第09話 俺って堕天使? 天界からの追放者
意識を回復した俺が最初に見たものは、老眼鏡をかけて、白い顎鬚を蓄えた、温厚そうなジイサンの柔和な笑みだった。
「いやあ、すまんのう。間違って雷直撃させちゃって。でも君もいかんよ。荒野で避雷針握って立っていれば、間違いなく被雷するからのう。おまえさん、もしかして自殺志願者?」
目の前に、卓袱台と急須と湯呑があった。
周囲には、箪笥、火鉢、文机、仏壇(誰のだ?)、食器棚などの日本古来の調度品の数々。それになぜかブラウン管テレビ。もちろん画面は白黒。
いや、これだよ、これ! ジイサン、会いたかったぜ!
「君に何があったかは知らんが、自殺はいかんよ。自殺は……」
あれ、話が変な方向へ逸れてきた。
確かここは、「お詫びと言ってはなんだが」とかなんとか言っちゃって、スマホをプレゼントしてくれる場面でしょ?
「君、腹が減ってるじゃろ? うんうん、そうかそうか。人間、腹が空いてると、ろくなことを考えんからのう」
そういや、昼にポテチ食ったきりで、あとはなんにも食ってねえや。
仕送り作戦に熱中して、腹の空くのも忘れたぜ。
「さあ、これを食べなさい。心ゆくまで、じっくりと味わってのう」
で、差し出されたのがおにぎりふたつとお新香。
まっ、腹が減ってるから、いただきますけどね。
食ってみると、これが意外に美味しくて。
おっ、これは魚沼産の銀シャリ!
具材の紀州産の梅干しと北海道産の紅鮭も一級品!
コンビニのおにぎりを遥かに上回る美味しさだ。
さすがは神様! おにぎりひとつとっても最高のもん食ってるよ。
「あの、このおにぎり、どなたが握ったんです? 女神様? それとも天使様?」
「わしじゃよ。神自ら丹精込めて握ったおにぎりじゃ。米一粒一粒をじっくりと噛み締めるがよい」
なんか、味がしなくなってきたんですけど。
なんなら吐いてもかまいません?
なんて言えないよね。神様相手なら尚更。
「卓袱台は人情。ここに座った者を、腹を空かせたまま帰すわけにはいかんからのう。さあ、お茶じゃ、飲め」
神様が手ずからお茶を入れてくれたよ!
なに、これ、宇治茶? 玉露?
いや、お茶の味はよくわかんねえけど。
至れり尽くせりで、いや、ごちそうさまでした。
「で、資格選択なんじゃが。なんかほしいもん、あるか?」
いよいよ来た! ジイサン、俺はこの時を待ってたぜ!
「スマホお願いします。スマホ……」
「なに、スマホ?」
ジイサン、遠い眼をして呟いた。
顎鬚を捻って考え込むと、
「おまえさん、スマホを何に使う気じゃね?」
「えっ、それは家族に息災を知らせたくて……」
「うむ、よい心がけじゃ」
ジジイ、また考え込みやがった。
と思ったら、きつい眼をして、老眼鏡の奥から俺を睨んだよ。
「スマホを要求されたのは、おまえさんで二人目じゃ。確かあの少年、高校生じゃったか。最初に出会ったときは折り目正しい、品行方正な少年だと思ったのじゃが」
「その少年がなにか?」
「よいか、若いの! 異世界で王となっても決して慢心するでないぞ。民の生活を第一に、平和な治世を心がけるのじゃ! よいな!」
「ハ、ハイ~」
俺、驚いて、思わず居住まい正しちゃったよ。
その少年、いったい何をやらかしたのか。
ジイサン、スマホやったの後悔してるみたいだけど。
「さあ、受け取るがよい」
「はい、ありがとうございます」
俺はスマホを受け取ると、さっそくあっちの家族に連絡したね。
「あ~、もしもし、神能さん? あっ、お母さん。久し振り! 俺、秀一だけど。実は異世界に転生したんだけど、そっちで困ったことが起きちゃって。悪いけど二十万、俺の口座に振り込んでほしいんだけど」
ババアが涙ぐんで一言。
「……秀一は亡くなりました」
ブチッ。
通話、切られちゃったよ。
クソッ、スマホ、役に立たねえじゃん!
太郎、最悪じゃん!
俺は怒りに任せて、スマホを卓袱台に叩きつけた。
ジジイが怖い顔して、俺を睨んだ。
「ほう、おまえ、オレオレ詐欺がやりたくて、スマホを要求したのか? われ、神様相手にいい取引するのう~」
「いや、違うんです! 誤解ですから! 親に仕送りしてもらうために、スマホが欲しかっただけですから」
「死後も親に迷惑かけて憚らぬとは。どこまで性根が腐っておるのじゃ!」
ジジイの額に青筋が浮かび上がった。
老眼鏡の奥に怒りの炎を燃え上がらせながら……。
「おまえのようなやつは、さっさと異世界へ転生するがよい! もう、二度と顔も見たくないわ!」
「そ、そんな、なんか他の資格下さいよぅ~」
「ダメじゃ! 地獄へ落されぬだけ、ありがたく思え!」
突然、畳にポッカリと穴が開いて、俺は真っ逆さまに下界へ垂直降下した。
女神様に続いて、ジジイ、いや、神様にまで見捨てられた俺……。
そんな俺に明日への希望なんてあるのかな?




