第48話 これってラブコメ? 心ときめく瞬間移動
おねえさん、店を出ると、俺を路地裏へ連れ込んだ。
「けっこう時間喰っちまったな。いいか、もう時間がねえから、スライムが原まで瞬間移動するぞ」
「ええっ、そんなことまで出来るんですか!」
「まあな、S級魔法使いに出来ねえことはねえって。だがな、一つ問題がある。一人なら問題ねえんだが、二人同時だと、お互いの精神を同調させる必要があるんだ。そうでねえと瞬間移動が出来ねえんだ」
「どうすれば同調できるんです?」
「まあ、一番手っ取り早い方法はだな、二人が惚れ合っている男女なら、そうだな、接吻かな」
おねえさん、なんと頬を火照らせて俯いてしまった。
か、可愛い。
おねえさんに対して、そんな感情を抱いたのは初めてだ。
美しいなら一万回は感じたと思うけど。
「あ、あの、もう一度確認していいですか?」
「……」
「ほ、本当にそんな好条件で瞬間移動できるんですか?」
「まあな、でも果たしてうまくいくかどうか」
おねえさんが訝し気な眼差しで俺を見た。
そこに先ほどの可愛げな姿は欠片もなかった。
「実はな、あたしから見ると、おまえってやつは恋人というよりは、そうだな、出来の悪い弟、そんな感じなんだ」
「……」
なんなんですか、その立ち位置。
俺は言葉を失って立ち尽くした。
「それじゃあ、接吻しても精神を同調できねえだろ? だから、まあ、うまくいくかどうか」
おねえさん、なんか申し訳なさそうに俯いてしまった。
俺はその手をしっかりと握り締めた。
「やりましょう、おねえさん! いや、フェイさん! 物は試しです。必ずや俺の愛情パワーで成功させてみせます!」
こんな好機、逃してなるものか!
おねえさんの黒曜石のような瞳が、俺の真剣な表情を映す。
久々のロックオンだ。
「そ、そうだな、結果はやってみなきゃわかんねえから」
そう言うなり、おねえさんが目を閉じた。
俺もおねえさんの両肩を抱き寄せる。
目の前に、たとえ様もなく可愛い十七歳の美少女がいた。
そのとき俺は気付いた。いや、気付いてしまった。
ああっ、なんてこった!
俺は素っ頓狂な叫び声を上げると、反射的におねえさんを突き飛ばした。
十七歳の美少女の容貌に、大人の女性の面影を見い出して驚愕したのだ。
彼女は、彼女は……。
固まってしまった俺を見て、おねえさんは肩を落としてため息をついた。
「ああ、とうとうバレちまった。そうさ、その通り。たぶん、あたしはおまえが現世で出会った最後の人間さ」
やはり……。
驚きの余り腰が砕けて、その場にへたり込んでしまった。
おねえさんは、いや、フェイさんは、俺が現世で散歩中にごっつんこした、あの投身自殺した女性だったのだ。俺を死に追いやった張本人なのだ。
おねえさんが膝をついて、俺の肩へ手をかけた。
「すまねえな。おまえを道連れにしちまって。まさか、ああなるなんて思いもしなかったから」
「……」
俺は唖然として声も出ない。
でもなぜだろう? 不思議と憎悪の感情は湧かなかった。
「おまえのことが気になって、煉獄で神様に訊いたんだ。そしたらあたしの巻き添え喰って死んだっていうから。そのときあたしは誓ったんだ。せめてもの罪滅ぼしに、おまえが異世界へ転生したら全力で援助するって。引きニートだったおまえが異世界で独り立ちできるように、出来るだけ手を差し伸べるって」
それがあの押し売りともいえる親切の真相だったのか。
おねえさんに会うたびに疑問に感じてたけど。
なんか咽喉の奥に刺さった小骨が取れたみたいだ。
「おまえが安定した職に就いたら、すべてを話して赦しを請うつもりだったんだ。わざわざ十七歳の姿で接近したのも、正体を悟らせないためだ。まさか自分を死に追いやった人間を、側に置いてくれるとは思えねえからな。それに……」
おねえさんがはにかんだ笑顔を見せた。
「おまえが二十歳って聞いたからよ。十七歳なら釣り合いが取れると思って」
もし俺が死ななかったら、異世界へ転生しなかったら、きっとネトゲに入り浸りの日々を送っていたに違いない。それどころか三十になっても四十になっても、就職もせずに不毛な日々を送っていたかもしれない。
それはある意味、死んだも同然の人生ではないか?
俺は現世で死して、異世界で生を手に入れたのだ。
だったら、おねえさんを恨む筋合いなど何もない。……とまあ、自分に都合よく言い聞かせる。
それもこれもすべてはおねえさんのため!
おねえさんに余計な心的障害を背負わせないためだ。
俺は立ち上がると、片膝立ちのおねえさんに手を差し伸べた。
「立ってください、フェイさん。あなたを責めるつもりはありませんから」
「あ、あたしを赦してくれるのか?」
おねえさんも立ち上がった。
彼女の瞳の中で喜びと驚きが交錯する。
俺は成功を確信した。
えっ、何がだって? それは……。
「これがその答えです」
俺は彼女の肩を引き寄せると強引に唇を奪った。
その瞬間、身体が軽くなって、周囲の風景が淡い光の中へ埋没した。
瞬間移動に成功したのだ。
やったぁ!
俺は心中で喝采を叫んだ。
瞬間移動に成功したから? いえいえ、口付けに成功したからです!




