第46話 勇者VS魔法使い&俺?
翌日、俺はおねえさんと連れ立って、街の噴水公園へ出かけた。
今日の午後、勇者がそこでお別れのサイン会を開くそうだ。
この辺りの魔生物はあらかた駆除したので、また別の街へ移動するそうだ。
「魔生物の脅威に晒された街は、まだいくらでもあります。市民の安全な生活を守るのも、S級勇者の勤めですから」
野郎がラジオの対談番組で、そう語っていた。
この街に滞在してひと月余り。
サイン会は若い女性や子供を中心に盛況が予想された。
ほんと、マメに働くやつだよね。
俺とおねえさんは公園のベンチに座って、勇者のサイン会が開かれるのを待っていた。
公園内には既に数百の参加者と思われる人々が、ファンと思われる人同士で語り合ったり、手持無沙汰という感じでぶらついていたりした。
おねえさんが週刊誌片手に呟いた。
「ふ~ん、なになに。勇者のこの街における収入は、魔生物の駆除費、武術大会の賞金を中心に、講演料、ラジオ番組、雑誌での対談、そして本日のサイン会など、〆て五千万は下らないと推測される、かぁ。わずかひと月でこれかぁ。正直、羨ましくねえって言ったら嘘になるな」
俺は笑った。
「おねえさんだってS級魔法使いなんだから、そのくらいの収入は可能でしょ?」
「いや、そんな面倒なことはもう沢山だ。命あっての物種だ。のんびり気楽に生きれりゃ、それでいいのさ」
「なんか勿体ない気がします。S級の力がありながら」
「だから、その力を今から使おうっていうんじゃねえか。おっ、来たぜ」
いつものように白馬に跨って現れた勇者ハーケン・クロイツァー。
今日は黒の詰襟、胸に金モールをあしらった昔の将軍のような服装で現れた。そしてトレードマークの白マントは相変わらず。
サイン会が始まると、勇者の前にファンが長蛇の列を成した。
勇者は遠巻きに眺める俺らに気付くこともなく、色紙にサインを走らせると、手慣れた様子でファンと二言三言言葉を交わして握手する。
さすがはイケメン勇者。プロマイドの売り上げもアイドルや俳優を抜いて一位だそうだ。
まっ、化けの皮が剥がれたら人気も凋落するんだろうけど。
そうして一時間近く経ったろうか。
勇者が愛想笑いに疲れたとでもいうように、ふと遠望に目をやった。
そこで俺らと眼が合った。いや、正確にはおねえさんと眼が合った。
あの野郎、おねえさんと眼が合ったとたん、パイプ椅子を引っ繰り返して立ち上がった。そしてツカツカと端正な足取りで接近してきた。
むろん俺の方はガン無視。まるで存在しない者のごとき扱いだ。
勇者がおねえさんの前に立った。
「まさか、あなたに再び相まみえることが出来るとは……。女神よ、あなたに感謝いたします」
勇者の野郎、おねえさんの手を取ると、最初に出会ったときと同様にその甲に接吻した。
瞬間、野郎の背後でファンの黄色い悲鳴が上がった。
ところが野郎はお構いなし。
ファンを無視して、おねえさんだけを思い詰めた表情で見つめている。
その憂いに満ちた哀愁漂う表情を、スマホをかざして写メする人がちらほら。その中にはカメラを構えた新聞記者や雑誌記者の姿も。
勇者が口を開いた。
「実はあなたに折り入ってご相談があるのですが」
「相談? なんだ、言ってみな」
おねえさんの顔に似合わぬ蓮っ葉な口調に、一瞬、勇者は顔をしかめた。
「わたしとコンビを組んでいただけませんか?」
「コンビ?」
「ええ、あなたとわたしが組めば、どのような魔生物でも倒せるでしょう。収入だって、今の二倍、三倍に」
「女性ファンの人気は落ちるんじゃねえのか? ほら、後ろで心配そうにおまえを見つめている……」
野郎は背後を振り向かなかった。
そんなこと問題外とでもいうように。
「いえ、彼女たちは理解してくれますよ。わたしが理想のパートナーを見つけたことを。きっと暖かい拍手で新コンビ結成を祝福してくれます」
おねえさんが大声で叫んだ。
「んな訳ねえだろ。バーカ!」
「……」
一瞬、勇者の顔が凍り付いた。
おねえさんは険しい表情を崩さない。
野郎の硬直した微笑みが痛々しい。
「人気のことなど気になさらずに。わたしとあなたなら、より高次の大衆人気を獲得することも可能です。それに比べれば、一部の女性ファンの人気など取るに足らないこと。所詮、彼女たちは金蔓の一本に過ぎません。そんな蔓の一本や二本が切れたところで」
おねえさんが勇者の背後を指さした。
「後ろを見てみな。それを今ここで言うべきではなかったな」
見れば若い女性ファンを中心に、遠巻きに眺めていた人垣が一人、二人、三人と去り、徐々に崩れ始めた。
だが野郎は不敵な笑みを崩さなかった。
「かまいませんよ、あんな奴ら。それよりも先ほどの返事をお聞かせ願えませんか? フェイ・フェイリアさん」
「ああ、いいぜ。これがあたしの返事だ!」
パシッ!
突然、おねえさんの平手打ちが勇者の頬にとんだ。
野郎の顔から笑みが消えた。
おねえさんが負けじと睨み返す。
「手袋を外すの面倒でよ。付けたままやらせてもらったぜ」
「まさかとは思いますが、--決闘の申し込みですか?」
古来、決闘は相手に白手袋を投げつけることで成立する。
まあ、この場合は黒手袋だが。
おねえさんがニヤリと笑った。
「ああ、そのまさかだ。ただしあたしとこいつの二人分だ。二対一で闘えってことだ。そのくらいのハンデ、受けて立ってくれるよな?」
「ハハッ、子供の喧嘩に親がしゃしゃり出てくるとは。そんな底辺ニート、いるだけ邪魔でしょうに」
「さて、それはどうかな? その頬の傷、誰に付けられたのか忘れたか?」
勇者の顔が醜く歪んだ。その頬に走る一条の傷痕。
B級弓使い田中さんの勇姿が蘇る。
格下と見くびっていた相手に、生涯残る傷を負わされたのだ。
勇者の唇から屈辱を噛み殺す低い笑い声が漏れた。
「わかりました。受けて立ちましょう。ですが武器を持って立ち向かってくる以上、わたしも容赦はしません。最悪、死を覚悟してもらわねば」
「ああ、こっちもそのつもりだ。仲間を殺されたんだ。相応の代償は払ってもらうぜ」
勇者が訝しんだ。
「仲間を殺した? はて、わたしは人殺しはしておりませんが」
「仲間ってのはなぁ、おまえが殺った魔生物たち、それに親友のパトラだ!」
「おねえさん!」
俺は無性に嬉しかった。
おねえさんはパトラのことを親友と言ってくれたのだ。
「ほう、魔生物が親友とは。なんという恥知らずな。正直、あなたには失望しました」
「ふん、恥知らずはおまえの方だろうぜ。このS級資格者の面汚しが!」
勇者が嘆息して呟いた。
「誰も魔生物には同情しませんよ。魔生物と人間、正義は常に人間側にあることをお忘れなく」
勇者が踵を返して、愛馬の方へ歩んでいく。
残った人垣が道を開けるべく二つに割れた。
その人垣の前で、野郎は立ち止まり振り返った。
「で、決闘の日時と場所は?」
「今日の午後二時。場所はスライムが原だ」
「委細承知」
勇者は愛馬に跨ると、一陣の風のごとく走り去った。




