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百九十八 暴力の化身

 万全の迎撃準備をもって警戒にあたっていたソーサリア東門守備隊は、突然の敵襲にも見事な先手を取ってみせたが、想定外の空振りに終わり動揺に包まれた。


 しかし黒衣の少女の恐るべき勢いに浮足立ったのも束の間。すぐさま態勢を立て直し、果敢に応戦を続行する。

 城壁上は各指揮官や兵らの怒声で満ちており、敢えてがなり立てることで各々を鼓舞していた。


 帝国第3軍は東部戦線にて多くの国を攻め落とし、数々の激戦を潜り抜けた精兵達で構成されている。


 その歴戦の軍人の直感が告げているのだ。

 今は足止めできているが、ほんの少しでも均衡が崩れれば瞬時に戦線は瓦解し、あの化け物に皆殺しにされるだろうと。


 そうならぬためにも、士気を高く保つ必要があった。



「──クソが! 何なんだあいつは! これだけ撃ってもまったく当たる気がしねえ!」

「俺達が手こずったゴーレムどもを、弾丸ごと薙ぎ払ってやがるのか!? あれも魔法だってのかよ!」

「悪魔と呼ばれるのも納得だな! 知りたくもなかったが!」

「貴様ら、無駄口叩く余裕があるなら、奴に倍の銃弾を叩き込め! 残弾が尽きる前に交代し、速やかに再装填! 次の出番に備えろ! あまり休めると思うなよ!」

「イエッサー、クソ曹長殿!! こうなりゃ俺が奴の頭に風穴開けてやりますよ!」

「その意気だクソ野郎! できたら溺れ死ぬまでエールを奢ってやる!」

「各隊へ通達! 現在増援集結中につき、現状を維持! 可能な限り敵の体力を削れとのこと!」

「《《あれ》》と持久戦をしろだと!? 上の連中め、現場も見ずに無茶言いやがる! 自分でやってみろってんだ!」

「やらなきゃやられる! それだけ考えていろ!」


 激しい発砲音の合間に、兵らの怒号が飛び交う。


 敵は少女一人だと言うのに、千単位の射手総がかりで一発も当てられず、進攻を食い止めるのが精一杯。

 ウィズダーム軍を呆気なく薙ぎ倒したことで得た自信が、音を立てて崩れ去るのを帝国兵らは感じていた。


 これまでに公国の悪魔と称される少女の歩みを止められた者は、帝国でもごくわずか。それも三騎将フィオリナ大佐と、ムールズ商会の剣客カネヒサという、突出した猛者との一騎打ちに応じた結果である。


 つまり通常の部隊運用で少女の足止めができたのは、今回が初の快挙であり、十二分に誇っても良い偉業と言えた。


 しかしそれを喜ぶ者は誰一人としていない。気付いた者すらいないのだろう。


 少しでも目を離せば、何をしでかすかわからぬ相手に極度の緊張を強いられ、余計なことを考える余裕もないのだから。


 完全に撃退しない限り危機的状況であるのは変わりがなく、薄氷の上に成り立っている均衡に過ぎない。しかも盤面を一気に覆す策もなし。


 誰もが内心恐怖を抱えつつも、己の役割を放棄せず、気力を振り絞って戦線の維持に努めていた。



「──そこ! 隊列を乱すな! 交代は迅速かつ円滑に行え!」

撃て(ファイア)撃て(ファイア)撃て(ファイア)! 決して攻め手を緩めるな! 少しでも隙を見せれば食い破られると思え!」

「おい、魔道兵! ゴーレムの追加を急げ! 圧力をかけ続けねば突破されるぞ!」


 各隊の将校らが次々と指示を飛ばす中、ふと帝国軍の装備とは出で立ちが違う集団に矛先が向いた。


「全力でやっている! しかし魔法は手順が決まっているんだ! 急かしてもこれ以上早くはできない!」


 怒鳴り返したのは、ゴーレムの作成と操作を担当するウィズダームの敗残兵だった。

 ローブ姿の彼らは民を人質に取られ、不本意ながら最前線まで引っ張り出されてきたのだ。


「ちっ。魔法というのも、思うより万能ではないのだな」

「その通りだ。それに、このペースだとすぐに素材が尽きるぞ。そろそろ補充をしなければ」

「では、私が何人か連れて倉庫へ行こう。あちらで直にゴーレムを作れば、人の手より大量に運搬できる。効率を重視するなら許可願いたい」


 魔道兵の一人が挙手し、足にはめられた鉄の枷を指差した。

 逃亡防止のため、全員の足枷を鎖で繋いであるのだ。


 近くにいた将校が数秒思案すると、短く尋ねる。


「何人必要だ?」

「四人もいれば十分だ」

「よかろう。一人見張りについていけ」


 言いながら、部下に魔道兵の鎖を外させる将校。


「お言葉ですが中尉殿。捕虜の見張りは最低二人以上が原則では」

「最優先事項は門の死守だ。今は一人でも射手が惜しい。それに、貴様らもわかっているだろう? 妙な気を起こせば人質の命はないし、もはや我らは一蓮托生。門が破られたなら諸共に攻撃されるだろう。お互いにそれは避けたいな?」


 将校は部下の忠告を手で制し、束縛を解かれた魔道兵に言い含める。


「ああ、わかっている」


 素直に頷いた魔道兵は、重い足枷を引きずりながら見張りと共に城門を後にした。




 ────




 途切れぬ銃声と、無数のゴーレムがひしめき合う喧噪に囲まれながら、城壁に居座る守備隊が発する音声を断片的に拾っていた紅は、ふと嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ。増援が来ますか。必死になって頂けているようで何より。力を振り絞ってこその戦ですからね」


 紅は敵が持久戦に持ち込もうとしていることをいち早く察し、力任せの進撃を一旦やめ、ゴーレムを撃退するのに専念して機を覗っていた。


 津波のように押し寄せるゴーレムの特攻は厄介ではあったが、それなりに頑丈なため、よい弾避けにもなった。銃撃から死角になるよう巧みに位置取りながら、襲い来るゴーレムを斬滅してゆく。

 これが功を奏し、防御の負担が減ったお陰で聞き耳を立てる余裕が生まれたのだ。


「多少は身体もほぐれてきましたし、仕掛ける頃合いでしょうか」


 ここまでの苛烈な戦闘でさえ、紅にとっては準備運動に過ぎなかったらしい。その笑みには一点の曇りもない。


 観察の結果、射撃手が交代制で絶え間なく攻撃を続けていることはわかった。


 しかしどれだけ訓練を積もうと、常人が精密な動作を延々と繰り返せるものではない。ましてや手にしているのはまだ慣れていない得物。疲労が溜まればいずれ何かしらの失敗もあり得る。

 その綻びこそが反攻の狙い目。持久戦は紅にとっても望むところであった。


 しばらくして、にわかに城壁上からわっと歓声が上がり、城門の向こう側から多数の気配が伝わって来る。ようやく待ちかねた増援が到着したのだ。


 増援を守備隊に組み込むための人員の再配置中、その些細な事故は起こった。


 気がいたのか、とある兵同士が交代時にぶつかり合って転倒し、その場の統制をわずかに乱した。


 味方が増えて安堵した、一瞬の気の緩み。その好機を紅が見逃すはずがない。


 ほんの一時いっとき攻勢が弱まった隙に、紅は出番を待っていた脇差を抜き放って二刀を水平に揃えると、目にも止まらぬ速さで全身をぐるりと一周させて豪快な横回転斬りを放っていた。


 たちまち周囲一円を斬り刻む巨大な旋風が発生し、ゴーレムと銃弾が細切れになりながら空中へ巻き上げられて行く。


 紅が作り出した竜巻はそのまま城門に向けて突進すると、進路上のゴーレムの大群や堀の水を吸い上げて、派手に撒き散らした。

 頑丈なゴーレムの破片や滝のような水が大量に降り注いで来るのだ。城壁上の部隊はたまったものではない。すぐさま大混乱に陥り、もはや迎撃どころではなく逃げ惑う。


 そして竜巻はついに城門へ衝突して大きく揺るがし、なお消え去る気配もなく猛威を振るい続けた。

 がりがりと表面を削り取り、大小の亀裂を全体に走らせていく。

 避難が遅れた兵は残らずぼろ雑巾のように引き裂かれ、上空彼方へと散らばった。


 しかし意外にも、城壁そのものが完全に倒壊することはなく、竜巻が霧散するまで耐えきった。


「おや。存外丈夫ですね」


 軽い感嘆を示した紅の声には、防がれた悔しさはまったく含まれていない。


 傍目には凶悪な竜巻であったが、紅にしてみれば周囲の邪魔者を斬り払った際に生じた余波に過ぎないのだ。ついでに壁も破れれば儲けもの、という程度の認識しかなかった。


「それでは、もう一押し」


 今度こそ確固たる意志をもって障害を打ち砕くべく、納刀した紅は未だ宙に散っている様々な破片を足場に次々飛び移り、城門の正面へ向かった。


 その頃には射撃部隊は壊滅しており、紅を狙い撃とうという者は皆無。

 空中で悠然と居合の構えを取り、闘気をゆらりと全身から滲ませる。次いで鋭い呼気と共に、きん、と澄んだ高音が辺りへ沁み込んだ。


 一拍遅れて、ずどん、と。巨大な城門の中心に横一文字の切れ目が入り、上半分がゆっくりと内側へ倒壊して行く。

 途端に城壁内からどよめきと悲鳴が上がり、やがて凄まじい轟音にかき消された。

 門前の広場に集まっていた兵が逃げ遅れ、瓦礫の下敷きになったのだろう。


「残念。獲物が減ってしまいましたか」


 自ら斬り落とした城門の上へ軽やかに着地した紅は、つまらぬ死に方をした兵らを惜しんだ。


「まあ、まだこれだけいるのです。存分にお相手願いましょう」


 退避に成功して遠巻きにしている兵らの視線を堂々と受け、不敵に手招きしてみせる紅。


「何をしている貴様ら! 攻撃続行だ! まだ門が破られただけだろうが! 撃て! 撃ちまくれ!」


 あまりのことに唖然としていた兵らの間から、指揮官と思われる怒声が上がる。すると即座に我を取り戻した兵が次々と発砲を開始した。

 この切り替えの早さはさすがと言えるだろう。


「ふふ。戦意が残っているようで何より」


 天使と見まごう優美な笑みを浮かべた紅はすでに残像と化しており、多数の弾丸は空を切るばかりだった。


「なればいざ。推して参ります」


 姿の見えぬ少女がそう宣言した刹那、門前の広場中に紅い花弁が一斉に咲き乱れた。


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