第41話 緊急避難 牝牛ちゃんの大移動
くそぉ~! あの野郎ぉ~! 言いたい放題言いやがって!
俺は遠ざかる勇者の背に、思い付く限りの罵声を浴びせ続けた。
「死ね! バカ! アホ! マヌケ! 変態! ウジ虫! ゴキブリ!……、おまえの母さん出べそ!」
パトラが切迫した表情で叫んだ。
「ご主人様! そんなことやってる場合じゃありません! それよりも魔生物たちを助けなければ!」
「ああっ、そうだった!」
こうしている間にも、近隣に生息している魔生物は、行政の処分命令のために、勇者の金儲けのために、絶滅の危機に瀕しているのだ。
冷静になるのだ、俺……。
勇者のやつ、確かゴブリン、オーク、牝牛ちゃんの順番で処分するとか言ってたな。
て、ことはだよ。………………………ゴブリン、すまねえ!
出来ればゴブリンも助けてやりてえが、今更、勇者を追いかけても手遅れだろうし、間に合ったところで言葉の通じねえゴブリンを逃がすのは一苦労だ。
俺は心の中でゴブリンに詫びを入れると、大声でパトラを呼んだ。
「おい、パトラ、牧場へ帰るぞ! 急げ!」
「はい、わかりました!」
パトラがぽんと破裂して、体長二メートル余りのモフモフに変身した。
俺が跨ると、パトラのやつ、一目散に牧場目指して走り出した。
間に合ってくれよ。
俺の脳裏に、牝牛ちゃん一頭一頭の顔が思い浮かぶ。
そして最後に、今は亡き優子ちゃんの面影が脳裏を過った。
目をギュッと瞑ったのは、心の痛みのせいだ。
あんなこと二度とあっちゃならねえ。
絶対に死なせちゃならねえ! 死なせてなるもんか!
■■■
牧場へ到着すると、小屋からジイサンが顔を出した。
俺は牝牛ちゃんに行政処分が下ったことを手短に話すと、言葉を失って佇むジイサンを尻目に、パトラへ指示を出した。
「パトラ、オークの森へ行って、みんなに行政処分のことを伝えるんだ。逃げ遅れたら皆殺しにされるってな!」
「わかりました!」
「いいか、伝え終わったら、サキュバスの洞窟へ来るんだ。サキュバスは処分の対象になってねえから、野郎もしばらくは行かねえはずだ。一時的にせよ、牝牛ちゃんを匿えるはずだ」
「わかりました!」
そのまま走り出そうとして、なにを思ったのか、パトラが俺の前へ戻ってきた。
俺の両手を握り締めると、大きな瞳を更に大きく見開いて、
「ご主人様、お気を付けて」
「ああ、おまえもな」
ポンと破裂してモフモフに戻ると、名残惜しそうに何度も後ろを振り返りながら走り去った。
しばらくの間、俺はその後姿を見送っていたが、--急がなければ! 我に返ると、柵を開けて囲いから牝牛ちゃんたちを出してやった。
その場でジイサンと相談して、必要な物は後から持ってきてもらうことにする。
俺は両手をパンパン叩くと、群れの先頭に立ってサキュバスの洞窟へ出発した。
一刻を争う時なのだが、牝牛ちゃんには事の重大性が理解できないらしく、道端で草を食む者、花を摘む者、それを頭に差して着飾る者、蝶々を無心に追いかける者など三者三様。こんなときに限って、いつもの倍も手間をかけさせやがる。
俺は牛さんフードを引っ張って、ともすればさ迷い歩く牝牛ちゃんを群れに連れ戻すのが精一杯。その我が儘な振る舞いに、--親の心子知らず! と思わず怒鳴っちまった。
■■■
いつ勇者に遭遇するんじゃねえかと、冷や冷やもんの道中だったが、なんとか無事にサキュバスの洞窟に到着することができた。
俺は洞窟の入れ口に立つと、暗闇に向かって大声で叫んだ。
「サキュバスさ~ん、お願いです! 俺の話を聞いてください!」
洞窟内に俺の叫びが反響した。それを何度か繰り返す。
やがて闇の中にポツリポツリと光る眼が現れた。
その中から、一匹のサキュバスが夕暮れ時の薄闇に姿を浮かび上がらせた。
「あら、あなた、また来たの? もう、二度と来るなと言ったはずなのに」
俺は地面に頭を擦りつけると、必死になって懇願した。
「お願いです! どうか牝牛ちゃんたちを、彼女たちを匿ってやってください!」
サキュバスさんが困惑の表情を浮かべた。
それでも俺はなりふり構わずに頼み続けた。
「このままだと、全員殺されちまうんです! お願いです! 牝牛ちゃんたちを救ってやってください!」
「……理由を聞かせてくださいな。いったい、牧場で何があったのです?」
「それが……」
事情を話すと、サキュバスさん、闇に潜む仲間の群れへ戻っていったが、しばらくすると再び俺の前へ舞い戻った。
「あなたには命を救ってもらった恩があります。わかりました。洞窟内で匿ってあげましょう」
「あ、ありがとうございます!」
サキュバスさんの恩情に、俺は土下座して感謝の意を表した。
そして懐中電灯の光を頼りに、牝牛ちゃんたちを洞窟の奥へ導き入れた。
最初は尻尾を激しく振っておっかなびっくりだった牝牛ちゃんたちも、目が闇に慣れるにつれて落ち着きを取り戻したようで、思い思いの場でしゃがみ込んで寛ぎ始めた。それを見届けると、俺は洞窟の入り口付近に移動した。
彼方に見える森や山が、沈む夕陽を背景に、燃えるような赤色に染まっていた。
人心地ついた俺は、そこでようやくパトラのことを思い出した。
あいつの足なら、ゴブリン洞窟経由の勇者よりも先にオークの森へ到着できたと思うけど。
早く戻って来いよ、パトラ。
ふと傍らを見れば、二頭の牝牛ちゃんが頬を寄せて、俺の身体にすりすりしていた。
桜子と京子だ。
どうやら不安で眠れないようだ。
俺は二頭の頭をなでなでしながら、今後の成り行きをぼんやりと考えていた。




