことに、北門は開いており、砦内はもぬけの殻だったと申しております」
「何だと?」
これには残っていた眠気も吹き飛び、オーベンヌは聞き返した。
「それは確かか?」
「は。砦の隅々まで捜索しても、誰一人発見できなかったそうです」
近衛兵自身も信じがたいという様子である。
「ふむ……ひとまずこの目で見てみないことにはな。警戒を厳とし、このまま進め」
「はっ」
近衛兵を伝令に走らせると、オーベンヌは窓を閉じて呟いた。
「一体何が起こっている……?」
しばらくして、オーベンヌと近衛隊は隠し砦の中庭に到着した。
砦の周囲は兵で固めさせてある。もし奇襲があったとしても対応できるだろう。
「見たところ、戦闘の痕跡は見当たらんが……」
「完全に人気がありませんね」
油断なく腰の剣に手をやる近衛兵を頼もしく思いながら、オーベンヌは観察を続けた。
そこへ不意に、開け放たれていた北門が凄まじい勢いで落ちて一行を閉じ込めた。
「ちっ、やはり罠か!」
「ダメです、門のレバーが破壊されていて双方開けません!」
素早く小部屋に確認に向かった者から悲痛な報告が飛ぶ。
「迂闊……まんまとおびき寄せられたか……!」
「閣下は馬車内へ! 閉じ込められたとなれば、すぐにも次なる手が!」
近衛兵に押し込められるようにして馬車に戻ったオーベンヌは、窓越しに降り注ぐ火矢の雨を見た。
「火攻めか!」
たちまちにして兵舎や食糧庫など、木造の建築物に火の手が上がる。
しかし石造りの砦はそうそう燃えるものではない。
ここには大きな井戸もあったはず。そこへ身を隠せばやり過ごせるのではないか。
オーベンヌの抱いた希望は、次の瞬間見事に打ち砕かれた。
火の手が回った食糧庫が、突如として内側から大爆発を起こしたのだ。
更には燃え盛る鉄の如き硬い破片が砦中に飛び散り、触れた者全てを切り裂いては着火してゆく。
崩れゆく砦の中、あっという間に近衛兵は壊滅し、オーベンヌは爆風で薙ぎ倒された馬車内で、貫通してきた破片を腹に受けてのたうち回った。
そして早々に馬車にも火が回り、逃げ場を失くしたオーベンヌを怒りと絶望が満たす。
「おのれ、おのれえええ……!」
最早どこにも届かぬ怨嗟の声も虚しく、帝国第5軍総司令官は底の見えぬ炎の海へ沈んで行った。
────
「ひゅーう、大迫力ー!」
木の高みより砦を見下ろしていたアトレットは、燃え盛り爆発を繰り返す様子を眺め、愉快そうに口笛を吹いた。
「おい! 確かに見物だが、もたもたしてるとこっちも巻き込まれるぞ」
「とっととずらかるぜ!」
同じく樹上に潜んでいた弓兵達は、するすると速やかに木を降りていくと、根元に繋いでいた馬の縄を解いて一目散に南へ駆け出した。
「ああー、待って待って!」
アトレットもそれに続き、素早く馬を走らせる。
「いやいや、作戦大成功~! やったね、ブイ!」
仲間に追いつき二本指を立てて見せるアトレットに、弓兵も応じた。
「おう。あの調子なら周りに仕込んだブツに引火して、森も大火事になるぜ」
「しばらくこの道は使えねえな! 残った兵隊も慌てて退散していくだろ。なんたって頭は潰したんだしな! はっはぁ!」
二人は笑いあうと、ぱんと一つハイタッチをしてみせた。
「ちょっと君達ぃ。あたしの策なんだからもっと褒めてもいいのだよ?」
アトレットがぶすっとした表情で言うも、二人は取り合わず。
「何言ってんだ。発案者は隊長だろうが」
「そうそう。よくハジケヤシを使おうなんて思いついたよなあ」
「だからそれを汲み取ったのはあたしだっつーの!」
アトレットは感心して頷き合う弓兵に噛み付いた。
紅の発案した策はこうだ。
砦に向かう際に発見したハジケヤシの群生地から、ありったけの果実を回収し、空にした食糧庫や兵舎全体に配置。
北門を開いてロープで固定しておき、獲物が中に入ったところを弓矢でロープを切断して落とす。
獲物がかかった後は、配置したハジケヤシに引火するよう火矢を放って派手に爆発させればよい。
余談だが、この際話題に上った「砦や城には、お偉方が率先して入りたがるもの」との紅の言が、今回見事に的中した。
そして結果は見ての通り。
大量のハジケヤシの破片は炎をまとい、獲物ごと砦含む一帯を蹂躙した。
更には砦の北側の森にもハジケヤシを仕込むことで引火させ、被害を拡大させている。
今頃増援部隊は混乱の坩堝と化しているだろう。
この作戦の前提として、遠方のロープを正確に射ることが出来る弓の達人が必要だったが、初め紅は自分でやるつもりであった。しかし一刻も早く前線に紅を送るため、アトレットが挙手したのだ。
そして見事にこなして見せたのだから、その点は確かに褒められてもよい腕前であった。
「まあすねるなよ。隊長と合流したら、ちゃんとアトレットの手柄をアピールしてやるから」
「約束だかんね!!」
「おう。っとと、その前におれ達が丸焼きになったら元も子もねえ。急いで離脱するぞ!」
「はいやー!」
火勢が強まり、南にも火の手が迫る中、三人の工作員は馬を懸命に走らせた。




