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百三十五 進撃の爆炎

「今、何て言った?」


 帝国三騎将オルネスト大佐は、冷静さを保つべく一拍置き、本隊から訪れた伝令に問い直した。


 しかし溢れる激情は抑えきれず、全身から怒気が吹き出すのが目に見えるかのようである。


 その迫力に気圧された伝令は、怯えを含んだ消え入りそうな声で報告を復唱した。


「公国の悪魔討伐に向かったフィオリナ大佐が戦死……その後第6軍も全滅し、南方戦線は完全に崩壊致しました……」

「ちっ。聞き間違いじゃなかったかよ」


 大きく舌打ちしたオルネストは、無念さを握り潰すようにごきりと拳を鳴らした。


 オルネスト率いる第1分隊は本隊である第2軍と合流を果たし、ダルフ要塞から北上を再開していた。


 新兵器の銃を配備され、竜騎士の援護もほとんど必要とせず連合軍を圧倒し、波に乗り始めた矢先にもたらされた凶報に、第2軍は驚きを隠せなかった。


「フィオリナがやられるなんざ笑えねえぞ。しかも銃すら効かねえと来た。悪魔ってのはどれだけの手練れなんだよ」


 オルネストも例外ではなかったが、動揺より好奇心が勝った様子で大いに興奮していた。


「あの長鼻野郎とどっちが上だろうな? まったく、目移りしちまうぜ」


 リザードマンによる侵攻の際に妨害に入った翼持つ異形の者は、あれ以降姿を見せていない。こちらが進軍を開始したにも関わらず、である。


 本人が口にしたように、本当にただの通りすがりだった可能性が濃厚となり、再戦に意欲を燃やしていたオルネストは肩透かしを食らった気分だった。


 そこへ今回の一報。

 本隊と合流した今、今度こそ己の出番かと息巻いて伝令に尋ねる。


「で、いつになったら俺にお声がかかるんだ? なあ」

「大佐、ご自重を。伝令が怯えています」


 恫喝するようなオルネストの態度を、副官ガーフィール大尉がたしなめた。


「貴官へ向けた敵意ではない。気にせず続けてくれ」


 安心させるように落ち着き払った声で伝令を促すと、報告が再開された。


「は……参謀本部の意向により、公国とは一時休戦状態に入りました。その間に戦線の収束を図り、戦力を安定させることを軸とする、とのことです」

「はっ。ずいぶん悠長な話だな。参謀本部も臆病になったもんだ」

「それだけ此度の損害が凄まじかったのでしょう」


 鼻で笑い飛ばすオルネストへ、ガーフィールが冷静な見解を述べる。


「察するに、帝国の総力を挙げなければ、かの悪魔に対抗できないと判断したものと思われます。かつてない脅威であると言えましょう」

「さっさと俺をぶつけねえからだ。しかも戦力が整ったら異動できるって話は、休戦のせいで白紙ってか。冗談じゃねえぞ」

「ですから伝令に当たるのは筋違いですよ」


 オルネストの苛立ちをぶつけられた伝令を庇い、用件は済んだと見なして退室させるガーフィール。


「ふん。戦線の収束ねえ……」


 不満げに鼻を鳴らしてしばし思考したオルネストは、一転してにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「要は、とっとと持ち場を平らげりゃ異動できるってことだよな?」

「大雑把に言えばそうなりますね」

「ならやることは一つだ」


 机に立てかけていた愛剣を掴むと、天幕の出口へ足を向けるオルネスト。


「本日の作戦行動は完了しましたが。その上で行かれるのですね」

「おう。悪魔の話を聞いたらどうにもたぎっちまった。体を動かさんと治まりそうにねえ。明日の分を前倒しにする」


 ガーフィールの確認に、着込んだままだった真紅の鎧をがしゃりと鳴らして振り返る。


「仕方ありません。少将閣下には私から伝えておきますが、程々に願いますよ」

「話の分かる部下がいると助かるねえ」

「下手に我慢させて暴走されても困りますので」


 ひらひらと手を振って出口を潜るオルネストの背中を、溜め息混じりの声が送り出した。




 夕闇が迫る中、火竜を駆って宿営地を飛び出したオルネストは、間を置かずに次の攻撃目標である城塞都市へ到達した。


 火竜の巨躯は遠目にも目立つ。すでに外壁上には連合軍の兵が居並び、迎撃態勢がすっかり整っていた。


 一斉に空へ射かけられた大量の矢を翼の一打ちで吹き散らし、外壁をあっさり飛び越えた火竜を都市の中心へ滞空させると、オルネストは大きく声を張り上げる。


「──帝国軍三騎将、オルネストが告げる! ただちに降伏せよ! 帝国に恭順きょうじゅんするならば危害は加えん!」


 眼下でざわめく群衆に声が届いているのを確認し、オルネストは続ける。


「しかしあくまで抵抗するならば、都市ごと殲滅する! 好きな方を選べ!」


 突然にして高圧的な降伏勧告に、都市の兵や民は敵愾心てきがいしんあらわとして上空の火竜を睨みつけた。


 立ち退こうとするものは皆無。

 一般人ですら殺気を帯びて、有り合わせの武器を手にその場へ留まっている。


「まあそうだろうよ。だが、一応形だけでも言っておかねえとな」


 しばしの猶予を与えたが、その反応を予想していたオルネストは軽く肩をすくめて剣を抜く。


「てめえらの選択だ。後悔するんじゃねえぞ」


 赤い瞳にぎらりと獰猛な光を灯し、逆立つ赤髪を真紅の兜で覆うと、火竜の背から飛び降りながら一喝する。


「攻撃を、開始する!!」


 振りかぶった剣を群衆の只中へ叩き付けた瞬間、両断した人体が轟然と発火し、周囲の人々へ見る間に燃え移った。


 オルネスト自身もたちまち火の海に囲まれるが、身に着けた防具は火炎を受け付けず、行動を阻害されることはない。


 むしろ水を得た魚のように活き活きと、災禍を具現する炎剣を縦横に振り回し、兵も民も区別なく焼き尽くしてゆく。


 戦の心得がない者はすっかり怖気付おじけづいて逃走を図るが、都市の各門は火竜が先んじて破壊しており、すでに逃げ場はなし。

 うろたえている間に炎と煙に巻かれ、次々と命を散らして行った。


 瞬く間に都市中央を制圧したオルネストは、業火を引き連れ大通りへと進出し、守備兵の一団と対峙する。


 この状況でも果敢に攻め寄せる兵の群れを見据え、オルネストは剣先を地面に突き刺すと、前方へとこすりながら猛然と斬り上げた。


 すると、火竜のブレスにも匹敵するような巨大な熱波が発生し、周囲の建物ごと兵達を飲み込み跡形もなく消し去った。


 その後も動く者を手当たり次第に斬っては燃やし、暴虐の限りを尽くすオルネスト。


 火の勢いは増すばかり。


 石畳すら蒸発させる爆炎を前に、守備兵らは剣を交えることすら許されずに蹂躙され、美しかった街並みも最早見る影なし。


 火竜に騎乗せずともこの猛威。

 帝国三騎将の力を遺憾なく見せ付けたのだった。


「ご丁寧な戦争ごっこなんざやってねえで、最初からこうしてれば舐められずに済んだんだ。歯向かう奴は全部叩き潰して見せしめにすりゃあ良いんだよ」


 夜闇に業炎が舞う中、オルネストは酷薄な台詞を漏らす。


 圧倒的な力を誇示し、相手の反抗心を根こそぎ奪ってねじ伏せる。

 それこそが帝国軍の在り方であり、時間も犠牲も最小限で抑えられる理想の戦だと彼は考えていた。


「ちっ、思った以上に脆かったな。これじゃあ足りねえ」


 わずかな時間で灰燼かいじんした都市を見回し、オルネストは吐き捨てる。


「ついでに首都まで行っちまうか。フラムベルグ!」


 名を呼べばすぐさま火竜が頭上に現れ、滑空しながら太い前脚で器用に主人の身を抱き上げた。


「待ってやがれ、お転婆娘。とっとと片を付けて会いに行ってやるからよ」


 滅した都市を一顧いっこだにすることなく、赤き竜騎士は進撃を開始する。



 その日、一夜にして一つの国が地図から姿を消した。

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