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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

獣が吼える夜

作者: 龍牙 襄

伝奇小説の掌編でございます。この作品はわたしの好きな菊地秀行先生の影響がもろに出ている作品になってしまっていますが、自分では割と気に入っている一作です。とは言っても最初に書いたのは十五年も前なのですが。

血や肉が飛び異形の者達が戦うアクションがお好きな方は、ぜひ読んでいただければと思っております。

 この町では夜は早い。

 しかし、この町は眠るということを知らない。

 オレはいつも夜になるとここややってきて通りの雑踏の中に身を浸す。石畳を踏みしめる音。行き交う人々の話し声。店が料理を作る音。猥雑で、活気に満ちたところ。ここはそういうところだ。オレはここのそういうところが好きだ。

 だがこういう場所はえてして余計なものも集まりやすい。

 オレの耳が、わずかな空気の振動を伝えた。通りの流れに逆らわないように、それでも手近な路地に入ると、耳を澄ます。

 ・・・・・・女、か。

 無視してもいいんだが、なんとなくそれでは気分が悪い。何よりオレのお気に入りの町で好きにやってくれる存在が許せない。

 軽くひざを曲げると垂直に飛び上がった。両サイドを石造りの壁がものすごいスピードで下へ流れていく。と、次の瞬間には左右の家より上に出ていた。オレはいったん屋根の上に着地すると声の聞こえた方角を確認して再び飛んだ。一度の跳躍で大体家6、7件分くらい。当たり前だが、屋根を踏み抜くどころか足音ひとつたててはいない。そんなぼんくらじゃないよ。

 「あれか」

 そこは公園、というよりはただの空き地といったほうが正しいような寂しい場所だった。そこに二つの人影がある。奥の壁に背をつけているまだ若い女性と、その手前にいるこっちに背を向けた存在。オレがいる場所からざっと二人までは30メートルといったところ。

 「よし」

 右手を建物の縁にかけ、全身の筋肉をばねのようにたわめる。そして次の瞬間、オレはまっすぐに二人めがけて飛んでいた。

 ドガーン!!

 もうもうと沸き起こる土煙から飛び出すと、オレは女性のほうに向かった。

 「大丈夫かい? こんな時間にこんな場所にいると命がいくらあっても足りないから、さっさと逃げな」

 おねーちゃんの反応はなし。呆然としたままである。ま、こんな状況になったら誰でもこうなのかもしれない。時間があればこのおねーちゃんを連れて行ってもいいんだが、あいにくそんな時間はなかった。

 「キ、キサマ・・・・・・」

 身体にかかった土くれを落としながら、襲撃者が起き上がった。案外ダメージは少ないようだ。オレはこいつにぶつかる瞬間、体勢を入れ替えて思いっきり足蹴りを食らわせたのだが。

 「おたく、結構タフだねえ。あれでどこも壊れてないなんて」

 オレは振り向きながら襲撃犯にいった。そう、こいつの身体はサイボーグ。機械仕掛けの戦闘人形だ。本来は軍事用なのだが、金持ちのVIPなんかがボディガードに持ってたりもする上に、今では闇を流れている奴もある。だがそれでも通常はコマンドを指定しないと単体では動かない。

 「コロス、コロス」

 人形は異様に長い前腕から日本刀のような長い刀身の刃物を出した。それも両腕とも。

 「執着してやがんなあ。まあ狂霊だったらしょうがねーけど」

 サイボーグはさまざまな状況に対応できるように高性能なセンサー群と高度な脳デバイスをこれでもかというほど詰め込まれている。おかげで擬似人格ができてしまうほどに。そこに「あの日」以来やけに活発に活動するようになった怨霊どもが目をつけたのだ。その結果がこれである。

 「あの日」・・・・・・全世界が、いや地球そのものが異世界へと迷い込んだようになったその日以来、世界各地でさまざまな異変が起きた。これもそのひとつだろう。

 ぶんっ!

 思っていたよりずっと早い剣速でおそってきたが、まだこの程度なら難なくかわせる。夜で明かりがなくても視覚に問題がないのはお互い様のようだ。しかしこいつはジャイロでも積んでるのか? これだけ大振りしててもほとんど体勢が崩れるということがない。隙ができるのを待ってたらいつまでかかるかわからんな。

 「ふん」

 びし。

 オレは左手を伸ばして右から来た奴の剣を指で捕まえ、右手の拳をサイボーグのボディにめり込ませた。この感触はチタンではないな。超硬スチールあたりかな?

 狂霊憑きサイボーグはそのままずるずると崩れ落ちていった。さすがに拳一個、まるまる腹ん中にめり込ませられたら耐えられなかったようだ。

 「思ったよりあっけなかったな」

 オレは女性に改めて近付き、安全な場所まで送ると声をかけようとした、そのとき、

 バン!

 乾いた音とともにオレの腹の辺りが突然灼熱したよう痛みが広がった。

 「え?」

 思わずオレはひざを着いた。見れば女性が手に硝煙たなびく銃を持っている。

 「な」

 「まさかこいつがこんなにあっさりやられるとはな。おかげで余計な手間が増えたよ」

 「てめえも狂霊憑きか!」

 見上げたその顔は、醜くゆがんでいた。

 「ほら、とっとと逝っちまえ!」

 続けざまに狂霊が銃をぶっ放しやがる。が、オレは跳ね起きてそれらをかわした。

 「ぬぅ?!」

 どてっぱらに銃弾を受けた俺があまりに身軽に動くのをいぶかしんだんだろう。オレはついでににやりと笑ってやった。

 「オレを単なるヒーロー気取りのパンピーだとでも思ってたのか。どこの世界に戦闘用サイボーグと互角以上にやりあえるパンピーがいるかよ」

 膝をついていた俺は立ち上がると手にしていた鉛玉を捨てた。もう傷はふさがっている。

 「来いよ。てめーもこの刀ヤローと同じ目に合わせてやるぜ」

 後頭部がちりちりするようだ。そういや今晩は月が出ていたな。オレは今にも暴れだしそうな体を理性でねじ伏せながら挑発する。

 「くぅっ! なめるなよっ!!」

 狂霊憑きサイボーグは持っていた拳銃を投げ捨てると両腕をこちらに突き出してきた。一緒に大量の銃身が出てくるとは思わなかったが。

 「死ねいっ!」

 ドガガガガガガッ!!

 すさまじいまでの銃弾のシャワーを浴びて、オレの身体はダンスを踊るかのように舞った。血が飛び、肉が弾け、骨が砕けるのを感じながら。

 だが、オレは倒れなかった。集中豪雨のように弾丸を喰らいながらも、ぼろ雑巾のようになりながらも、オレは倒れなかった。

 やがて、銃声が鳴り止んだ。どうやら弾切れのようだ。

 「なぜだ?」

 「だから言ったろ? 『戦闘用サイボーグと互角以上に戦える』って」

 オレは背中側に垂れ下がっていた頭を元に戻しながら言った。その間にも身体が音を立てつつ修復されていく。

 「貴様、ミディアンか?」

 それは死霊をも恐怖させる夜の眷属。

 「違うよ。そこまで凄かない。でも俺の仲間の中にゃあ連中とやりあった奴もいるって聞くぜ」

 「じゃあ、なぜ?」

 そこで狂霊はあることに気付いたようだ。

 「貴様、その身体は!?」

 服は穴が開き、焼け焦げて残骸程度しか残っていないのでオレの身体はほとんどむき出しだった。そしてオレの左胸を含む左腕全部と左の腿から下は、すべて機械に置き換えられている。言ってみれはこの俺も半分サイボーグみたいなもんだ。だが俺の本当の姿はこんなもんじゃない。

 「なぜかって聞いたよなあ。教えてやるよ。叫ぶんだよ、オレの血が。喚くんだよオレの魂が! 手前らみたいな奴をぶっ殺せってな!」

 瞬間、オレは全身の血が沸騰したのかと思った。

 「があああああああああああああっ!」

 筋肉が増える。骨格が組みかえられる。歯が牙のように伸び、鉤爪が飛び出す。鼻面が前方に突き出て、全身を剛毛が覆う。

 そう、オレは人狼、ワーフルフって奴だ。いろいろあって体の半分近くをなくした時に人間に助けられ、以来オレは人間と付き合うことにした。そして「あの日」以来、オレは人間を怪現象から守るべく動いている。

 「ライカンスロープが人間の味方をしてる? そんなの聞いたことないぞ?!」

 「ミディアンでも人間の側についてる奴もいるぜ」

 オレは欧州の島国に棲むあるひねくれ者の顔を思い浮かべながら教えてやった。

 左腕に意識を集中する。と、機械の腕から2本の刃が飛び出した。

 「それと貴様が味方していることとは関係ないだろう!」

 こんな状況でも意外に理性的な奴だ。

 「それこそてめぇには関係ねーだろう」

 オレは剛毛に覆われた右手の爪を伸ばした。

 「さぁ、言いたいことはそれだけか? だったらそろそろ退場してもらおうか」

 「くっ!」

 いきなりサイボーグの姿が消えた。普通の人間の目にはそう見えただろう。だが今のオレには十分捉えられる。オレはタイミングを計ると後ろに回し蹴りを放った。

 「げぇっ!?」

 わき腹にもろに入った。よかったな右足で。機械化してる左足だったら上半身と下半身が生き別れになってたぜ。

 「な、なぜ・・・・・・?」

 狂霊にはまだ現実が受け入れられないらしい。厄介な奴だ。

 「なぜだあぁっ!」

 左右にフェイントをかけながら距離をつめてくる。両手はナイフ状のものになっている。うなるような音が聞こえるあたり、超振動ブレードか何かだろう。物騒な野良サイボーグだ。

 オレは目にも止まらないサイボーグの突きを上半身だけでかわしながら、ゆっくりと下がる。と、背中が何かに当たった。廃屋の壁だった。

 「ひゃは! もう逃げられんぞ!」

 誰が逃げるかよ。

 必殺のつもりで突きを放ってきた狂霊憑きサイボーグをかわすのは、むしろスローモーションのようだった。目標を見失い、泳いだ身体に、オレは左ひざを叩き込んだ。機械化したひざからは2本のスパイクが突き出ている。

 「がっ!」

 不自然な姿勢で浮かび上がった狂霊を、今度は上から左ひじで沈める。

 どごーん!!

 猛烈な砂煙が立ち込める。オレはそこからすぐに飛び出すと油断なく奴を観察した。生身ならこれで確実に葬儀屋コースだろうが。

 「!」

 ざわっ、とした予感を感じて横っ飛びに移動した。その一瞬のあと、まさしくオレが立ってた場所を青白い一条の光が貫いた。

 「おいおい、レーザーかよ」

 あきれ返るとはこのことだ。自由電子ビーム砲など、いったいどこの国の軍隊だよ。

 やがて砂煙の中からサイボーグが出てきたが、それはもはや人型をなしていなかった。四足獣のように両手も使って歩いているが、その姿はむしろ蜘蛛を思わせる。さらに首が異様に伸びてその上には無表情な女性の顔に口のあるべき部分にビームの発射口らしき部分が見える。

 「移動砲座かよ」

 オレはあきれ果てて言ったが、返事は青白い光だった。

 理屈の上では、光であるレーザーから逃げられるはずはない。だが標的が左右に逃げていれば、それを追いかけるスピードより速く動けば当たらない道理だ。オレは脚だけではなく手の爪まで使って右に左に飛び回った。

 はじめのうちこそオレの姿を何とか捉えようとしていたが、狂霊の奴が痺れを切らせたのか、でたらめにレーザーを撃ってきた。オレは落ち着いてビームをかわし、左足を踏み込むと同時に内蔵しているスパイクを展開した。

 ドン!

 今までとは比較にならないようなスピードで地面すれすれをサイボーグ目掛けて飛んでいく。

 懐に飛び込んだら左腕のナイフを一閃。機械人形の首が吹っ飛んだ。

 残った身体も力が抜けるようにその場に崩れ落ちた。

 「ふう」

 オレはゆっくりと立ち上がった。徐々に体温が下がり、それと同じく姿も人間に戻っていく。

 サイボーグの残骸は、まあオレを手術したドクターに連絡しとけば適当に処理してくれるだろう。

 「それより当面の問題は、このままだと変質者として通報されかねんと言うことだな」

 オレは銃撃でぼろぼろになった、かつて服だったものを見下ろしてため息をついた。

 月だけが何事もなかったかのように輝いていた。

作中で何やら思わしげな部分もございましたが、この作品はわたしが思い描いている作品群の一作であり、すでに他にも小説家になろうやノクターンノベルに同一の世界観の作品を投稿しておりますので、併せて読んでいただけると徐々にわたしがどういう世界を考えているのかわかっていただけるかと思います。とはいえ現状では新作の予定はないのですが(^_^; もっとも今作の主人公はなかなかに気に入っているので、いずれまた書きたいですね。

では、また他の作品でお目にかかりましょう。

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