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百三十四 苦悩と商魂

 ウグルーシュ帝国首都ガルダーニュの軍本部にて。

 執務室に篭った参謀本部長ザミエル中将は、愕然とした表情で放心していた。


 アッシュブールへ増援を送ってから、はや一週間程が経つ。


 しかし一向に音沙汰がなく、しびれを切らした参謀本部は竜騎士による現地の偵察を試みた。


 その結果得られた情報は惨憺さんたんたるもの。


 アッシュブールはすでに陥落し、増援も合流すらできずに全滅したと思われる。その上南の国境線には深い大穴が横たわり、侵攻ルートを完全に潰されていたのだ。


 間違いなくかの悪魔の仕業だろうが、三騎将以外に地形をここまで大きく変える者がいるとは予想しておらず、ザミエルの受けた衝撃は凄まじかった。


 加えて聖王国の進出を抑えていた部隊も確認できず。

 これにて南方の戦力は完全に消滅してしまったことになる。


 三騎将フィオリナ大佐の戦死も含め、帝国軍にとって非常に大きな損失であった。


 全ての領土を奪還した公国は、聖王国の増援と合流して戦力の強化を図るだろう。


 そうなれば、数少ない竜騎士のみの部隊で力押しをすることも難しくなる。


 そもそもいくら兵を削ろうが、万単位の軍や三騎将を始めとした竜騎士をも一人で蹴散らす化け物がいる限り、あっさり盤面をひっくり返されてしまうのだ。一体どう攻めろと言うのか。


 ザミエルは出口の見えない思考の迷路をさまよっていた。


「……しかしこれは、転機ではないか?」


 不意に射した一条の光を手繰り寄せるように呟きを発する。


 考えようによっては、一時休戦の口実になり得るのでは、と思い至ったのだ。


 公国軍も疲弊していることには変わりない。すぐさま帝国領に向けて反撃に転じる余力はないはず。まずは自国領の安定を優先するだろう。


 休戦協定を結ばずとも、地理的に互いを攻めることが難しくなった今、後回しというていを取れば皇帝も納得するのではなかろうか。


 公国を攻めて悪戯に戦力を消耗するより、その分を他の戦地へ割り振った方がよほど建設的である。

 以前皇帝に具申した通り、広げ過ぎた戦線を収拾した後、総力をもって公国にあたるのが吉と見た。


 わずかに生気を取り戻したザミエルがそのように思案しているところへ、扉越しに衛兵から来客のおとないを告げられた。


「誰だ? 面会の予定はなかったはずだが」


 問い返すと、衛兵を遮って客本人が名乗りを上げる。


「ワタクシです。ムールズ商会のムールズでございますよお」


 その軽薄な語り口に、ザミエルは露骨に顔をしかめた。

 今、最も顔を見たくない人物の筆頭であったためだ。


 何しろ大枚をはたいて購入した兵器が、ほとんど使い物にならなかったのだから。


 しかし、どうせなら文句の一つも言ってやらねば気が済まない。


 何とか怒りを抑えつつ入室許可を出すと、扉を潜って目に痛い色合いの衣装が飛び込んで来た。


「ご機嫌麗しゅう、中将閣下。本日ワタクシ、追加の弾薬を納品しに参りまして。ついでと言っては何でございますが、他にご入用のものがあれば、と御用聞きに伺った次第でございます」


 相も変わらず派手な化粧を施した口元が軽快に言葉を連ねるのを見て、ザミエルはうんざりといった様子で言い捨てる。


「貴殿、よくものこのこと顔を出せたものだな」

「はて、どういった意味でございましょう?」

「とぼけるのも大概にしてもらおう! 貴殿ご自慢の銃も傭兵も、かの悪魔の前では物の役にも立たなかったのだぞ!」


 ザミエルが声を荒げるも、ムールズは一切動じることなく肩をすくめて見せた。


「おやおや。それは言いがかりではありませんかねえ? 弊社は武器をご提供するまでが仕事でございます。性能を把握された上でご購入されたはずですし、後はお客様の運用次第。ワタクシに責任を問うのは筋違いというものでございますよお」

「減らず口を……!」

「お褒めにあずかり光栄至極! 商人は口先が命ですからねえ」


 まったく悪びれず、慇懃無礼に頭を下げるムールズに、ザミエルは机上のランプを投げ付けたい衝動に駆られた。


「ですが、かの悪魔と呼ばれるお方の力を見誤ったという点では、ワタクシにも落ち度はありました。弊社でも指折りの傭兵が負けるとは思いもよりませんでしたので。いやはや、まったく恐ろしい!」


 多少の反省を見せたかと思うと、おどけた様子で震えるムールズ。


「つきましてはお詫びと致しまして、次回のご購入に関しては一割引きとさせて頂きましょう! んん~、我ながらなんて殊勝な心がけ!」

「そういう問題ではない!」

「なんと! まだ足りないと申されますか? それでは断腸の思いですが、二割引きでどうかご勘弁を!」

「金額の話ではないと言っている! 武器はともかく、失った兵は戻って来ないのだ!」


 どん、と机に拳を叩き付けて断じるザミエル。


 帝国軍の兵力は豊富と言えど、直近ちょっきんの公国、正確には悪魔との交戦だけですでに十万単位の犠牲が出ている。これ以上の消耗は避けねばならない。


「ふむう。兵の補充をお求めですかな? 今すぐに、とは参りませんが。失っても代えの利く兵。心当たりがなくもありませんねえ」

「……何?」


 にやにやともったいぶった笑みを浮かべるムールズに、ザミエルは懐疑の目を向けた。


 そんな都合の良い道具のような兵がいると言うのか。


 そう疑問が浮かんだ瞬間、ザミエルの脳裏に閃くものがあった。


「待てよ……ウィズダームのゴーレムか!」


 つい先日第3軍より上がってきた報告書に、無限に湧いて来る疲れ知らずの人形兵について書かれていたのを思い出したのだ。


「ご名答! 皆様がかの国を落とし、無事に賢者の学院の英知を確保された暁には! 弊社が解析を承り、お人形の生成技術をご提供するというのはいかがでしょう!」

「それが可能なら、大いに助かるが……」

「おや、お疑いでいらっしゃる? 弊社の技術力は、この大陸の最先端を上回るものと自負しております。それは中将閣下もご理解頂けているものと存じますが。失礼ながら、貴国だけで研究をなさるより、よほど早く実戦導入にこぎ着けられるものと思われますよお?」


 言い方はかんさわるが、事実ではあった。


 魔法は帝国にとっても未知の技術。首尾よく入手したとして、解明には相当な労力を要するだろう。


 対してムールズ商会の知見の深さは底知れない。ゴーレムの仕組みについても、薄々見当は付いている可能性すらある。


「ちなみにその際のお代は結構です。新しい技術を得られれば、弊社としては十分ですので。研究成果を貴国へ還元させて頂く形となりますねえ。そして実戦データを取れるならさらによし! 持ちつ持たれつと参りましょう!」


 労せずして新技術を入手できるのだから、ムールズにとって濡れ手にあわということなのだろう。抜け目のないことだが、そういう動機であれば無料とするのも納得が行く。


 帝国は体よく利用される形となるが、それを差し引いても無尽蔵の兵は魅力的だった。


「……一考に値する。次の議会で取り上げよう」

「さすがご決断が早くていらっしゃる! ただ、試供品として差し上げた銃はそろそろ弾薬が尽きる頃合い。都市を攻略するにも威力が高すぎることでしょう。そこで、もっと取り回しの良い新たな武器をご紹介したく存じますが、いかがでしょう?」

「本当に、抜け目のないことだ……」


 ここぞとばかりに商談に繋げ、満面の笑みで揉み手を見せるムールズに、ザミエルは思わず苦笑した。

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