第54話 女神様の失敗 勇者はS級犯罪者!?
ひと目、勇者の母親の姿を見た俺は、驚愕の余り一言も声を発することが出来なかった。
あんぐりと開け放たれた口端から、大量の涎が垂れ流されるのもお構いなし。
だって勇者のお母さん、すんげえ美人なんだもん。
それも金髪碧眼の肌の白い外人さんだよ!
まあ、あの超イケメン息子の母親だから、間違いなく元美人さんだとは思ってたけど。それにしても若い、若すぎる!
白人の女性ってさ、往々にして同い歳の日本人女性より歳喰ってみえるんだけど、その法則を完全に打ち破ってるよ。
勇者の放つ必殺技なんかよりも、ずっと凄まじい破壊力だぜ。
どちらかというとロリコンの気がある俺だけど、一瞬、勇者の父親になるのも悪くはねえかなんて思っちまったから。そういや、勇者のやつ、母子家庭だとか言ってたよな。あのお母さん、独身だよね?
傍らには、いつしか背広姿で呆然と佇む田中さんの姿があった。
俺の質疑は至って純朴だった。
「あの、田中さん。あの女性、何歳くらいに見えます?」
田中さんが腕を組んで考え込んだ。
「う~ん、二十歳」
やっぱり……。
そうは思ったものの、仮にも十八歳の息子の母親が二十歳っていうのは、いくらなんでもあり得ねえから。
俺は田中さんに軽蔑の眼差しを投げかけた。
この、スケベ社畜が!
田中さんが同類相哀れむ目で俺を見た。
「そういう君は、彼女が何歳くらいに見えるのかな?」
「う~ん、そうですねえ」
俺も腕を組んで考え込んだ。
「十八歳!」
田中さんが俺に軽蔑の眼差しを投げかけた。
この、スケベニートが!
「いや、君ねえ。勇者って十七、八の若者でしょ? その母親が十八歳なんてあり得ないでしょ」
「でもさっき、田中さんだって二十歳とか言ってたくせに」
「いや、だからさ、あれはまだ衝撃波の余韻冷めやらぬ時だったから」
「衝撃波って、アロンダイトの?」
「いや、勇者の母親の……」
俺は妥協案を思い付いた。
これなら二十歳と十八歳という見解の相違を、うまく解消してくれるはずだ。
「あの、田中さん。俺、思うんですよ。あれ、女神様の勘違いじゃないかって。彼女、けっこうドジっ子で、俺の時も資格授け忘れたりしたんですけど、あの勇者の母親って、もしかしたら勇者のお姉さんじゃないかなって。それなら二十歳にせよ十八歳にせよ、年齢的に矛盾がなくなるわけでしょ」
「う~ん、なるほど。バイト君、君、相変わらず鋭いこと言うね」
「では意見の一致をみたところで、勇者さん本人に訊いてみましょう。勇者さん、お取込み中申し訳ありませんが、あれ、お母さんじゃありませんよね? 間違いなくお姉さんですよね?」
天空を仰ぎ見ながら滂沱の涙を流す勇者。
突然、母親が遺影の前で泣き崩れた。
勇者が慟哭に震えながら両手を広げて膝を折った。
その唇から、真珠のごとき一粒の呟きが零れ落ちた。
「……か、母さん」
し、信じられねえええええ~~~~~!
俺、思わず田中さんと顔を見合わせちゃったよ。
そんな俺らの驚愕をガン無視して、女神様が勇者に言い放った。
「勇一、あなたはお金さえ稼いでしまえば、現世への送金など、後からどうとでもなる。そう考えたのでしょうが。現実には送金する術がないままに、貯金通帳の残高だけが増えてゆく。それはそれで堅実な生活を目指す上では好ましいのでしょうが、もしあなたがスマホを選択していれば……、異世界で元気に生活していることを伝えていれば、母親はああして毎日嘆き悲しむことはなかったでしょう」
「……母さん」
「可哀そうな人。あなたは母親を思慕する余り、他者への愛情を見失ってしまったのです。そんなあなたを母親は決して赦さないでしょう。もちろんわたくしも赦しません!」
うおおおおお~~~~~!
勇者が頭を抱えて絶叫した。そしてガクッと地面に両手をついた。
滴り落ちた涙が乾いた地面に浸み込んでゆく。
なんかもう、最終決戦を前にして決着がついたような感じだ。
俺がエクスカリバーの返却を考えたその時、女神様が叫んだ。
「秀一、さあ、今の内です。勇者を滅するのです! 今なら赤子だって勝てます。さあ、早く!」
一瞬、俺は我が耳を疑った。冗談かと思った。
でも女神様の目は真剣だった。
俺は彼女の真意を測り兼ねて尋ねた。
「女神様、あなたはどうしてそんなに勇者を憎むのです? 俺ですら、もう赦してあげようかなって感じなんですけど」
「そ、それは……」
女神様が言い淀んだ。
この場合、さては裏になにかある。そう思うのが普通だよね。
俺はエクスカリバーを投げ捨てた。
「本当のことを教えてください。でなければ俺、勇者と闘いませんよ」
「わかりました、秀一。事実をお話ししましょう」
女神様が困惑顔で語ったところによると、現世の陰に異世界あり、人類史と同等の長い歴史を持つ異世界だが、その歴史上一万人以上のS級資格者が存在したにも拘わらず、彼らは誰一人として、犯罪に手を染めることはなかったそうだ。
社会正義の王道を地道に突き進む心正しき人々。それこそがS級資格者の素顔なのだ。
「それがですよ。選りに選って、わたくしの担当したS級資格者から異世界初の犯罪者が出てしまうなんて。当然のごとく、神の世界、すなわち天上界では大問題となりました」
やはり神様は見逃さなかった。勇者の犯罪を!
俺の脳裏に牝牛ちゃん一頭一頭の笑顔が蘇る。
そしてパトラの笑顔が!
萎えかけた俺の闘志に再び火が点いた。
「最上級神であらせられる熾天使様方が協議した結果、わたくしに指示が下りました。勇者を抹殺せよ。犯罪者としてではなく、決闘に敗れた敗北者として抹殺せよと。もし勇者を歴史の闇に葬ることが出来たら、おまえを天上界から追放せずに、始末書一枚で赦してやると。わたくしはその指示に従う以外に選択肢はありませんでした」
「つまりこの決闘は、女神様により仕組まれたというわけですか?」
「ええ、わたくしがミスを犯さなければ……、勇一をS級勇者に認定しなければ、こんなことにはならかったのですが」
女神様が勇者を申し訳なさそうにチラ見した。
もし自分が彼の悪しき資質を見抜いて、S級資格者の力を与えなければ、勇者ハーケン・クロイツァーは、いや、小市民佐藤勇一は犯罪を犯すことなく、人生を全う出来たかもしれない。
彼女はそんな負い目を感じているのだ。
まっ、俺の想像だけどね。
女神様が押し殺した声で呟いた。
「秀一、さあ、今こそ勇者ハーケン・クロイツァーを滅する時です!」
「滅するの滅って、それって鬼滅の……」
「もう、それはいいですから!」




