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僕の純文学作品集

主婦はつらいよ

作者: Q輔

「お帰り、ミユキ。夕飯食べる?」 


「食べるに決まってんじゃん。なんで毎回毎回同じことを聞くわけ?」


「こら、生意気を言わないの。さあ、早くお風呂に入って」


「ねえ、ママ。なんでそうやって急いで料理を作るの? 私、今日から半身浴をするって昨日言ったよね? 料理は私がお風呂に入ってから30分後に作り始めてって言ったよね? 忙しいのは分かるけど、ちゃんと我が子の言葉に耳を傾けたほうがいいよ。さもないと、私、グレちゃうよ」


 学習塾から帰った高校一年の娘が、有名塾のロゴの入ったナップサックをリビングに放り投げ、子供部屋から着替えを準備して脱衣場に向かう。私は、熱していたフライパンの火を止め、ナップサックを子供部屋に片付ける。


 子供に憎まれ口を叩かれれば 我が子といえども、私は、子供が憎い。反抗期を我が子の成長だと割り切り 微笑ましく思う時もある。でも思えない時もある。むしろ思えない時のほうが多い。そんな時、私は、生活の全てがどうでもよくなる。一日中だらだらと過ごして寝てしまいたいと思う。それでも私は主婦。いつもと同じように家事を続けなければならない。子育てをしなければならない。子供の成長は、私の気持ちを待ってはくれないから。


「ねえ、あなた、明日は何の日でしょうか?」


「え? え~っと、何の日だっけ?」


「二人の結婚記念日よ」


「ああ、そうか、結婚記念日か。焦った~。うっかり子供の誕生日を忘れたのかと思ったよ」


「たまには、二人きりで外食でもどう?」


「う~ん、まあ、べつに、今さら……」


「そう。……行ってないね、外食。行ってないね、デート……」


「そこだ、シュート! よし、入った!」 


 リビングのソファーで、スライムのようにドロっと寝転がり、夫は、テレビでサッカー観戦をしている。私の話なんて、うわの空。


 夫婦の関係が時間と共に希薄になる、それは仕方ないことだ。新婚当時のままでいられるはずなどない、そう開き直れば済む話。でも開き直れない時もある。むしろ開き直れない時のほうが多い。そんな時、私は、生活の全てがうとましくなる。何もかも放り出して、旅に出たいと思う。それでも私は主婦。いつもと同じように家事を続けなければならない。夫のお世話をしなければならない。食べ終わった食器と、洗濯物は、私の気持ちとは関係なく山になるのだから。


 夕食を終え、皿洗いをして、夫と娘が寝静まった頃に、お風呂に入る。ユニットバスの鏡の向こう側にいる全裸の自分が、私に話しかけてくる。


「あなた、また少し、お乳がたるんだね。肌もガザガザ。顔のシミも、日増しに大きくなっているわ」

 

 うるさいわね。ほっといてよ。あなた、何様のつもりよ。ああ、何だかもう、イライラする。更年期が近いのかしら。


 女は歳と共に体が目まぐるしく変化をする。そんなことは百も承知だ。身も心も、いつまでも若くはない。それを受け入れて、自らを管理して行くしかない。でも上手く管理出来ない時もある。むしろ上手く管理出来ない時のほうが多い。そんな時、私は、この生活の全てを恨めしく思う。タイムマシーンに乗って、私が一番輝いていた時代から人生をやり直したいと思う。それでも私は主婦。いつもと同じように家事を続けなければならない。分かっています。もっとつらい環境にいる人、重い病気に苦しんでいる人、寝る間を惜しんで働いている人に比べれば、私の気持ちなど、ただの甘えに過ぎないことぐらい。


 娘を出産してからというもの伸ばしたことのない短い髪を洗い、なみなみに張った浴槽にザブンと浸かる。膝を抱えて乳白色の入浴剤の香りを嗅ぐ。それから、たっぷりのお湯に顔をつけて大声で叫ぶ。


 みんな消えて無くなれ!


 さあ、明日は日曜日。でも娘の部活があるので、私は、早起きをして、お弁当を作るのだ。おかずは何にしようかしら。そうだ、豚の生姜焼き弁当を作りましょう。お風呂を上がったら、忘れずに、豚の細切れ肉を解凍しなくちゃ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 4人の子供がいる主婦です。 ツラい事の方が多い... 私の言葉を代弁! すごくしんみりしました。 お風呂場で嫌な事があると泣き、お風呂から出て何も無かったように笑顔をつくってます。ツラ…
[一言] 主婦は24時間主婦という仕事をしています。 お母さんは24時間お母さんと言う仕事をしています (しかも旦那と子供のふたりの子供のお母さんです) 仕事をして自分の収入があるなら、 多少の自由も…
[一言] うーん。これが主婦ってものなんでしょうか。よく聞く話です。 だけど、こういう話を聞くと、自分の異質さを突きつけられます。 己は何か欠けているのではないかと虚無を感じます。 もっとつらい環…
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