第05話 俺より先に逝ったニー友へ
翌朝、目覚めてまず望んだことは、ここはあっちの世界であって、こっちの世界、異世界ではないのだ、あれは一夜の夢だったんだ。
まあ、そんなとこなんだけど……。
希望は裏切られた。
今、俺の目に映るものはヤニでうす汚れた天井だけだ。
洗面所へ顔を洗いに行く。
水道栓ひねって、顔をじゃぶじゃぶ洗って、そこで初めてタオルがないことに気が付いた。
ちょうどいい頃合いに、隣に中年のオヤジが立ち並んだ。
おあつらえ向きに、首にタオルを掛けている。
「あの、タオル貸してもらえます?」
ガン無視。
異世界若葉マークには、優しくするのがここの決まりでしょ?
なんでぃ、タオルくらいケチケチしやがって!
「あの、時間教えてもらいます?」
オヤジは腕時計をチラ見すると、「十時半」と手短に答えた。
十時半! 驚いたよ!
て、ことはだよ。俺、十時間は寝てたんだ。
生まれてこの方二十年。赤ん坊時代を除けば、そんなに爆睡した記憶一度もないから!
俺は打ちのめされたよ。
こっ、これが労働の威力なのか。
両手を床について、敗北感にうるうるしたい気持ちで一杯だったけど、まあ、気分はすっきり爽快。
新たなる門出には相応しい朝となったわけだ。
でも日用品買え揃えるだけで、万札とびそうだから、やっぱ働かなきゃいけねえのかなあ。
朝の洗顔に必要なもの。タオルに石鹸、カミソリ。なんか面倒臭そう。
あっちの世界なら、親の買いそろえた物使ってりゃよかったんだけど。
あのね、勇者に転生したニートの皆さん。
毎朝の髭剃り、どうしてます? 中世期風の髭剃りだと、ナイフみたいの使って、髭をじょりじょり剃るんですかねえ。
どなたか調べた人いたら教えてくださいね。
しょうがねえ、取り敢えず、ギルドへ行って、俺も勇者様の仲間入りすっか。
なんかニート出身だと優先的に採用されるみてえだし……。
まっ、帳場のおねえさんに訊いてみよ。
「あの、ギルド、どこにあります?」
「えっ、ギルド?」
「俺、勇者になりたいと思って」
「ああ、そういう若い転生者、よくいるけど。けっこう難しいんだよ」
「えっ、ニートなら誰でも出来るんじゃないんですか?」
「国家試験受けなきゃね。それに知力だけじゃなく、体力も要求されるし」
「あの、司法試験と比べて、どちらが難関なんです?」
「さあ、そこまでは……。まあ、よく比較されるのが野球選手やサッカー選手だから。なるのは難しいってことさ」
ガァ~ン! と鈍器で頭を殴られた気分だ。
それじゃ、俺、絶対勇者になれねえじゃん!
あ~、もう嫌だ! あっちのお家に帰りたい。
「仕事が欲しかったら、取り敢えず職業安定所に行くんだね」
「それってハローワークのことですか?」
「おっ、おにいさん、面白いこと言うねえ。こんにちわ、お仕事。なんかそっちの方が通りがよさそうだよ」
「……係の人に言っときます」
「手っ取り早く日雇いって手もあるけど。ここにはそういう人多いし」
「俺、職業安定所に行ってきます」
で、俺は職安で求職すべく、こうしててくてく道を歩いているわけだが。
その足取りは異常に重かった。
思い浮かばないんだ。なりたい職業が……。勇者だけだよ。素直に納得できる職業は……。
プロ野球選手を諦めた高校球児の心境って、こんな感じなのかなあ。
自分も同じ立場に立って、初めて人の気持ちが理解できたよ。
俺はふと歩みを止めた。
作業着を着て、道路工事に勤しむ土木作業員の一団。
その中にジャージ姿で鶴嘴を振るう、風変りな青年の姿があった。
和真、佐藤和真じゃないか!
生前の唯一のニート友達、略してニー友の佐藤和真の姿がそこにあった。
和真!
声をかけようとして、ふとためらった。
生前、香典を出すのが惜しくて、あいつの葬儀を欠席した苦い覚えがあるからだ。
当日、なんかのゲームソフトの発売日と重なっちゃって、香典にニ万円包むと、それが買えなくなっちゃうんで。
俺は心の中で何度も和真に詫びながら、泣く泣くゲームソフトを買ったんだ。
AコントローラーとBコントローラー二つ繋げて、それを交互にやって、和真への手向けとしたんだけど。
クソゲーだったんだ! 見事なまでに。
こんなことなら葬儀に出てやりゃよかった!
俺は生まれて初めて男泣きに泣いたよ。
「俺は必ずニート王になる!」
「俺は必ずニート皇帝になる!」
打てば響くあの誓いの言葉。
俺らはお互いを理解できる唯一の友達だった。
「俺ら、いざとなれば親の遺産で食えるんだし、好き好んで社畜になる必要ねえよな」
「そうそう、労働なんていうのは、俺ら貴族には必要ねえんだぜ」
「貴族、それだよ、それ! もし今が中世期なら、俺ら貴族様だよねえ。なにも好き好んで、ラノベの主人公みたいに異世界転生する必要ねえし」
「あんなもん、底辺チンカス野郎がオ〇ニー代わりに読んでるだけだろ? いい大人が恥ずかしくねえのかよ。純文学でも読んでろよ」
「でもよ、俺らも異世界ラノベ読んでるじゃん。純文学なんて読まねえし」
「そうだ、違えねえ。ぎゃはははは……」
いい加減、酔いも回った頃合いに、和真とそんな会話を交わした覚えがある。
屋台でおでんをつつきながら酒を酌み交わした懐かしい思い出だ。
あのあと屋台のオヤジが、「いい若いもんが働かなくてどうする!」なんて説教始めたもんだから、俺ら頭にきて勘定踏み倒して逃げたんだ。
今となっちゃ懐かしい思い出だぜ。
和真、おまえ、落ちぶれたよな。
額に汗して鶴嘴を振るう和真と言葉を交わすことなく、俺は一抹の寂しさを抱えながら、その場を後にした。




