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百五十九 青を断つ

 紅達が高速で海中を進み始めて間もなく、徐々に水へ赤い筋が混ざり始めていた。


 やがて正面に、尖塔のようにそそり立つ細長い岩礁がんしょうが現れる。

 いかにも集合の目印としてはうってつけだろう。


 その周辺では多数の人影が激しく動き回っており、あちらこちらで喚声や武器がぶつかり合う硬質な音が上がっている。


「なるほど。あれが魚人ですか。人魚の皆様よりも魚の特徴が濃いですね」


 紅は海中で反響する音を拾って状況を確認すると、人魚とはまるで別物の形状をした生物の存在を感じ取った。


「くっ、やはり戦闘が始まっているか! 急ぎ援護に向かうぞ!」


 焦りを見せるテティスの指示に雄叫びをもって返し、人魚軍が槍を構えて突撃を開始する。


「さて。まずは双方のお手並み拝見と参りましょう」


 紅は群れから離れ、戦場を一望できる海面近くへ陣取ると、しばしの観戦を決め込んだ。


「全体密集隊形! 負傷者を後方へ逃がせ!」


 戦場へ乱入したテティスの部下が、交戦中だった別動隊を庇って前線へ飛び出していく。


 敵の前に壁となって立ちはだかり、槍衾やりぶすまを突き出して牽制を始めた。


 陸とは違い、上下にも兵を展開する必要があるため、紅にとっては初めて見る立体的な陣形である。


「姫様、申し訳ありません……どうやら追跡されていたようで……」

「話は後だ! 手当てと生存者の点呼を急げ! すぐに立て直すぞ!」


 後方に逃れて来た別動隊の指揮官が悔し気に報告するのを制し、素早く指示を下すテティス。


 魚人達は突如現れた増援に一時動揺を見せるが、それも束の間。

 獲物が増えて幸いとばかりに、意気揚々と攻撃を再開した。


 海底から続々と仲間が浮上していることも強気に拍車をかけているのだろう。猛然たる勢いで正面から陣形を崩しにかかる。


 槍と防具でしっかりと武装した人魚に対し、魚人は鱗に覆われた身一つで挑む。


 よほど鱗の強度に自信があるのだろう。

 実際、人魚が繰り出す一撃を雑に腕で弾き返し、鋭い鉤爪や牙、蹴りを駆使した乱暴な格闘で渡り合っていた。


 個々の強さは魚人に軍配が上がるようで、人魚が三人がかりで一人を抑えられるかどうかといったところ。


 特に膂力は比較にならず。


 突き出された槍を掴んでへし折る。

 盾を持った腕を正面から蹴り砕く。

 鎧ごと胴を噛み千切る。

 兜を鉤爪で貫いて中身をぶちまける、といった強引な手段が目立った。


 対して人魚は洗練された連携で対抗し、一人が引き付けている間に、他の兵が魚人の首筋や背びれなどの比較的柔らかい部分を的確に突き刺して討ち取っていく。


 今現在は一進一退。

 人魚軍は密集することで隙を減らして魚人を食い止めているが、いかんせん数が問題である。


 テティスが率いていた兵は3千程度。合流した隊を合わせても5千には届くまい。


 魚人は着々と増えており、このままではいずれ手に負えなくなるだろうことは明白だった。


「耐えよ! 他の隊が集結すれば巻き返せる! それまでこの海域を死守するのだ!」


 テティスの檄が飛ぶ中、一人、また一人と負傷しては、後列の兵と入れ替わりながら防御陣形を維持する人魚達を他所に、紅はひっそりと下降を始めていた。


 魚人の増援が途切れ、群れが一塊になったことを察して足元へ回り込んだのだ。


「それではいざ。お手合わせ願いましょうか」


 微笑を浮かべて颯爽と水を蹴った紅は、瞬く間に魚人軍まで距離を詰め、一息にその只中を突っ切った。


 陸を駆けるのも同様に、とまでは行かなかったが、それですら紅の姿を捉えられた者はごく少数だろう。


 勢い余って海面からざばんと高く飛び出し、手にした紅い刀が陽光を反射する。


「おや。行き過ぎてしまいました。まだ少し加減が難しいですね」


 紅が失敗を誤魔化すように笑った直後、水面下へ無数の斬閃が奔り、魚人の血と思われるくすんだ青色が辺り一面を染め上げた。


「改めてもう一度。今度はじっくりと参りましょう」


 空中でくるりと反転すると、頭からとぷんと溶け込むように水中へ戻る。


 潜った先、今しも紅が横切った戦場には、静寂が訪れていた。


 人魚も魚人も、何が起きたのか理解が追い付かずに呆けていたのだ。


 そんなことにはお構いなしに、再び魚人軍を強襲する紅。


 宣言通りにゆったりと泳ぎながら、運よく生き残った魚人を切り刻んでゆく。


「確かに多少硬いですが。特に問題はないでしょう。適度な斬り応えが癖になりそうですね」


 吟味するように次々斬り捨てながら、紅は笑みを深める。


 水の抵抗の分、平時より斬撃の切れ味は落ちていたが、鱗の隙間を正確に狙える技量を持つ紅にとっては誤差同然。

 抵抗も出来ずに試し斬りをされる魚人が憐れですらあった。


 あっという間に海面近くの同胞が全滅したことで我を取り戻した魚人達は、ぎゃいぎゃいと興奮したような奇怪な声を上げて、犯人たる紅へと殺到する。


「種を問わず、勇猛な方は好ましいものです。何と言っているのかはわかりませんが」


 水中に逆さとなって揺蕩たゆたう紅がにこにこと笑みを振り撒くと、押し寄せた魚人達は唐突に首を置き去りにして通り過ぎ、次いで刺身のように丁寧にさばかれて行った。


 まさに魚人の活け造り。紅の遊び心が覗える一幕であった。


 刹那の内の惨劇により海は肉片で溢れ、流血で濁り切ったが、この場にいる者達は全員が聴覚で周囲の情報を把握している。


 紅が引き起こした凶行をようやく理解し、人魚軍は喝采を上げ、魚人軍は大いに憤慨した。


 しかし魚人は怒りに任せて突撃することはなく。

 たった今、近寄った同胞が見えざる斬撃にて葬られたばかりなのだ。二のてつを踏むほど愚かではないらしい。


 士気を盛り返した人魚を牽制する隊と、紅を攻める隊とに別れ、わらわらと散開を始める。


「はてさて。一体どのような手札を見せて頂けるのでしょう」


 遠巻きに囲みを作りだした魚人達の出方を覗い、紅は期待に胸を膨らませた。


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「確かに多少硬いですが。特に問題はないでしょう。適度な斬り応えが癖になりそうですね」  吟味するように次々斬り捨てながら、紅は笑みを深める。  水の抵抗の分、平時より斬撃の切れ味は落ちてい…
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