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百二十 刃の向かう先

 アッシュブール南門へ配置された帝国軍の守備隊は、銃を持ちながらもどこか弛緩した空気に包まれていた。


 カネヒサが大暴れしたことにより公国軍が戦線を下げ、未だに出番が回ってきていないためである。


 お陰で暇を持て余した外壁上の兵らは緊張感も薄れ、すっかり雑談に興じていた。


「おー、他の場所は派手にやってるみたいだな」


 遠方から流れて来る爆発音に耳を澄ませ、呑気な声を上げる兵。


「さっき来た他の隊からの伝令は、公国軍をかなり押してるって言ってたぜ」

「ああ、聞いた聞いた。奴ら、びびって一気に包囲網を退いたとか」

「後退中にも相当の数を削ったらしい。一発で数十人と吹っ飛ばされちゃたまらんだろうよ。まったく新兵器様様だ」

「気持ちよさそうだよな。くう~、早く撃ちたいぜ」


 一人の兵がおどけながら銃を構えて見せると、周囲から賛同の笑い声が上がる。


「でもなあ。こっちはカネヒサ殿がいるから、出番が来るかわからんぞ。さっきの戦いぶり見ただろ?」

「あれは凄かったな。例の悪魔相手に押しまくって、あっという間にそこら中滅茶苦茶にしちまった。とても人間技じゃねえよ。和国人はあんなのばっかりなのかねえ?」


 黒衣の少女を吹き飛ばし、それを追って遥か南方へと消えたカネヒサを探すように目を向ける兵。


「ここだけの話、正直ただの酔っぱらいかと思ってたんだが。大将閣下のお墨付きは伊達じゃなかったって訳だ」

「フィオリナ大佐が討たれた時はもう駄目かと思ったけど、あの人がいてくれて助かったな。今度こそ、悪魔も年貢の納め時だろ」

「あの勢いなら悪魔どころか、そのまま公国軍も全滅させかねないぞ」

「違いない。そうなれば公国も終わりだな」


 談笑が続く中、南の様子をうかがった兵が怪訝そうな声を上げる。


「おかしいな。さっきまで派手に戦闘してたはずなんだが。土煙が止んでる」


 銃に搭載された拡大鏡を通して確認するも、両者の激突の度に巻き起こっていた余波を捉えることはできず。


「決着がついたんじゃないか?」

「かも知れんが、どっちも見当たらないんだよ」

「そりゃあれだ。カネヒサ殿の攻撃を受けて、悪魔は木っ端微塵になっちまったのさ。今頃カネヒサ殿は公国軍に突っ込んでるんだろうよ」

「まあ、そんなところか。劣勢かと思ったが、いざ開戦したら呆気ないもんだったな」


 兵らが楽観的に笑い合った時。


「はて。随分と和やかな雰囲気ですね」


 その輪の中に、黒衣の少女の姿が混ざっていた。


「は?」

「な!?」

「い、いつの間に!」


 それを認識した兵らは悲鳴じみた声をあげ、とっさに飛び退き銃を構える。


「まさか、カネヒサ殿がやられたのか!?」

「くそ、ぶち殺してやる!」

「馬鹿野郎! ここで撃ったら全員吹き飛ぶぞ!」

「敵襲! 敵襲ー!!」


 慌てながらも戦闘態勢に移る守備隊を前に、少女はにこりと微笑んだ。


「気が緩んでいたにしては、切り替えが早くて何より。よく訓練なさっていらっしゃいますね」

「耳を貸すな! 一斉にかかれ!」


 銃から剣に持ち替えた兵らの後ろから、騒ぎを聞いて駆け付けた指揮官が命令を下す。


 囲んだ少女へ雄叫びを上げながら斬りかかろうとした兵らが、駆け出した途端に全身へと切れ目が入り、前のめりに肉片をぶち撒けて行った。


 散開した時点で、すでに斬られていたのだ。


「な、何!?」

「皆様、どうやら手持ち無沙汰だったご様子。是非お相手願いましょう」


 少女が動揺した指揮官へ顔を向けると、それを庇うように階段を駆け上がってきた兵が立ち塞がる。


 しかし外壁上に飛び出す端から、一瞬にして斬り飛ばされていった。


 少女は初めに立った場所から一歩も動かず、剣すら抜かずに佇んでいるだけである。

 にも関わらず、見えざる斬撃が乱舞し、剣を交えるどころか対峙することすら許されぬままに兵が散って行く。


 瞬く間に南門の守備隊が全滅し、残るは指揮官唯一人となった時。


「この場ではあなたを見逃します。他の方々へ敵襲を報せて下さい。これより順番に斬りに参りますので」


 そう宣言され、指揮官は必死でこくこくと頷くと、一目散に駆け出した。


「ふふ。それなりの頭数は揃っているようですね。少しは満たされるでしょうか」


 都市内の気配を探った少女は笑みを浮かべて呟き、言い終える頃には姿を消していた。




 悪魔襲来の一報は、都市内の守備隊全体へあっという間に広まった。


 防衛を優勢に進めていた帝国軍にとっては青天の霹靂へきれきであり、たちまち兵が恐慌状態に陥ったが、各部隊の指揮官の奮闘もあってなんとか迎撃準備を進めていた。


 しかし彼らは、悪魔と呼称される少女の暴威をその身で思い知ることになる。


 外壁上に配置した射撃手達が、目にも止まらぬ速さで次々斬り捨てられ全滅したのを皮切りに、都市内へ降り立った少女は手当たり次第に展開した部隊を満面の笑顔で無残に斬り散らし始めた。


 狭い路地奥に逃げ込もうがあっさりと見付け出し、一刀の元に屍を積み上げるも、建物及び住民へは被害を出さぬ脅威の技量を見せ付ける。


 始めは味方や人質を巻き込むことを恐れて銃の使用をためらっていた守備隊だったが、被害が増えるにつれてなりふり構っていられなくなり、苦渋の決断を下して射撃許可を出した。


 それを受けて、人質を抑えるために建物の屋根に配置されていた射撃手が少女を狙うが、あまりに動きが速すぎるため照準を合わせることすらままならない。


 やむなく爆発頼りとして、狙いの甘いままに発砲しようとした刹那、軽々と屋根を飛び移る少女に次々と首を刎ねられて行った。


 頼みの綱の新兵器すら封殺され、最早完全に打つ手はなし。かの悪魔を止められる者は皆無だという現実を叩き付けられる。


 美しくも残酷な舞いを魅せる少女は投降すら受け入れず、一切の容赦なしに命を刈り取ってゆく。


 外壁上からの射撃が止んだことにより、公国軍の進軍も再開された。


 このままでは全滅は必至。都市の陥落も時間の問題かと思われ、帝国軍は深い絶望に呑まれていった。


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「でもなあ。こっちはカネヒサ殿がいるから、出番が来るかわからんぞ。さっきの戦いぶり見ただろ?」 「あれは凄かったな。例の悪魔相手に押しまくって、あっという間にそこら中滅茶苦茶にしちまった。とても人間…
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