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百三十三 信奉者の選択

 アッシュブールへ駐屯する公国軍司令本部の天幕内では、部隊の中核を成す将校が集合した会議が開かれ、大いに紛糾していた。


 帝国残党の掃討作戦を完了して帰還したコルテス少佐の報告内容が、あまりに衝撃的だったためだ。


「ここへ来て、中佐相当との共闘拒否とは……困ったことになったものだ」


 聖王国が提示した条件を反芻はんすうするキール中将は、眉をひそめて司令本部の天井を振り仰いだ。


 援軍派遣自体は頼もしい。しかし運用に大幅な制限がかかることは、正直に厳しいと言わざるを得ない。


「ようやく公国から全ての帝国軍を追い出したと言うのに。一難去ってまた一難とはまさにこのことだな」

「仰る通りです」


 吉報と凶報を同時に持ち帰ることになったコルテスも、複雑な表情で相槌を打つ。


「対談の場で、中佐相当が暴れ出さずにいてくれたことが救いでしょうか」

「そうなっていたら終わりだった。聖王国の支援が止まった上に交戦状態となれば、我が軍は自滅するのみだったろう」

「考えるだけでも恐ろしい事態ですな」

「その点は、身を挺して仲裁に入ったコルテス少佐を称えるべきだ。彼女の前に立ち塞がるなど、並大抵の勇気ではできまい。よくやってくれた」


 重鎮の一人に水を向けられると、コルテスはびしりと敬礼をもって返した。


「恐縮であります。あの方は奔放さに目が行きがちですが、その実、思慮深さを持ち合わせていらっしゃいます。理をもって説得すれば、きちんと聞いて下さるのです。今回はそこに救われました」

「うむ。中佐相当の懐の深さに感謝せねばな。少佐も彼女のことを理解してきたようで何よりだ」


 コルテスの言葉に、キールはしたり顔で首肯した。


 それを聞いた重鎮らが思わず苦笑を浮かべる。


「出ましたね。閣下の中佐相当贔屓(びいき)が」

「実際閣下をここまで心酔させてしまったのですから、聖王国が中佐相当の影響力を危険視するのもやむなし、と言ったところでしょうな」

「しかし条件を飲むとなると、中佐相当の配置をどうしたものか……」

「前線から外そうものなら、それこそ離反されかねませんしね……」


 ざわざわと重鎮らが言い合う中、キールは流れを断つように言葉を切り出した。


「諸君。悩ましいのは確かだが、悪い話ばかりでもない。まずは明るい材料を洗い出そうではないか」

「と言われますと……一つに北の国境の件が上げられましょうか」

「何か動きがあったのですか?」


 キールに促された重鎮の発言に、コルテスがぴくりと反応する。


「安心したまえ。帝国が再侵攻したという訳ではない。貴官らが掃討任務を行っている間に、北の街道へ放っていた斥候が戻ったのだ。その報告によれば、国境付近が巨大な断崖で滅茶苦茶に分断されていたとのことでな。恐らく帝国の増援を叩いた中佐相当の戦闘痕だろう。また派手にやってくれたものだよ」


 苦笑半分、歓喜半分といった表情でキールが説明を始めた。


「しかしお陰で国境は封鎖されたも同然。これで帝国の陸上部隊は大がかりな侵攻はできまい。無論こちらからも進軍できないが、今は取り戻した領土の復旧を優先すべき時であり、打って出る必要はない。むしろ時間稼ぎとして渡りに船と言うもの。この間に聖王国の援軍と合流して防備を固めれば、警戒するのは竜騎士だけで済むということだ」

「なるほど。それは朗報ですね」


 話を聞き終えたコルテスは安堵した様子で緊張を解いた。


「貴官の報告にも希望の種が詰まっているよ。遊撃隊が試行した銃の運用法は、都市の防衛にも大いに役立つだろう。急ぎ帝国が残した備品や弾薬を総点検し、守備隊に配備する予定だ。こちらの手に銃が渡ったと認識すれば、帝国も脅威に思うはず。何しろ威力は自分達が良く分かっているのだからね」

「弾薬の在庫が限られる以上、頼り切りとは行かないがな。威嚇として使うだけでも十分な効果を発揮するだろう」


 キールの後を継いだ将校らがコルテスに笑顔を向ける。


「お役に立てたならば光栄であります。しかし真の功績は、実行した遊撃隊にあることをお忘れなきよう願います」

「わかっているとも。彼らあっての戦果であることもな」


 相変わらずの生真面目さを見せるコルテスへ、キールはにこやかに肯定した。


「もう一つ、確認をしておきたいのだが。聖王国軍が銃の射撃を防いだというのは事実なのだね?」


 次いで別の将校の質問が飛ぶと、コルテスは力強く頷いた。


「は。この目でしかと確認致しました。弾丸が砦の手前で爆発し、その後方にはまるで影響を与えていませんでした。恐らくは、神官の奇跡による防御だと思われます」

「素晴らしい! 神官兵の助力を得られれば、攻守共に隙は無くなろう」


 コルテスの証言を受け、列席者がにわかに活気付く。


「うむ。方針は見えて来たな」


 それぞれの発言を聞いたキールは満足気に首肯すると、意見を総括した。


「公国軍北方司令官として判断を下す。聖王国の条件を飲み、支援の継続を受けつつアッシュブールの復興と防備強化へ専念する。我々が北を支えている間に、遊撃隊は一度王都へ帰還させ、参謀本部に処遇を一任するのがよかろう。帝国と物理的に分断された今、最早この地は最前線ではない。中佐相当もそれは理解してくれるはずだ」


 そこで言葉を区切ると、列席者を見回すキール。


「以上が私の見解である。異論があればこの場で述べるように」

「ございません」

「妥当と存じます」

「閣下の仰せのままに」


 次々と賛同の声が上がり、否定する者は皆無だった。


「よろしい。それではこの案を採用し、これにて閉会とする。各自の職務へ戻りたまえ。諸君の働きに期待している」

『は!』


 声を揃えて敬礼した後、将らは司令本部を後にして行った。


 一人残ったキールは、椅子をぎしりと鳴らして深く座り直す。


「ふう……せっかく合流できたと言うのに、また紅様と離れてしまうことになるか。ままならんものだ」


 先程までの毅然とした態度はどこへやら。孫と別れを惜しむかのような情けない表情を片手で覆った。


「しかしこれも、紅様に公国へ留まって頂くため。公国の勝利を揺るがぬものとするには、女神の加護を失う訳にはいかんのだ。試練と思って耐えろ、キールよ……!」


 にじむ涙を指でぬぐい取ると、キールは決意を新たに自分へ言い聞かせるのだった。

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