百十七 猛威を振るう
二人の剣客がアッシュブールの南で激闘を繰り広げている頃、公国軍は南方以外の包囲を順調に狭めていた。
10万にも届こうかという大軍を前に帝国軍は浮足立っていたが、外壁に陣取った兵達は新兵器に頼って気を落ち着けようと試みた。
「訓練通りにやればいい! 無理に当てようと考えるな! 威力を見れば必ず敵は怯む! くれぐれも暴発にだけは気を配れ!」
配置を進める中、指揮官が士気を高めるために威勢よく檄を飛ばす。
兵達が慣れない手つきで準備しているのは、妙に光沢のある滑らかな白い金属製の細長い筒。
先のウィズダーム王国との一戦にて第3軍が使用した魔法の銃、ブリューナクによく似ている。
帝国でも開発中の火薬式長銃にも形状だけは似ているが、実際はまったくの別物であることを、実射訓練を経た兵らは理解していた。
土煙を上げて迫り来る公国軍が、いよいよ射程圏内に入ろうかという頃。
「総員構え!」
指揮官の号令に合わせて、膝立ちとなって姿勢を固定した射撃兵が一斉に銃を構えた。
「慌てるなよ。撃つのはまだだぞ。もっと引き付けてからだ」
引き金に指をかけ、今か今かと気が逸る兵を落ち着かせるように指揮官が諭す。
そして公国軍が一定の距離を切った時、指揮官は掲げていた手を勢いよく振り下ろした。
「──撃てえ!」
合図を受けた射撃兵らが引き金を引くと、銃の先端からちゅいんと高音を発し、凄まじい速度で光の弾が撃ち出されていた。
大きさにして、人の親指程度であろうか。
その小さな光弾はあっという間に遠方の公国軍へと達し、前列の兵士の身体を呆気なく貫通する。
それだけに留まらず、上方から斜めに発射された弾丸はそのまま数人の兵士を撃ち抜いた後、地面に着弾した瞬間に大爆発を引き起こしたではないか。
一瞬にして広範囲が炎と爆風で薙ぎ払われ、巻き込まれた兵らは五体ばらばらとなって吹き飛んで行った。
南を除く周囲三方へ同時に射撃を受けた公国軍に激しい動揺が広がり、たちまち隊列が乱れてゆく。
「こ、こんな簡単に人が殺せるのか……!!」
銃に備え付けられた拡大鏡越しにその光景を目撃した射撃手達は、己が引き起こした惨劇に慄いた。
今回ムールズ商会が手配した銃は、ブリューナクの下位互換。量産型という位置付けの魔法銃である。
あちらに比べ、貫通力と射程が控えめとなっているものの、爆発と言う特性が付与されており、今しも実演したように人を殺傷する分には十分な威力を誇っていた。
「よぉし、効果あり! 敵軍足を止めたぞ! 好機だ! 次弾構え次第どんどん撃て!」
快哉を叫ぶ指揮官が命令を飛ばすと、放心していた射撃手達は我に返って次々と公国軍に向けて光弾を撃ち込み始める。
その火力の前には盾も防具も意味を成さず、爆炎が上がる度に面白いように人の群れが弾け飛び、大軍が見る見る内に抉れて行った。
「これは……行ける! 勝てるぞ!」
新兵器の威力に光明を見出した帝国軍はたちまち士気を盛り返し、都市中に歓声を轟かせた。
突如始まった帝国軍の猛攻を受けた公国軍の中でも、北側の被害は特に甚大だった。
補給線を断つと同時に、背後からの増援に備えて他の方面より兵を多く配置していたためだ。
「後退だ! 速やかに後退して陣形を整えよ!」
北の包囲の指揮を担当していたコルテス少佐は、声を張り上げて指令を下した。
未知の兵器の脅威に晒され、兵が混乱に陥る中でも冷静さを失わず、伝令を前列へ複数放って事態の収拾に努める。
それが功を奏し、何とか比較的早い段階で敵軍の射程距離から隊列を退避させることに成功した。
避難が一段落したと見るや、コルテスは爆音に怯えて暴れる馬をなだめつつ、双眼鏡を覗き込んで外壁上の帝国兵を観察し始めた。
膝立ちとなった兵が構える見慣れぬ細長い白い筒から、次々と輝く光の弾が放たれては地面に衝突し、大爆発を引き起こす。
数発撃ったかと思えば、後方の者と入れ替わり、新たな射手が射撃を続行して切れ目なく弾幕を張っている。
恐らく下がった兵は弾を補充しているのだろう。この辺りは弓兵の運用と変わりがないように思えた。
しかし弓矢とは比べようもない威力に、ただただ戦慄する他はない。
「してやられたな。情報部から、帝国が火薬を用いた武器を開発しているとは聞いていたが、まさかこれ程の威力だとは……!」
よもや魔法の込められた兵器だとは思いもよらないコルテスは、火薬式の銃だと勘違いしたが、技術的に劣る公国の将としては致し方ないところであった。
それに火薬だろうと魔法だろうと、今現在為す術がない点においては、どちらでも関係はないというものである。
「これでは迂闊に近寄れん。あの射程の長さでは弓で対抗するのも難しい。せめて包囲だけでも維持せねばらんが……」
周囲では各隊の長が必死で兵をまとめようとしているが、混乱は抜け切っておらず、見るからに全軍の士気は下降の一途を辿っていた。
「しかし射撃武器である以上は、矢弾の類を必要とするはず。いずれ弾切れを起こすまで待つのが良策か……?」
被害は受けたとは言え、依然包囲自体は崩されていないのだ。補給線を断たれたままでは、いかに帝国軍と言えども長く抵抗はできまい。
本来の目標地点までは達していないが、この場所で包囲網を形成しておくのが最善かと思われた。
即座に伝令を呼び付け、東西の友軍に足並みを揃えるよう伝言を預けて送り出すコルテス。
都市の守備隊が籠城を決めた以上、必ず増援は来るだろう。そのタイミングによっては最悪の事態も起こり得るが、現時点ではこの程度しか打つ手がなく歯噛みする。
加えて、この状況で紅が動いていないのも不思議であった。
彼女であれば新兵器を目にして黙っているはずがない。喜々として飛び込んで、瞬く間に敵兵の首を刈り取りに行くはずなのだ。
もしもそれができない状況に置かれているなら──例えば三騎将のような、彼女に匹敵する猛者が現れ、足止めを食らう事態が起きているのだとしたら。
……などと、どうにも嫌な予感が拭えない。
考えれば考える程に、暗い感情が胸に積もっていくのをコルテスは感じていた。
得てして、そんな時こそ予感は的中するもの。
「き、北より敵増援出現!!」
突如隊列の後方に置いていた見張りが大声を張り上げた。
コルテスが素早く振り返ると、北の街道上空に大きな影が複数浮かんでいるのが目に入る。
「ここで竜騎士だと!!」
双眼鏡越しに確認したコルテスが叫ぶ。
帝国は紅を恐れて、貴重な竜騎士の派遣をためらうのではないかと踏んでいただけに、その衝撃は大きかった。
機動力にものを言わせて先行させたのだろう。増援としては申し分ない戦力の投入である。
対する公国軍としてはまさに最悪の展開だった。
後退すれば再び都市からの射撃に晒されることになる。挟撃という不利を承知で、この場で迎え撃つしかない。
「隊列反転! 弓の準備を急げ!!」
こちらに接近される前に迎撃準備を整えるべく、素早く命令を下すコルテス。
その時不意に、竜騎士隊の上空を流れる雲を割って急降下する巨大な影が現れた。
「あれは、遊撃隊の飛竜か!」
コルテスが視認すると同時に、飛竜は竜騎士隊の頭上から火炎の吐息を猛然と浴びせかけていた。