表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最弱のニート様 敵は異世界最強の勇者様? 俺 死亡フラグ回避するために棚ぼた勇者めざします!  作者: 風まかせ三十郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/59

第44話 牝牛ちゃんの涙 俺の涙

 月明かりを頼りに、俺は森に中に足を踏み入れた。

 この森を抜ければサキュバスの洞窟へ辿り着く。

 木の根に何度も躓きながら、雑草に何度も足を取られながら、それでも俺は牝牛ちゃんたちの無事を祈って走り続けた。

 

 不意に樹林が途絶えて、道一つ挟んだ向こうに、サキュバスの洞窟が現れた。

 月影の淡い光の中に、その暗く落ち窪んだ穴は、天国に通じる門のごとく、世の汚れを浄化した清浄な佇まいを見せていた。

 一瞬、俺はその佇まいを美しいと思った。

 そうだ、一瞬だけ。

 それが清浄なる魂の昇華した空間であることに気付いたのは、だいぶ経った後だった。

 目端に映った白馬の姿は、俺に悪魔の招来をはっきりと理解させた。


 入口付近に、倒れた二頭の牝牛の姿があった。

 身体の模様から、それが佳子と阿子であることがわかる。

 背中に一文字に走る裂傷があった。

 その鮮やかな切り口。勇者がやったのだ。

 仲間を守ろうとして斬られたのか。

 恐怖に見開かれた二頭の瞳孔は完全に開いており、誰の目にも息絶えているのは明らかだった。

 

 俺は茫然自失の体で洞窟の奥へと進んでいった。

 夏子、桃子、良子、希子、信子……。

 遺体の数が増えてゆく。

 その間を縫うように、サキュバスさんの遺体が点在している。

 みんな、勇者に殺されたのだ。


 間に合わなかった。


 俺の浅慮のせいで、サキュバスさんまで巻き添えにしてしまった。

 野郎は……、勇者は俺のバカさ加減まで計算に入れて、魔生物のほぼ完全なる撲滅を達成したのだ。

 この先に勇者はいるのだろうか?

 既に帰った後なのか?

 もし居たら、俺はなにをすればいいのか?

 牝牛ちゃんを殺したことを(なじ)るのか? それとも殴りかかるのか? 

 S級勇者を相手に、そんなことが出来るのか?


 俺は無力だ。


 歩みが止まった。

 その場に屈み込むと、両手で顔を覆ってしまった。

 涙を流す気力もなかった。

 もう牝牛ちゃんの遺体も、サキュバスさんの遺体も見たくはなかった。

 でも……、パトラがそれを許さなかった。


「お願い、牝牛ちゃんを助けてあげて」


 そうだ、まだ全頭の遺体を確認したわけじゃねえ。

 まだ数頭が生き延びているはずだ。

 俺は希望に縋って立ち上がった。


 突然、闇の彼方からモォ~という鳴き声が聞こえてきた。


 牝牛ちゃん、まだ生きてやがる!


 俺は希望を抱いて走り出した。

 やがて闇の中から光が射した。

 

 光?


 俺は立ち止まった。

 光は希望なんかじゃなかった。

 光は破滅の象徴だった。

 なぜなら、それは勇者の存在を知らしめるものだから。


 そこは洞窟の最奥だった。

 金の香炉が眩いばかりの輝きを放っている。

 その光の(とばり)の中に、勇者がアロンダイトを握り締めて佇んでいた。

 その剣尖は怯える牝牛ちゃんの胸に突き付けられていた。


 あっ、あれは京子ちゃん!


 勇者が楽し気に唇を歪ませた。


「ようやく来たか。だが、もう手遅れだ。目の前の牝牛でニ十四頭目。全滅まで、あと二頭だ」


 言いざま、勇者は京子の胸を剣尖で貫いた。

 悲鳴はなかった。

 鮮血が飛び散り、剣尖が京子の背中から突き抜けた。

 見開かれた京子の瞳から生気が消え失せた。

 勇者は京子の胸に足をかけると、アロンダイトを引き抜いた。

 京子がパタリと横倒しに倒れた。

 最後の痙攣と共に、血反吐を吐いて絶命した。


 血糊の付いた聖剣を、俺に向けて血振りする。

 跳ね飛んだ血が、俺の顔に付着した。

 

 勇者が辺りに視線を流した。

 

「フン、一頭見当たらないが、まあ、いい。〆て二十五頭。八百万は堅いな。なかなかいい収益だ」


 勇者は傍らで震える最後の一頭に剣尖を突き付けた。


 あっ、あれは桜子ちゃん!

 

 勇者が勝ち誇った笑みを俺に向けた。

 

「さあ、救ってみろ。おまえの大切な牝牛を。早くしないと死ぬぞ」


 剣尖が桜子の頬をチクリと刺した。

 桜子が恐怖に顔を背ける。その頬から一筋の血が滴った。


「フン、臆病者めが。自分の大切なものを守ることもできないのか? 目の前で殺されて、おまえは明日を生きてゆけるのか? おまえに残されるものは後悔だけだ。立ち直ろうなんて思うなよ。その影は一生、おまえにまとわり付く。おまえはステーキハウスの牛の看板を見ただけで、さめざめと涙を流すことになる。確実にな」


 勇者が桜子の胸に剣尖を突き付けた。

 桜子が救いを求めるように、俺を見た。

 その瞳に一杯の涙が溢れ出た。


 勇者が白い歯を見せた。


「さあ、よく見ておけ。おまえの大切な牝牛の最期を!」


 剣尖が桜子の胸に触れた。


 なにを叫んだのかはわからない。

 俺は夢中で走った。

 目の前の光景が弾けて、視界が淡い光で満たされた。


 涙だ。


 瞬間、俺の拳が、勇者の頬にのめり込んだ。

 

 あっ、入った。


 信じられない光景だった。

 勇者の顔が横を向いた。

 そのまま長い時間が過ぎたように、俺には感じられた。

 勇者の口端から一筋の血が流れた。

 白い歯が覗く。

 やつは笑っていた。


「とうとうやったな。わたしはこれを待っていたのだ」


 野郎が、俺の腕を掴んで捻り上げた。

 手首に激痛が走る。

 やつの冷酷な眼差しが、俺の目を覗き込む。


「底辺市民がS級勇者に暴力を振るった。--正当防衛成立だ!」


 そう叫ぶや、やつの拳が俺の腹にのめり込んだ。


 ゲホッ!


 口から吐瀉物(としゃぶつ)が溢れ出た。

 俺は腹を抱えてうずくまった。

 全身が痺れて動けねえ。


「なんだ、もうお終いか? 少し腹を撫でただけなのに」


 やつの手が、俺の髪を掴んで持ち上げた。

 

「底辺の分際で、よくもこのわたしに恥を掻かせてくれたな。償いはしてもらうぞ」


 勇者の拳が俺の頬を打った。

 口の中が切れて、鉄錆の苦い味がした。

 勇者の足が、倒れた俺の頭を容赦なく踏みしだいた。


「おまえにわかるか? わたしの悲しみが、悔しさが。現世でも、異世界でも、底辺でしかなかったおまえに」

「そ、そんなもん、知る訳ねえだろ!」

「ならば知ってもらおうか。わたしが死んだのは十八の時だ。それまでわたしは開難高校でトップの成績を収め、生徒会長も務めていた」


 開難高校?

 ああ、あそこか。東大進学率NO1の。

 ふん、ご苦労なこった。


「文武両道を目指したわたしは、己を鍛えるために、北山流、神崎流、吉山流の剣術道場で鍛錬を積み、いずれの流派でも免許皆伝の資格を得た。剣道でインハイ、国体で優勝した経験もある。因みに段位は最高位の八段だ」

「それがどうした、このクソ野郎が!」

「ふん、わかるまいなぁ、なんの努力もしないクソニートには……。問題はだな、そんなわたしがなぜ死なねばならなかったのか、ということなのだ! なんら見返りを受けずに苦労だけして死んでしまった、ということなのだ! わたしは、わたしは……、母親に恩返しが出来なかった」


 やつは静かに足を下すと天を仰いだ。

 そして再び俺を見た。


「覚えているか、あの母子家庭の園児を? おまえが声をかけてあげた……。名を美咲ちゃんというのだが」


 なに言ってんだ、こいつは……。

 

 俺は無言で睨み返した。

 やつの目がふと和んだ。


「同じ母子家庭で育った者として一言礼を述べておく。わたしも声をかけてあげたかったが、性格でね。生憎それが出来なかった。わたしが出来ないことを、おまえが出来ることもあるのだな。いや、感心したよ」


 不意に、やつが俺の鳩尾(みぞおち)へ拳を打ち下ろした。


 ゲホッ!


 反射的に、俺の身体がくの字に折れ曲がった。

 やつがアロンダイト片手に立ち上がった。


「恩情だ。これ以上、牝牛が死ぬのを見たくはなかろう」


 意識が薄れゆく中、怯える桜子に接近するやつの姿が目に映った。


 さ、桜子、逃げろ、逃げるんだ!


 深手を負っているせいか、その心の叫びが声になることはなかった。

 意識が闇の中へ落ちてゆく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ