第二十話 食堂ピンチ
―――魔王城一階:大広間
魔王城の玄関とも言える大空間。
大扉より入城した者が必ず通る場所であり、また食堂や中庭、修練場など、城内で従事する兵士のほとんどが利用する施設への連絡口でもある。
つまり、この魔王城の中で最も人が多い場所なのだが………。
「今日の日替わりは何ピヨね~?」
「ボクはオムライスが良いピチ!」
「ボクはあれが良いピヨ! え~と、あのハンバーグの中にタマゴが入った」
「あ~! あれパチね! 名前はたしか………タマゴエッグ?」
「………」
俺は「魔王を肛門から吸い込んで異世界に飛ばした」罪で拷問後に処刑されることになってしまった。
それからなんやかんやで拷問部屋から脱出したのものの、俺は依然として拘束椅子に繋がれたまま。
今はヒヨコ魔人:ピヨコの車輪がついた棚に乗せられて、他二人のヒヨコ魔人と共に魔王城脱走の真っ最中―――と思いきや、頭を打ったピヨコが脱走のことを忘れ、散歩中と思われている状況。
そんな、もし見つかれば痛めつけて殺される、絶対に人に見つかってはいけない状況において、俺は顔モロ出しの状態で大広間を進んでいる。
「え? おいアレ見ろよ」
「うそ!? ブレインさ………違った『魔王陰茎肛門挿入男』!」
「おまっ!? 違えよ! 『自分革命陰茎脱糞吸込男』だよ!」
「てかなんでこんなとこにいるんだ? 確か処刑されるって話じゃ」
当然、周囲に多くの兵士がおり、彼らは俺に対して侮蔑と警戒の視線を寄せている。
尚、あまりにも堂々としたピヨコ達に連れられていることもあり、彼らも困惑しているようで「即刻捕らえる」という動きには至っていない。
「タマゴエッグ………だったピヨか? なんかもっと違う名前だった気が………ブレイン様は分かるピヨ?」
「………」
だが、捕らえられるのは時間の問題だろう。
俺は少しでも周囲に脱走であると気付かれないよう、白目を剥き、よだれを垂らして過酷な拷問に自失した自分を演出し、どこかに移送されているフリをしている。
これなら「なんかそういう指示でも出てんのかなあ」とか思ってくれるかもしれない。
だから早く思い出してくれピヨコ!
そして人が居ない場所へ戻ってくれ!
兵士に捕らえられてしまう前に!
「どうしたピヨ? なんで無視するピヨ?」
「………」
話せないんだピヨコ!
俺はとにかく元気でいちゃいけないんだ!だって拷問中だから!
思い出してくれ!俺は今脱走中で君は協力者なんだ!
こんな人前に出ちゃいけないんだ!
「もしかして、ボクと話すのいやピヨ?」
急に車椅子が止まってしまったので、少し辺りを見てみる。
そこはちょうど大広間の中心で、辺りには少し距離をとって人だかりが出来ていた。
車椅子を押してくれていたはずのピヨコは目の前に立っており、腹の羽毛をギュッと握りしめていた。
ピヨコちゃん!?
頼むから動いて!?
ここめちゃくちゃ目立ってるから!
あとでいっぱいお話してあげるから!
お願い!お願いだからぁ!
俺はなんとか目配せで意図を伝えようとするが、俺が黙っていれば黙っているほどピヨコの目が潤んでいく。
そして、短いくちばしを震わせて、
「ボクのこと嫌いになっちゃったピヨ………?」
「………スコッチエッグ」
「! ありがとうピヨ~! さすがはブレイン様!な~んでも知ってるピヨね~!ふふふ!」
「「「ふふふふ!」」」
………もうやだこの子!
ただの赤ちゃんなのよ!?
ちょっと喋れて身体おっきいだけ!
それ以外もうぜ~んぶ赤ちゃん!
それになんかすっごい懐かれてるし!
「………おい。今喋ってなかったか?」
「うん………。なんかこれ、兵長に報告したほうがよくない?」
「あ、ああ。とりあえず今の発言はメモしておこう。……なんて言ってた?」
「たしか………カスタネットセ〇クス」
「イ、イカれてる………ッ!」
そんなこと言ってないよ?
あとメモしないで!
………もう諦めようかな?
俺が仲間の頼りなさに愕然としていると、とうとう食堂に着いたようだ。
「空いてるといいパチね~」
パーチクが食堂の扉を開き、ピヨコに押されて食堂に入る。
魔王城:食堂―――この魔王城で働く二千人の腹を満たす大規模な台所。
入口から入ると、まず一度に五百人程度の魔人を収容可能なホールが広がり、そしてそこに座る大食らい達を満腹にさせるべく鍋を振るう厨房が奥にある。
ホールは中心に貫く通路があり、その脇に十人掛けのテーブルがズラッと並んでいる。
魔人ごとに好みや食性が大きく異なる為、それら皆を満足させる為に多様なメニューがあるのがこの食堂の特徴である。
ちなみに俺のおススメはカレーライス。かつて異世界召喚者に教えてもらい、俺が提案してメニューに加えてもらった料理だ。
カレーの魔人からの評判はイマイチだったが、ここでの食事は魔王城で従事する皆にとって大きな楽しみの一つ。
食事時になるとかなり混み合う為、ピヨコなどのように時間を外して来るのが賢い利用方法だ。
もちろんピヨコが意図したものではないだろうが。
食堂内は魔王失踪と参謀の拘束による影響か空席が多く、人数は二百人もいない、ってところだろうか。
「どこに座るピチ?」
「う~ん」
「「「う~ん」」」
どこでもいいから早く済ましてくれ、という思いが俺の脳を支配している時、食堂の奥の席から「あ~っ!」という高い声が聞こえる。
その声の元へ目を向けると―――
「ブレインだ~!」
元魔王の少女が金髪を靡かせ、ペタペタと走り寄ってきたところだった。
名前を呼ばれたが為に食堂内の注目が俺に集まり、一層騒がしくなる。
「ブレインッ!」
「ゥッ!」
周囲の様子なんて気にしない様子の少女は俺に飛びつき、俺はつい声を漏らす。
だが、これ以上騒ぎになるわけにはいかない、と俺は白目を剥き、意識を失ったフリをする。
「もう帰れるの?」
「………」
「ね~え!ね~え!」
少女は俺に跨ったまま、身体を揺さぶって反応を欲しがる。
すまない少女。
俺は反応する訳にはいかないのだ。
それから二、三回声を掛けられ、それでも無視を続けていると、少女は喋らない俺の顔を触り始めて、
「あっ! お鼻に血がついてる! お口もだ!」
少女は俺の顔を拭うと、床に下りる。
そしてピヨコ達に、
「ブレインに酷いことしたの誰だ~!」
「ピ!? ピヨ………ピヨピヨ」
「パチッ!? パチチイ!?」
「ピチイ!? ピッチチ!?」
ヒヨコ三人衆は狼狽しているようで、そして少女がぷんぷんなことに怯えているようで、情けなく鳴き声を漏らす。
「お前か~!」
「ピッ!? ピエェ~!!」
「お前か~!それともお前か~!」
「パッチイイ!? パエェ~!!」
「ピッチイイ!? ピエェ~!!」
俺をぶん投げたピヨコはともかく、ピーチクパーチクまでも相当動揺しているようで、回りをドタドタと走り回っている音が聞こえる。
そろそろ、どうにかしてあげたほうがいいか?と考えた時、
「こら! ダメだって~!」
声の主を確認する為に白目を止めると、事情聴取の時にもいた猫魔人の老兵、たしかニャムルとか言ったか。
いわゆる少女の世話係と監視役を任されている男が駆け付けていた。
おそらく少女の食事に付き合っていた、といったところだろう。
「ニャンちゃん!! このヒヨコちゃん達がブレインをイジめてるんだ~!!」
「イジめているんじゃなくて、この人達はそういう仕事をしないといけなくて………ん?」
ニャムルは俺をまじまじと見つめた後、ピヨコへ向き直り、
「ピヨコ殿、何故ブレイン様とここへ? 拷問中のはずですが、一体何をされているのですか?」
はい来ました当然の質問!
死ぬ死ぬ死ぬ!ヤバいぞピヨコ!?
理解してくれてる!? してねえよなあ!!
頑張れピヨコ上手く誤魔化してくれ!!
いや無理だな!誤魔化すとかは絶対無理だ!
だから何とかなってくれ!!
ここを乗り切ることが出来れば食事だって出来るし、幹部に見つからなければ一階はある程度動きやすくなるぞ!!
頼むから「お散歩ピヨ」とかは言わな
「お散歩ピヨ~!」
「………お散歩、ですか」
はい死んだ。
もう終わりました。
これでこいつが「そんなわけあるかい!」って言って捕まえられて拷問。
そして処刑だ。
嗚呼、永い人生だった。
人間として生まれ、呪いを受けて二百年以上。
もう自分の正確な年齢も分からなくなってしまった。
良い人生だっただろうか?
悪い人生だっただろうか?
人の国で生きていた時代も色々あった。
魔国領にきてからも色々あった。
苦しいことばかりだったような気がしていたが、思い返せば楽しいこともたくさんあった。
きっと、良い人生だったのだ。
だから俺は、こうやって死を受け入れることが出来たのだろう。
さあ、ニャムルよ。
俺に審判を下せ。
「ほう、『晒し刑』………ですか。たいしたものですね」
やけに物知り顔となったニャムルは、ピヨコへ賞賛の頷きを見せながら解説を始める。
「『晒し刑』―――つまり罪人を縛り上げた状態で公衆の面前に晒す刑罰の一種。罪人の名誉や社会的地位を奪い、精神的苦痛を与える効率がきわめて高いらしく、ブレイン様のような権力者に対してはまさにうってつけの『拷問』というわけですな?」
「さらしけ………ピヨ? 」
「さすがはぺギル様が直々に指名された拷問官殿。ピヨコ殿は『分かって』おられますなぁ」
「………ふふふ!」
ピヨコがニャムルの話を全く理解出来ていないことは明らかだが、褒められてることは分かったピヨコはニコニコとして羽をしきりに動かす。
「ささピヨコ殿! 食堂に来られた、ということは『ブレイン様を晒しながら目の前で食事をする』のでしょう? 他のお二人もこちらへどうぞ!!」
「「「ふふふふ!」」」」
ヒヨコ共はなんだかよく分からないもののニャムルを良い人だと思ったようで、嬉しそうについていく。
そしてニャムルが食事をしていた最奥、通路側の席に着き、俺はお手製車椅子に乗ったまま席の隣に止められる。
皆が着席し、メニューに手をかけたところ、ニャムルが「あーそうそう」と何やら思い出した様子で立ち上がり、
「食堂でお食事中の皆様! ブレイン様、いや罪人ブレインは『晒し刑』の実行中に御座いますので不安がる必要は御座いません!」
ニャムルが食堂内に号令すると、緊張気味だった空気が弛緩して、
「なんだ拷問中かよ~! てっきり拷問官をたらし込んで脱走中なのかと思ったぜ~!」
「もう『陰茎脱糞肛門男』のせいで料理が冷めちまったよ! 早く食おうぜ!」
「なあ? 『晒し刑』ってことならさ? あとで近くに行って見てやろうぜ?」
「それいいな! じゃあ急いで食おう!」
兵士達は雑談(主に俺の悪口)をしながら食事を再会する。
―――なんかいけたああああ!!




