表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/216

百九十六 ソーサリア攻防戦

 上空から豪雨のごとく降り注いだ無数の弾丸が、歴史ある街道の石畳を容赦なく抉り取っていく。


 発砲音をいち早く察知した紅は間一髪退避し、自ら破壊したばかりの建物の瓦礫に滑り込んで、不意打ちをしのいでいた。


 紅は先遣隊との交戦で、じっくりと新型銃の観察をした。

 石畳の表面を穿つ威力は、直撃すれば致命的ではある。しかし、ある程度の質量を備えたものであれば、容易には貫通できないことを見抜いたのだ。


 その見立ては正しく、戦場に散乱する障害物を利用すれば十分に防ぐことが可能だと証明された。

 無論今回は、紅の驚異的な反応速度があってこそ叶う回避方法ではあったが。


「ふふ。なかなかの熱烈なおもてなし。しかと迎撃準備を整えられている様子」


 ひとまず被弾は避けたが、弾幕の勢いはますます強まるばかり。防壁とした瓦礫の山を一撃で貫きこそしないものの、確実に削り取っており、そう長持ちしないだろうことは明白。

 にも関わらず、紅の口元には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。まさに窮地を愉しんでいるように。


 常の紅なら、攻撃を受けた時点で迷わず前進を選び、即座に敵を斬り伏せに向かっていただろう。


 しかし今回は事前に変わった相手がいるとの情報を得ている。

 せっかく帝国が丹念に築き上げた布陣を、きちんと味わいもせず喰い荒らしてしまうのは惜しい、と思い留まったのだ。


 それに加え、この戦場はこれまでとは一味違う、という直感を肌で感じ取ったせいでもある。


 今もなお、ばきんばきんと防壁が砕け散り、あまり猶予のない中で、紅は弾丸の射角や着弾時の反響などから推察した敵の布陣を頭の中へ素早く描いていく。


 弾丸が上から来るのは、射撃部隊を城壁上へ展開しているからだろう。


 それも正面だけではない。

 城壁の左右に別れて陣取った部隊が、それぞれの射線を交差させるように途切れなく弾幕を張っている。


 これにより同士討ちを防ぎつつ、存分に火力を集中させて弾幕の密度を上げているのだ。


「なるほど。十字砲火ですか」


 かつて和国でも火縄銃の運用が広まるにつれ、この戦法を駆使する軍が多々見受けられた。紅はそれを懐かしみ、思わず微笑する。


 そのことごとくを斬滅してきたが、此度は弓矢や火縄銃を遥かにしのぐ威力の最新兵器。さすがの紅と言えど、愚直に全てをさばいて正面から突撃するのは骨が折れそうだ。


 次いで意識を向けたのは、城門までを埋め尽くす歩兵の陣形。

 城門の跳ね橋は上がっており、深い堀にたっぷりと水が蓄えられているのが感じられる。文字通り、背水の陣で防御を固めているのだ。


 しかし生身の人間が発する生気が感じられず、心音も息遣いも聞こえない。それらが件の人形兵ゴーレムなのだろう。


 かなりの大軍であり、紅の潜む場所からそう遠くない位置まで先頭が迫っているが、射撃部隊は巻き込むのをためらう様子もなく発砲を続けている。


 いくらでも代えが利く命なき兵隊だからこそ、遠慮なく盾として運用するつもりのようだ。


 都市に近寄れば魔弾が雨あられと迎え撃ち、なんとか掻い潜って城門へ向かおうとも、ゴーレムの分厚い壁が立ちはだかる二段構えの陣。なかなかに隙のない配置だと言える。並の軍であれば安易に距離を詰めることもできまい。


「では。身をもって体験してみましょうか」


 一通り戦場の分析を終えた紅は、瓦礫が崩れ去るのと同時にその場から矢のごとく飛び出し、喜々として城門目指して駆け始める。


 すかさず猛烈な弾幕が襲い来るが、刀を風車のように高速で回転させて弾丸を跳ね返し、無理矢理道をこじ開けると、戦場を縦横無尽に走り抜けて敵を攪乱する作戦に出た。


 帝国軍は最新兵器を装備したとは言え、熟達するにはまだ程遠い。神速を誇る紅を追い切れず、徐々に射撃の精度が落ち始める。


 各所にあるやぐらや防護柵に身を隠しながら移動することを数回繰り返す内に、相手はこちらの姿を見失ったようで、ついに弾幕に綻びが生まれた。


 その隙を見逃す紅ではない。一足飛びで前線へ肉薄し、並び立つゴーレム達を真一文字に斬り払う。


 そのままいつのもように駆け抜けようとした時、ふと違和感を得た。


 確かに斬った手応えはあった。にも関わらず、ゴーレムは崩れゆく身体でなおも紅の行く手を遮ったのだ。


「おや」


 軽い驚嘆混じりに呟き、思わず足を止める紅。そしてなし崩しにその場で迎撃を強いられることになった。


 首を刎ねようと、四肢を飛ばそうと、お構いなしに突進して来る。どれも人間ならば致命傷だが、まったく意に介さず戦闘を続行する様は異様であった。


 間近で観察してみれば、身体を構成する素材は多種多様。かかしのような藁束わらたばから、土くれ、泥の塊など、ありあわせとも思えるものばかり。恐らく資源不足によるものだろうが、これが鉄などを用いていればさらに厄介だったことだろう。


 動き自体は緩慢で、一体一体はどうということはない。木っ端微塵にすればさすがに沈黙する。が。その間にまた新たな個体がわらわらと群がって来るのだ。全てをまともに相手をしてはきりがない。


 何より、処理に若干手間取っていた間に射撃部隊にこちらの居場所を再び補足され、嵐のような弾幕に晒されてしまったのが問題だった。

 これではゴーレムを無視して飛び越そうとすれば、撃ち落とされてしまう危険が高い。


「はてさて。少々見くびっていましたか」


 ゴーレムに完全包囲され、その上から集中砲火を受けながらも、紅は冷静に刀一本で全てを刻んでさばいていく。しかし城門を目前にして、まんまと足止めされてしまったこともまた事実だった。


 紅にしてみれば、この程度は絶体絶命という訳でもない。しかし、まずはこのゴーレム達を排除しなければ、城門の突破は難しいだろう。


 徹底的に殲滅することもできなくはないだろうが、最後の手段にしたいところ。時間がかかる上、血の通っていない相手をいくら斬ろうが面白くもない。


「見事な策です。潮時ですね」


 己の読みが甘かったことを認め、見学をやめて本腰を入れることを決める紅。


「確か、人形を操っている術者がいるとのことでしたか」


 事前に知らされた情報を思い出し、次の一手を練る。


 いくら斬っても数が減らないのは、術者が逐一再生、あるいは補充をしている可能性がある。ならば術者さえ潰せば、今いる個体が止まらずとも、これ以上増えることはあるまい。


 そのためにも、術者の居場所を割り出す必要がある。

 これについて紅は楽観視していた。


 ゴーレムを使役するにも、適宜補充するにしても、ある程度戦場付近に陣取らねば効率よく動けまい。


 理想としては、戦場全体を俯瞰ふかんでき、かつ適度に離れた安全な場所。

 その線で行けば、城壁上の部隊に混ざっていると考えるのが妥当なところだろう。


「なれば。少々乱暴に参りましょう」


 方針を定めた紅は、これまで遊ばせていた左手を腰の脇差にやり、柄をしかと握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「はてさて。少々見くびっていましたか」  ゴーレムに完全包囲され、その上から集中砲火を受けながらも、紅は冷静に刀一本で全てを刻んでさばいていく。しかし城門を目前にして、まんまと足止めされてしまっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ