第50話 執念の一撃! 俺の殺意が死を招く?
俺はお中元の松坂牛詰め合わせセット二キロ二万円なりを、頭上高く差し出した。
いや~、俺ってさ、ほんと凄いよね。
自分をフルボッコした相手にお中元贈答できるんだから。
普通、そんなこと絶対嫌だよね?
でも不思議なことに、俺、それが出来ちゃうんだよねえ。
勇者の野郎、ぶっ殺す! そう思うと、どんな卑怯な手段を使ってでも勝利を目指したくなるんだ。
あっ、これ、もしかしてチートってやつ?
だとしたら俺の性格自体がチートってことなのかな?
これがサラリーマンなら間違いなく出世コースに乗ってるよね? 同期の出世頭とか言われちゃって、社内で結婚したい男性社員NO1とか言われちゃって。いや、若いOLさんにモテモテだよ。
あ~、こんなことなら現世でサラリーマンやってりゃよかった。
お~い、ニート王の矜持はどこ行った?
忘れたよ! そんなもん。
歴史を俯瞰しても、こんなこと出来るの、う~ん、木下藤吉郎さんくらいなものだよ。
あの人も信長さんにメッチャぶん殴られてそうだけど、よく耐えたよねえ。若い時分を中心に、少なくとも三十発は入ってると思うけど、それを耐えに耐えて太閤まで出世したんだから、ほんと、偉いよねえ。
もし光秀さんだったら、三回ぶん殴られた時点で謀反を起こす計画立てていたと思うよ。本能寺はその三発目の、いや、足蹴を入れると七発目の結果だったと思うんだ。
その点が藤吉郎さんと十兵衛さんの大きな違いかな。
人間、辛抱だ!
あれ、俺、なに考えているんだろ?
俺、間違いなく何かに目覚めてるよね?
勇者が端正な足取りで接近してきた。
まったくの無防備というか、俺の行為に対して何ら疑いを抱いていないようだ。
精神的に錯綜して、訳のわかんないこと考えていたもんだから、勇者のやつ、俺の秘めたる殺気を読み取れなかったようだ。
野郎は気さくに貢物を手に取ると、「中身はなんだ?」と尋ねた。
俺は更に辞を低くして答えた。
「神戸松坂牛詰め合わせセット、二万円の品に御座りまする」
「ふむ、おまえの牧場の牛ではないのか?」
「あれはすべて乳牛ゆえ、乳は取れても肉は取れませぬ」
「おお、そうであったな。失念しておったわ」
野郎の口調はいつしか江戸時代の侍言葉になっていた。
なんか時代劇の悪代官を観ているようだ。
完全に俺に乗せられているのだ。
うちの牝牛ちゃんを牡牛、つまり肉牛と勘違いするとこなんぞ、だいぶ動揺しているとみた。
野郎は貢物を小脇に抱えて高笑いした。
さすがに収賄一つ取っても堂に入ってやがる。やっぱ悪代官だ。
「ハハハッ、もしこれが一万円以下の品ならば、お主はその場で無礼討ち、いや、瞬殺されていたぞ」
「数々のご容赦、誠に痛み入りまする」
平伏した俺の視界の片隅に、野郎のつま先が見えた。
その場所には魔法の蔦の種が植えられていた。
俺は叫んだ!
「おねえさん、今です!」
おねえさんがレイピアをさっと一振り!
刹那、地面から蔦が急速な勢いで伸びてきて、勇者の足に絡み付いた。
高笑いが止んだ。
俺はベルトからダガーナイフを引き抜くと、野郎の顔を仰ぎ見た。
そこに凡そ勇者に似つかわしくない、虚ろな眼と半開きの唇を見たとき、俺は勝利を確信した。
トラトラトラ! 我、奇襲二成功セリ。
俺は目の前にある足の甲目がけてダガーナイフを打ち下ろした。
ブーツを引き裂いて突き刺さったダガーナイフの切っ先は、そのまま刀身の半ばまでのめり込んだ。
切っ先が足裏を突き抜けた感触。ブーツの裂け目から血が溢れ出た。
まるで時間が止まったようだ。
俺は恐る恐る野郎の顔を仰ぎ見た。
本当はそんな余裕ないんだけど、仰ぎ見ずにはいられなかった。
やつの激痛に歪んだ、その表情を……。
その瞬間、やつと眼が合った。
そこに俺が見たものは瞳を消失した真っ白な三白眼。
人外の双眼だった。
そのまま眼球からビーム光線を発射するんじゃねえかと思えるほどの殺気に、俺は逃げた。逃げまくった。
脇目も振らず、悲鳴も上げず、ただひたすら野郎に背中を向けて全速力で。もしタイムを計っていたら、たぶん世界記録を更新していたはずだ。
いや、それくれえ怖かったんだから!
勢いのままに、俺はおねえさんの脇を走り抜けた。
おねえさんがストップウォッチを押して叫んだ。
「は~い、タイムは九秒五〇。おめでとう。世界記録更新だ!」
「ええっ! おねえさん、タイム計ってたんですか?」
「ああ、後でギネスブックに申請しておくから」
その即席夫婦(?)漫才を、勇者はおちょくられたと勘違いしたのだろう。
「死ねぇええええーーーーー!」
怒りも露わに背中からアロンダイトを引き抜くと、絶叫しつつ、それを大上段から大地に叩き付けた。
岩が破砕する大音響と共に、地面に深い溝が走り、それが俺とおねえさんの下へ一直線に突き進んでくる。
「下がってろ!」
おねえさんが俺を庇うように前へ進み出た。
そしてレイピアを高々と掲げると、
アースクイック・レボリューション!
そう叫ぶや、片膝立ちの姿勢で剣尖を大地に突き立てた。
瞬間、大地に亀裂が走った。それは地面を穿って一直線に走り、両者の中央で、勇者の放った長剣のエネルギー波と正面衝突した。
大地が砕け散って、数多の石礫が両者の頭上に降り注いだ。
おねえさんはS級勇者と互角の力を持っていたのだ。
その結果を見ても勇者は微動だにしなかった。
口元に冷笑を浮かべると、足に突き刺さったダガーナイフを引き抜いて、それを俺目がけて放り投げた。
耳元で風を切る音がして、俺の頬から一筋の血が流れた。
おや、わざと標的を外したのか?
俺の疑念に答えるように、勇者が口を開いた。
「命拾いしたな、底辺ニート。足を負傷していなければ……、身体のバランスが崩れていなければ、おまえは確実に死んでいた」
俺の額から一滴の汗が、そして鼻孔から一筋の鼻水が、大地にぽとりと滴り落ちた。




