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第一話 ストレスは溜めたらダメ

 人は皆、ストレスを感じながら生きている。

 魔人も、亜人も、人間も、皆往々にして大なり小なりストレスを抱えていて、それはこの俺、ブレインも同様だ。


 俺はここ魔国領を統治する魔王軍の頭脳―――「参謀」という仕事を四十年やっている。

 それだけ言えば頭頂部なんて禿げ上がって顔は皺まみれの、老体に鞭打つ元インテリ魔人………といった想像をさせるかと思うが、俺の見た目はピチピチの黒髪青年。

 そして人間だ。


 俺は確かに人間として生を受けたのだが、ワケあってニ十歳から年を取らなくなり、もう二百年以上も生きてしまっている。

 そんなに長い間生きてたらそれはもう色々ある。

 ばったり会った魔人と一緒にいたら戦争に巻き込まれて、気付いたら参謀になっていた、なんてこともあるのだ。


 俺の身元についてはここらで終いとしてストレスの話に戻るが、ずっとピチピチなことを除けばただの人間である俺が、魔王軍のNo2として組織を支える―――これは並大抵のことではない。


 この世界には「人間」、ほぼ人間だが一部動物や魔獣の身体的特徴を持つ「亜人」、ほぼ動物や魔獣の外見であるが、二足歩行で言葉による意思疎通が出来る「魔人」。

 三つの人種が存在しているが、住民の大多数を魔人が占めるこの魔国領において、身体能力で大きく劣る人間が地位を獲得するのはとても難しいことなのだ。


 魔国領、というのはいわゆるこの世界の西側三分の一を占める魔人の領土で、いわゆる人間や亜人が住み辛い、もとい住みたがらない地域だ。

 南の山は火を吹き、西の空は決して止まぬ雷が降り注ぎ、北は地を殺す凍土に覆われ、東は無数の石柱が地を裂いている―――まさに地獄の大地。

「龍」を代表とする危険な魔獣も多く、それなりに過酷な環境であることが大きいだろう。


 まあ魔人が人間と亜人の領土を侵略していた過去があり、それこそが魔人以外の人種を寄せ付けない一番の理由ではあるのだか。


 そんな過酷な魔国領の中心にそびえるのが我ら魔王軍の総本山―――魔王城。

 堅牢な城壁に囲まれ、魔王の威光を示す豪壮な居館を中心とした巨大な城塞。


 ここが俺の職場であり、ストレスの根源だ。


 魔王:ヴェルヴァルト様と出会って五十年、魔国領を統一して二十年。

 いつ死ぬとも分からない長い戦争を乗り越え、やっと一息つけると思ったら、今度は宰相も兼務することになって大忙しの毎日。

 数百万の臣民を養い、十万を超える兵をまとめ上げるだけでも目が回りそうなのに、唯一の上司である魔王がとんでもなく、それはもうとんでもなく我儘ときたもんだ。


―――魔王城:玉座の間


「戦じゃ! どこでもよい! 宣戦布告じゃあ!!」


「魔王様。気持ちをお鎮めください。民を生かす為の資源も土地も御座います。戦争をする必要など御座いません」


「黙れブレイン! 貴様の何が足りるだの足りないだのの話は聞きたくないわ! 戦は誉を得るが為だけにするもの! 必要性や理由などは要らぬ!」


「お言葉ですが、この魔国領の平和は魔王様のご尽力の賜物。この平和こそが、魔王様が魔国統一戦争で獲得された誉そのものに御座います。

 そのような理由での戦争、魔王様がご自身の誉を汚す行為に他なりません。どうか」 


「ええいうるさい! 退屈じゃ!つまらん!つまらんつまらん!」


 毎日。毎日だ。

 戦闘狂でアホの魔王に代わってほぼ全ての執務をこなしてやってるというのに、労うどころか、毎日こうやって王の間に呼び出しては戦争がしたいと駄々をこねやがる。

 この玉座にふんぞり返るアホは俺がどんなに苦労しているかを理解していないのだ。


 こいつが俺の抱える最大のストレスであり、いっそ寝首をかいてやろうかと考えたことは一度や二度ではない。

 が、それを実行に移していない、いや移せていないのは、立場や関係性を考慮できる理性的な大人だからではなく、こいつとの武力の差があまりに大きいからだ。


 魔王:ヴェルヴァルドは、額の両端から伸びる二本のツノと赤い皮膚、巨大な体躯を持つ魔国領屈指の戦闘種族:鬼魔人である。

 鬼魔人の中でも特に身体の大きい魔王は、俺の三倍以上の身長、七倍以上の体重を持ち、激しく隆起した全身の筋肉がより一層の威圧感を放っている。


 鉄の山の大岩を握りつぶした、龍魔人の炎の息を平手一振りで打ち消した、数百人の牛魔人を一人で倒した………。

 魔国領で囁かれるこれらのウワサは、俺が実際にこの目で見てきた真実であり、疑り深い者でさえもこの巨躯を一目見れば自身の誤りに気付くだろう。


 そんな怪物、寝首を掻くどころか、かすり傷一つつけられない。


 かと言って、仕事を辞めて逃げ出すか、というのも現実的ではない。

 魔王に退職を伝える脳内演習は幾度となく行ったが、そのいずれも、あの巨腕にぺしゃんこにされて失敗してしまったのだ。


 癇癪で人を殺すような男ではないにしろ、血の気が多いのは言わずもがな。

 退職を申し出た者がいないので実際のところは分からないが、部下が去るのを笑って見送るような印象はなく、どちらかといえば「共に戦ったあの熱き日々を忘れたか!」とか怒鳴りながら引き止めてきそうだ。

 

 ましてや、魔王が一介の荒くれだった頃からの最古参である俺が辞めるなんて言いだした日には、俺の命なんて優に飛び越えて、城ごとぺしゃんこにされるんじゃなかろうか。


 そんなワケで、たかが人間である俺は何十年もの間、日々募る不満に胸中煮えたぎらせながらも健気に奉仕しているわけだ。


「魔王様。ご不満かとは思いますが夜も更けて参りましたので、ひとまず御夕食にされては如何ですか? 上質な魔国牛を仕入れております」


「おおもうそんな時間か! なら早く持ってまいれ馬鹿者!」


「………承知致しました。早急に準備させますので失礼致します」


「話は終わっておらんからな! 絶対に戦じゃ! どこを攻めるか明日までに考えておけ!」


 魔王がギャーギャーと騒ぎ立てるのを背に受けながら、玉座の間を出る。

 一つ息を入れて、待機していたウサギ魔人のメイドに可能な限り穏やかな口調を心がけ、


「魔王様のお食事の準備をお願いします」


「「承知しました」」


 日々の中で一番嫌いな局面を乗り越えた俺は書類仕事が待つ執務室へ歩き出すが、嫌なことというのは後を引くものだ。


 毎日毎日勝手なことを言いやがって。せっかく勝ち取った平和を何だと思ってるんだ全く。

 戦争だなんだとドンパチやってたのはもう魔国領だけなんだよ!

 人や亜人の暮らす諸国はとうの昔から自分達の国を発展させる為に内政に力を入れてるんだ!


 あー腹が立つ! 何が誉だバカタレ! ちょっとは政治の勉強しろ!


「どうかされましたか参謀殿? 」


 名前を呼ばれて我に返ると、声の主は廊下の向かいから歩いてきた狼魔人の男、この魔王城の警備兵長:フェンリルだった。

 内に抑え込んでいたはずの不満と怒りが、いつもより大きな足音、という形で漏れ出していたようで、職務柄、日頃から色々と気を回しているこの男が心配して声を掛けてくれたのだろう。


 上品な人間とは違って制服がない魔王城においては、各種族がそれぞれの文化や嗜好に基づいた服装をしている。

 狼魔人は自慢のスピードを活かす為に最低限の軽鎧を身につけるのみで、正直野盗と言われても通じるような身なりである。

 しかし、近づいてみるとその全身を覆う黒毛の見事なツヤに気付き、彼の人となりが決して野盗などではないと分かる。


「あー、すまないフェンリル兵長。心配ご無用だ。これから夜の警備か?」


「はい。参謀殿は………お仕事、ですよね。いつも遅くまでお疲れ様です」


「はは。君達のお陰で安心して執務室に籠れるよ。何かあったら報告してくれ」


「そう言って頂けて嬉しい限りです。報告するようなことが無いと良いのですが」


「全くその通りだ。声をかけてくれてありがとう」


 敬礼するフェンリルを背に感じながら歩き出して数分、執務室に戻ってきた俺は、机にある大量の書類にゾッとしてうなだれるように椅子に腰かける。

 仕事しないと、と考えながらも、しばしの間ただ天井を見つめてしまう。

 すると、やはり嫌なことは後を引くもので、怒りがふつふつとこみ上げてきて、叫びだしたい気持ちに駆られる。

 それを抑え込むように大きく息を吐き、それでも無くなってくれない不満にうんざりして、そして思うのだ。


―――今夜もやるか。


 俺が逃げず、かといって暴挙に出ることもなくこの仕事を続けられている秘訣。

 とびっきりのストレス解消方法が、俺にはあるのだ。


 そうと決まれば、さっさと仕事を終わらせないと。

 両の頬を叩き、山積みの書類に立ち向かう。


 この時の俺は、いやここ十年の俺は、とっくに頭がおかしくなっていたのだ。

 自分が魔王城を揺るがす大事件を起こすことになるなんて、微塵も思っていなかったのだから。




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