第51話 おねえさん見事です これぞ鬼滅のパクリもん
「今度こそ息の根を止めてやる。行くぞ!」
紋切型の台詞を叫ぶや、アロンダイトを下段に構えて疾走してくる勇者の姿に、俺は戦慄を覚えた。
思えば最初の邂逅以来、お互いに”こいつ、気に入らねえ”なんて思ってたんだけど、まさか、ここまで大事に発展しようとは。
S級勇者と事を構えようだなんて、今更ながら自分のおバカっ振りには呆れてしまう。
思い返してみりゃ、最初に突っかかったの俺の方だし。
S級ニートは世間知らずの怖いものなし! 我が道を突っ走れ!
俺、命が惜しくなったから考え方変えてみようかな。
おねえさんがレイピアをさっと一振り。
地面から蔦が伸びて、勇者の足に絡み付こうとするんだけど、余りの光速移動に蔦の伸びが追い付かねえ感じで。野郎の走り抜けた後には、蔦が伸び放題の荒れ地が残った。
ジャンプ一閃! 勇者が空高く舞い上がった。
ひと跳び二十メートルは軽く超えてる感じで、走り高跳びの世界記録更新なんて騒ぎじゃねえ!
野郎の接近を食い止めることが出来なかったおねえさんは、やつの斬撃を受け止めるべく、レイピアを横一文字に構えた。
でも上方から振り下ろされるぶっとい剣と、それを下方から受け止める細身の剣では、誰の目にも前者の方が有利なのは明らかだ。
おねえさんの大ピンチ!
命を大切に、を座右の銘に生きてみようかなどと考えていた俺は、前言をあっさり撤回すると、命を捨てておねえさんを守るべく、ダガーナイフを拾い上げると、ジャンプ一閃、空中で勇者の長剣をニートの短剣で受け止めるという前代未聞の離れ業を成し遂げた。
両者の間で火花が散った。そのまま空中で左右に別れた。
勇者が音もなく着地した。
左足の甲から血が噴き出した。負傷した左足に力が入らないのか、そのまま左膝を折って痛みに耐えた。
「フッ、まさか我が一撃を短剣で受け止めるとは……。正直、驚いたよ」
俺は尻から着地すると、腰を摩りながら立ち上がった。
「ふっ、ニートだからって見くびるなよ。ニートだってなぁ、やりゃ出来るんだよ!」
いや、カッコいいよ、俺! まあ、決まったのは台詞だけだけど。
称賛を期待して、おねえさんの方を振り返る。
俺に抱き付いて、ほっぺにキスの一つもしてくれるんじゃねえかと期待したんだけど。
ありゃ、おねえさん、なにやってんの?
見ればおねえさん、測角器を使用して何かを測量しているよ。
「よ~し、今のジャンプ力、二メートル一〇。走り高跳びの世界記録更新だ!」
「ええっ、おねえさん、ジャンプ力計ってたんですか!」
「ああ、後でギネスブックに申請しておくから」
なんか全身に力が漲ってきた。
でもスピードといいジャンプ力といい、その数字、微妙にショボくありません? 現世ならオリンピックで金メダル狙えそうだけど。
そのことをおねえさんに尋ねたら、
「まあ、異世界じゃ、あいつみたいに軽くひと跳び二十メートルなんて化け物が存在するくらいだから。でもおまえには、そんな化け物と互角に打ち合える何かがあるんだ。アロンダイトの一撃を受け止められる何かがあるんだ。さあ、自分の力を信じて戦うんだ。死ぬ気でやれ!」
おねえさんにぽんと背中を押されて、俺は及び腰で勇者の前に立ちはだかった。
なんかいい加減なこと言われて、言い包められた感じだ。
そんな言い方されたら却って自信なくすよね?
あっ、冷や汗垂れてきた。手と膝が震えてきた。
「邪魔だ、どけ!」
鬼の形相で迫り来る勇者ハーケン・クロイツァー。
狙いはもちろん、圧倒的能力を秘めたおねえさんの方だ。
俺が盾にならなければ、おねえさんが危ない。近接戦闘を挑まれたら、剣と魔法、圧倒的に剣が有利だ。
俺の使命は盾となっておねえさんを守ること。その隙に……。
でぃやあああああ~~~~~!
俺も雄叫びを上げると、ダガーナイフ片手に疾走した。
先に突きを入れたのは俺の方だ。
刃がやつの胸を掠めて、服に付いた装飾用の金モールを一本ぶち切った。
やはり勇者の動きが鈍い。大剣を大振りして、俺を寄せ付けないのが精一杯。足を負傷した代償は意外に大きいようだ。
それにしても俺の身体、なんて軽いんだ。
「今だ、どけ!」
背後でおねえさんの叫び声!
俺は大きく跳び退いた。
直後、おねえさんが絶叫した。
ウォーターロープ、壱の型、水面蹴り!
剣尖から伸びた水流が、勇者の足を縄跳びの縄のように薙いでゆく。
数度の攻撃を避けた勇者だが、五本目の水流に足を絡め取られて、そのまま地面へ叩き付けられた。縄跳びしてたら縄に引っ掛かって倒れたという、あれだ。
顔面を強打して、額から血を流す勇者。イケメンが台無しだ。
「お、おのれぇ~!」
アロンダイトを杖によろよろと立ち上がった勇者。
それなりのダメージを与えたようだけど。
この場合、問題は別の部分にあった。
俺は呆気に取られて、おねえさんを見た。
壱の型、水面斬り?! いや、水面蹴り!?
もしかして、それって鬼滅の……。
おねえさん、そんなことはお構いなし。
著作権違反なにするものぞと、再び必殺技を詠唱した。
ウォーターホイール、弐の型、水車、いや、違った。水車輪!
剣尖から迸り出た水流が、いくつもの輪を作って、勇者目がけて転がってゆく。
襲い来る水の輪を避けつつ、聖剣で数個の水の輪を切り裂いた勇者だが、最後の水の輪を避け切れずに宙高く弾き跳ばされた。
背中から地面に激突して、ゲホッと口から血を吐いた勇者。それでも闘志だけは失わず、身体を引き摺るように立ち上がった。
「今です、やつに止めを!」
俺は勢い込んでおねえさんを見た。
でも彼女、顎の先から滴る汗を拭うと、両肩でぜいぜい息をついていた。
わずか三発の攻撃魔法で、かなりのエネルギー量を消耗したようだ。
お、おねえさん……。
俺は言葉を失って佇んだ。
いや、意外に弱そうだよ、この人。
おねえさん、息も切れ切れに呟いた。
ウォーターサーバー、参の型、美味しい水!
おねえさん、魔法で現出させたコップの水を、美味しそうにごくごくと飲み干した。
「ふぅ、やっと一息ついたぜ」
攻撃そのものは見事だったんだけど、息切れするの、ちょっと早くありません?
俺が非難がましい眼付で、そう尋ねると、
「いや~、リヤカー引いて身体鍛えてたつもりなんだけど、どうやら、この辺りが限界かもしれねえな」と頼りないことをおっしゃった。
そ、そんなぁ、無責任なあ~! あと一歩というところまで勇者を追い詰めたのにぃ。
見れば勇者は急速に体力を回復したのか、一歩一歩大地を踏み締めるように近づいてくる。その口元に浮かぶ冷笑は、最後の勝利を確信した自信の表われだった。
おねえさん、俺を背後に庇うと、疲労の浮き出た表情で息も絶え絶えに、
ウォーターデッド、拾の型、生生流転、いや、違った。死死累々!
そう叫ぶや、剣尖より迸らせた水流を刃で細切れにして、勇者を狙って銃弾のごとく打ち出した。
そんなズタボロな姿になってまで鬼滅に拘るとは……。きっとおねえさん、生前は鬼滅の大ファンだったんだな。いや、知らなかった。でも見ていて痛々しいから、出来れば止めてほしい。とおねえさんを愛する俺は思うのだ。
そういえばおねえさん、確か無詠唱で魔法使えたはずですよね?
水の弾が光を乱反射して、きらきらと輝きながら飛翔してゆく。
勇者は怯むことなく、それらのすべてを弾き跳ばすと、アロンダイトをおねえさん目がけて投げ付けた。
おねえさんがすべてのエネルギーを消耗し尽くして、もはや身動きがとれぬと判断したのだ。
あっ、危ない!
俺は咄嗟におねえさんを弾き跳ばした。
野郎の醜く歪んだ顔を見た瞬間、アロンダイトの剣尖が俺の胸を貫いた。




