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幕間・男二人で夜道を歩く

今回、戦闘シーンございます。

苦手な方は飛ばしていただいても本編がわからなくなることはありません。

「ああ、本当に大尉が羨ましい」


 川沿いの夜道を歩きながら白石が悔しそうな、けれど満足そうな声を出した。往来は静かで暗く、白石と彼を送りに来た孝太郎の足音と川のせせらぎ、そして遠くに犬の吠え声が響いている。街灯は大通りにしかないのでこのあたりはかなり暗い。夜の空には細い三日月、手に持ったカンテラの明かりがなければ真っ暗だろう。

 よく喋る白石とは対象的に孝太郎は物静かな方だ。無口というほどでもないが、白石のように陽気な喋りはしない。だから隣の男のお喋りにも「そうか」と相槌を打つ程度に返すのみだ。


「そうですよ! 毎日あんな美味い飯を食えるなんて! おまけにあんな可憐な妹御が作ってくれるんですよ? 部隊の連中に話したら絶対羨ましがられますって」

「まあ確かに芙美子の作る飯は旨いからな」

「自慢ですか? 自慢ですね? 俺だってねえ、あんな可憐な妹が欲しいですよ。いや違うな、嫁に欲しいです。理想ですよ、芙美子さんみたいな女性は」

「――ほう」

「大丈夫、わかっておりますよ大尉殿。芙美子さんを大切になさっているのはちゃんとわかっておりますって。だからその腰のものから手を離してくださいって」


 仕方なくといった風情で孝太郎が腰に佩いた妖破刀から手を離した。


「酔払いの戯言にこれじゃ、重症もいいところですよ、まったく。おかげでこちらは飛び火で火傷ですよ」

「なにか言ったか白石」

「いいえ、こちらのことで」


 退妖師団の中でも実力派の二人は互いに背中を預け合える相棒でもある。軽口を叩き、受け流し、暗い水を湛える川沿いをのんびりと歩く。

 ワンワンワン!

 少し離れたところで犬の吠え声が聞こえた。


「いやー、それにしても本当に旨かった! また芙美子さんの手料理をいただきに上がってもいいですか? いいですよね大尉――」


 チキッ。

 孝太郎が腰の妖破刀の鯉口を切る音がした。


「え、大尉」


 いつの間にか孝太郎の纏う雰囲気がピリッと鋭くなっている。白石のよく知る、触れればスパッと切れてしまいそうな鋭い気配、臨戦態勢のそれだ。白石はじり、と後退った。が、すぐ後ろは川。腰高の柵が立てられているので転げ落ちることはないが、柵を背に白石は退路を断たれる。

 二人の間の空気がぴぃんと張りつめ、にらみ合いが続く。けれどそれに構わずさらに犬が吠え、釣られるように他の犬が加わっていく。

 不意にざぷん、と川の水が大きく波音を立てた。


「白石!」


 水音に弾かれるように孝太郎が叫び、同時に妖破刀が鋭く閃いてカンテラの灯を反射した。が、その刃の先に白石はもういない。既に身を低くして白刃を躱し、自らも妖破刀を抜いて身を翻している。そして二人の視線はお互いではなく、たった今まで白石が立っていた柵の方へ向けられている。

 孝太郎が斬りつけたのは黒い影、今まさに川から上がって背後から白石を襲おうとしていた影だ。身長は子供程度、だが二本足で立つ亀のような風貌――おとぎ話に出てくる河童のようにも見える。ただ全身が闇に染まったような黒、あやかしの特徴だ。

 だが切っ先はあと一歩のところで避けられる。このあやかし、亀のように鈍重に見えるが存外俊敏だ。

 孝太郎が横薙ぎに斬りつけた妖破刀をあやかしが跳んて左に躱す。ケケケケ、と耳障りな笑い声を上げて柵の手前、土の上に着地する。


 だがあやかしが着地する場所には既に白石が肉迫していた。低い位置から袈裟懸けに斬り上げ、あやかしの片腕を切り落とした。


「ゲギャギャ!」


 あやかしが苦悶の声を上げた。切り落とした腕の付け根からは血の代わりに黒い靄のようなものが噴き出し、空に消えていく。任務で対峙するどのあやかしもそうなので、やはりあの黒い靄はあやかしの血肉に当たるのであろう。

 不利を悟ったか、あやかしは柵を超えて川へ逃れようと踵を返す。が、そこは既に孝太郎の射程内だ。

 あやかしは人を喰らう。出会った者を問答無用で殺す。肉を喰らい、人の魂をも糧とするのだ。だから倒さねばならない。そのために対妖師団は存在する。

 だから対妖師団の構成員はいついかなる時も妖破刀を持ち歩いているのだ。


「これで終いだ」


 あやかしが川へ飛び込む線上を孝太郎の妖破刀が振り抜かれた。そのままあやかしの首と胴は二つに別れ、着水する前に全てが黒い靄となって消えていくのだった。ここまでほんの数秒、あっという間の出来事だ。孝太郎と白石が部隊の双璧をなすと言われる所以の連携だった。


「ここで結構です。お見送りありがとうございました」


 大通りに出てすぐ白石が頭を下げた。大通りは街灯が灯り、たまに車も通っていく。店は閉まっているが、川沿いの道ほどの静寂はない。

 ここからなら白石も帰り道がわかる。頭を下げて帰ろうとしてから「そうだ」ともう一度振り向いた。


「先程のあやかしについては明朝俺の方から報告をあげさせてもらいます」

「頼む」

「しかし、折角心地よく酔わせていただいたのに、先刻のあやかしのせいで醒めてしまいました。これはもう一度飲みに寄らせていただかないとなあ」

「芙美子の飯が目当てだろう。回りくどく言わなくても頼んでおいてやる。報告書を書いてもらう礼だ」

「さすが大尉、話がわかる。では俺はこれで」


 何事もなかったかのように二人は別れた。



 翌日、白石があやかしとの交戦を報告した。そこから白石が孝太郎の家へ行って孝太郎の可憐な妹に会ったこと、手料理をご馳走になったことが周りにばれて白石が総スカンを食らうのだが、それはまた別の話。

 


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