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百六十 隠し持つ牙

 上下左右から紅の包囲を完成させた魚人軍は、一斉に大きく息を吸い込む仕草を見せた。


 たちまちかえるのように、喉元がはち切れんばかりに膨らんでゆく。


 それが限界まで達したかと思われると、顎が外れそうなほどに口を開いて凄まじい勢いで何かを吐き出した。


「これはこれは」


 海中に軌跡を描きながら放たれた多数の不可視なる弾丸を、紅はわずかな時間差を見切ってことごとく紙一重で避けて見せる。


 すると紅が回避した流れ弾の一部が人魚軍へ向かい、被弾した不運な兵らが身に大穴を穿たれていった。


「なるほど。水流の槍ですか。面白いことをしますね」


 抜け目なく観察していた紅は、魚人の遠距離攻撃の正体に見当を付ける。


 規模が桁違いではあるが、恐らく水鉄砲と同じ要領なのだろう。

 吸い込んだ水を口内で極限まで圧縮し、驚異的な勢いで押し出したものと思われた。


 あの威力ならば一発で軍船を沈めることも可能だろう。船団を連れてこなかったのは正解だったと言える。


 紅の異常な反応速度を見た魚人達は、奥の手が初見であっさりとかわされたことに驚愕した様子でどよめくが、数を撃てばいずれ当たると判断したのか、すぐに気を取り直して射撃を続行した。


 水中にいる限り弾数は無限。何しろ水そのものが材料なのだから。


 初手で兵の多くを削り取られたとは言え、まだおよそ千は残っている。全方位から放たれる数多の流体の弾丸を、陸の者が長時間さばき続けるのは困難だろう。


 と、そういった思惑を感じさせる動きだった。


 未知なる強敵に対して迂闊に近寄らず、遠距離攻撃に徹すると言う発想自体は悪くはない。だがその作戦が有効に働くのは、足止めが完全にできればの話である。


 生憎と、技の正体を見破った紅はすでに対処法を思いついていた。


 襲い来る幾筋もの水流の一つを選び、膝を柔らかく曲げながらつま先で受けると同時に、勢いを推進力へと変えて蹴り出すと、その場から一瞬にして姿を消した。


「なかなかの妙技ですが。少々溜めが長すぎるかと」


 あっと言う間に包囲をすり抜けた紅は、再び水を吸い込み始めた魚人達の背後に出現していた。


 声がした方向へ慌てて振り向いた魚人達の首が、次々と胴から離れて行く。


 すれ違った時点ですでに刎ねていたのだ。


 囲みの一角を切り崩した紅は、死体を盾にして水の槍をかわしながら付近の隊列へと紛れ込み、手当たり次第に斬り散らしてゆく。


 魚人が水流を撃ち出すまでにはやや時間がかかる。距離さえ潰せば紅にとっては隙だらけであり、まったく脅威たり得なかった。


 本来の得意分野であろう近距離戦ですら、紅の技量の前では歯が立たず。


 たちまち数を減らす魚人の群れ全体に恐慌が広がり始め、味方が交戦している場所へも容赦なく水流が撃ち込まれてくる。


 しかし威力はあれど、直線的で速いだけの攻撃を紅が恐れる訳もなし。


 先程までのように全方向から絶え間なく放たれるならともかく、ろくに狙いも付けていない射撃などいくらでも対処のしようがあると言うもの。


「ふふ。同士討ちもいとわずに攻め手を緩めませんか。その姿勢はがむしゃらでいいですね」


 紅は笑いながら前方にいた魚人を蹴り飛ばして水流に貫かせ、蹴った反動を利用してその場を離脱し、次なる獲物の元へ向かっては縦横に凶刃を振るった。


 ものの数十秒の間に己を囲んだ隊を殲滅すると、続けて人魚軍を襲っている群れへ切り込む紅。


 挟撃される形となった魚人軍は、反応すらできずに背後からざっくりと抉り取られ、たちまち瓦解して海底目掛けてばらばらに逃亡を始めた。


「ふふ。逃がしはしませんよ」


 満面の笑みを浮かべて魚人達を追うため、岩礁沿いに潜ろうとした紅へテティスの声が飛ぶ。


「深追いするな! 奴らにはまだ切り札がある!」

「はて。それはどのような」


 その注意に気を取られ、首を傾げた一瞬の隙を突き、岩礁の裏から突如現れた巨大な影が紅へ覆い被さった。


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