第49話 これぞ俺流!? 勇者様への貢物
夢の時間はあっという間に終わりを告げた。
目を見開けば、そこはスライムが原の真っただ中だった。
えっ、もうお終いですか?
おねえさんが目を瞑ってるのをいいことに、俺はもう一度唇を重ね合わせた。
束の間、おねえさんが俺の顔を押し返した。
「おい、これから勇者と一戦やろうってときに。おめえ、緊張感が足りねえぞ」
おおっ、そうだった!
慌てて周囲を見回してみる。
勇者の姿は見当たらない。
まだ少し時間があるようだ。
そして青スライムの姿も。
いつもなら風に吹かれてピーピー鳴いている青スライムも、今日ばかりは姿を見せねえ。
まあ、昨日の今日だから。
人間にあれだけ酷いことやられたら、当分は人間不信になるのも無理はねえ。
勇者との闘いを控えているだけに、地下に隠れてもらった方が却って好都合だ。
俺は勇者の犠牲となった母子スライムに想いを馳せた。
スライムは基本、細胞分裂で増殖するわけだから、正直そこに親子関係があるとは思えねえ。
でも俺は見たんだ。あれは確かに命を懸けて子供を守ろうとした母親の姿だった。
あの子、今頃どうしているだろうか?
母親を失って、まだ悲嘆に暮れているのだろうか。それとも俺みたいに立ち直って、今頃はスライムが原のどこかで、虎視眈々と復讐の機会を伺っているのだろうか?
そう考えるのは、俺がパトラを初めとする魔生物の仇を討ちたいと切に願っているからなのか?
それを勇者の側に付く市民は是とするのだろうか?
魔生物を差別する人々。彼らはたとえ事件の真相を知ろうとも、勇者を犯罪者と見做さないだろう。
彼らの前で市民の守護神たる勇者をぶちのめせば、この上ないざまぁになるんだけど。
「おい、勇者が来る前にこれを播種しておくんだ」
おねえさんから袋を手渡された。
中身は植物の種。
「あの、これ、何の種です?」
「魔法の蔦の種さ。上手くいけば、野郎を足止めすることが出来る。接近戦に持ち込まれると、魔法よりも剣技の方が圧倒的に有利だからな」
おねえさんと二人して、そこいら中に蔦の種をばら撒いた。
これで準備は完了っと。
俺はカーゴパンツのベルトにダガーナイフを挟み込むと、持参した作業用のレインコートを羽織った。そして暑いから腕捲りする。
ダガーナイフを隠し持っていることを、勇者に悟らせないためだ。
野郎に知られたら作戦は水の泡。
雨も降ってねえのに、レインコートを羽織っているというのも変な話だが、そこはなんとか俺の演技力(?)で誤魔化すのだ。
いや、しかしだよ。俺に演技力なんてあったかな?
アニメと特撮しか観てねえから、歌舞伎の見得を切るような大げさな演技しか出来ねえ。
仕方ねえ、ここはあれだな。
リュウガだな。
いや、泰山天狼拳を真似ようってわけじゃねえんだ。そんなもん、真似しようにも真似出来ねえから。
俺が見習うべきは、豪胆さと謙虚さを併せ持つあの処世術の方だ。
中二病の恐ろしさ、存分に見せてやるぜ!
そうこう考えているうちに、お誂え向きに俄か雨が降ってきた。
おっ、天は我を見放さずだ!
空は晴れているので、すぐに雨は止むんだろうけど、これでレインコートを着ている理由が出来た。
それに魔法の蔦の種も芽吹きやすくなったし。
織田信長が田楽狭間に突入する直前、集中豪雨が降って敵方の陣を大混乱に陥れた。その故事に倣えば、俺の大勝利は約束されたも同然だ。……とまあ、無理やり勇気を奮い起こす。
おねえさんが小声で呟いた。
「おっ、来たぜ」
見れば、草原の彼方より来る白馬とその主人。
ハーケン・クロイツァーの登場だ。
おや、あいつ、何かをニヤニヤしながら眺めているぞ。
あれは……、貯金通帳だ!
あの野郎、金額の0の個数を数えてニヤけていやがったんだ!
くそっ、俺には縁のないことしやがって!
俺らの気配を感じたのか、ようやく勇者が顔を上げた。
「ほう、意外だな。まさか、このわたしに立ち向かってこようとは……。もうとっくに逃げ出したかと思っていたが」
勇者が下馬した。そして俺を蔑みの目で見た。
「さあ、逃げるのなら今の内だ。見逃してやる。どこへなりとも失せるがいい」
俺は正面を見据えたまま、おねえさんにお願いした。
「例の物を……」
おねえさん、無言で頷くと、S級資格者の特権である物質転送を利用して、ある物を現出させた。それは三越百貨店の包装紙に包まれたお中元だった。
中身はA5等級の松坂牛2キロセットだ。〆て二万円なり。
俺とおねえさんが一万円ずづ出し合って買った物だ。
まっ、この程度の値段でS級勇者のご機嫌を伺えるのなら、むしろ安い買い物だ。
俺はそれを小脇に抱えると、努めて冷静を装いつつ、ゆったりした足取りで勇者へ接近していった。
「いいか、これから社長さんの自宅に直接お伺いする。そんな緊張感を忘れるなよ」
おねえさんの貴重なアドバイスなんだけど。
会社員未経験の俺には想像がつかねえ。
この作戦のヒントをくれたのはおねえさんだった。
おねえさんって、現世の事は余り話したがらないんだけど、それでも時折り居酒屋で語らったりすると、酔っ払った勢いで現世で勤めていた会社の事なんか話してくれるんだけど……。そのときの話題は会社の上司への付け届けだった。
「大変だったんだぜ。うちの部長さん、大のサッカーファンでよ。有給でカタール行くなんて言い出してよ。そこですかさずチケットのプレゼントよ。けっこう高かったんだぜ。もう一人の部長さんは慶応出身でラグビーの大ファンだし。ワールドカップの時も同じ手使って喜ばれたけど。派閥の領袖の常務さんには孫狙いのディズニーランドパスポートよ。クラシックファンの専務さんには、ウィーンフィルのチケットだったけか。いや、もう、上司の趣味趣向まで調べたからな。でもよ、今となっちゃ、すべてが無駄になっちまった。あ~、あたしは悲しいよ。お~い、オヤジ、お銚子もう一本。冷やで」
その後、おねえさんを介抱するのが大変だったんだけど(あ~、ゲロ吐かないで!)、そのお陰でこうして作戦を立案することが出来たのだ。
おねえさんには感謝、感謝!
勇者は俺が接近しても微動だにしなかった。
どうやら小脇に抱えた箱の中身が気になるらしい。
疑い深い野郎のことだ。危険な爆発物、あるいは凶器とでも思われたらマズいので、俺は野郎の警戒心を解くために一声かけた。
「安心してください。これ、お中元ですから。今まで迷惑かけたお詫びです」
「なに!」
勇者の表情が一変した。
なんか侮蔑とか冷淡とか、そんな人間感情をすべて丸投げしたかのような、例えるなら真冬に箪笥の隅から出現した衰弱しきったゴキブリを見るような、そんな驚愕に満ちた表情だった。
勇者の視線が俺の背後へ流れた。
俺もそれに合わせて背後をチラ見する。
おねえさんが勇者に向かって深々と頭を下げていた。
うちのおバカな弟がご迷惑をかけて申し訳ございません。
そんな保護者っぽい雰囲気を醸し出している。
ナイス、おねえさん! 名演技です。これなら十分、女優としてやっていけます。
俺は勇者の手前一〇メートルほどまで来ると、レインコートの裾を払いつつ、片膝立ちして頭を垂れた。
「貢物でございます。どうぞ、お納めください」




