第40話 スライム狩り 拝金主義の勇者様!
パトラが俺の陰に隠れた。
勇者の野郎、あの酷薄な瞳で俺を一瞥すると、砕け散った青スライムから細胞核を摘まみ上げた。
そして何事もなかったかのように、また一匹、また一匹と、手当たり次第に青スライムを叩き潰してゆく。
突然のことに、俺は呆然と事の成り行きを見守っていたが、我に返ると、「やめろ!」と叫んで、やつの右腕にしがみ付いた。
が、やつがわずかに右腕を捻っただけで、俺は軽く前方へ弾き飛ばされた。
頭を打ったせいか、視界が霞んで見えやがる。
頭を振って意識をハッキリさせると、野郎がアロンダイトを小刻みに振るって、殺戮を続行していることが見て取れた。
やめろ! やめるんだ!
俺は勇者の背中へ体当たりを喰らわせようと全力で突進した。
刹那、勇者は振り向きざま、俺の咽喉首に剣尖を突き付けた。
俺はその場で石のように固まってしまった。
「どうした? かかってこいよ。青スライムを助けたいんだろ?」
「……」
勇者が剣尖を突き出すと、俺はその場にひっくり返った。
「フン、腰抜けが……」
野郎が冷笑と共に呟いた。そして再びアロンダイトを振るうと、片っ端から青スライムを斬り殺した。
「まったく、君が邪魔をするから、多くの青スライムを地下へ逃がしてしまった。全滅させれば三百万以上の稼ぎになったのだが……、残念だよ」
俺は震える声で抗議した。
「そ、そんな、だって青スライムは害獣指定を受けてないから、殺したって一銭の得にもならないはず……」
勇者が笑った。
そして砕け散った青スライムの死骸から、細胞核を摘まみ上げると、
「君は知らんのか? これひとつに三万だ。三万円の値が付くのだ。まあ、闇市場の話だがな」
唖然として声も出なかった。
勇者が……、子供たちの英雄が、社会正義の体現者となるべきS級資格者が、闇取引に手を染める犯罪者だったなんて。
そういえば小耳に挟んだことがある。
青スライムの細胞核は、漢方薬の原料や高級食材として、闇市場でけっこう高値が付いているって。
このままではそう遠くない将来、青スライムは絶滅の恐れがあると、ジイサンが嘆いていた。
勇者は俺のことなどガン無視して、腰を屈めて青スライムの細胞核を拾い集めていたが、不意に立ち上がると、
「ほう、これはこれは。逃げ遅れたスライムがいたぞ。それも親子のようだ」
見れは大小二匹のスライムが、抱き合ったままガタガタと震えていた。
勇者は背中のアロンダイトを引き抜くと、怪しい笑みを浮かべて、大スライムに狙いを定めて一直線に振り下ろした。
ぴぃ~、
瞬間、大スライムが抱き締めていた小スライムを突き飛ばした!
ぐしゃ、と音がして、それはたぶん俺の心の音だと思うんだけど、哀れ母親は息子の前で粉微塵に砕け散った。
ぴぃぃぃぃぃ~~~~~!
息子の悲鳴がスライムが原に木霊した。
勇者は母親の細胞核を摘まみ上げると、それを袋の中に仕舞い込んだ。
「まあ、単価は安いが、十分で百万なら悪くはない」
青い粘液と化した母親の亡骸に縋り付く息子を、その冷酷な瞳であざ笑った。
「おまえの細胞核は小さくて売り物にならないから、今回だけは見逃してやる。感謝するがいい」
言葉の通じない青スライムに恩着せがましいことを言うと、指笛で白馬を呼び寄せ跨った。そしてついでという感じで俺を顧みた。
「ああ、そうだ。言い忘れていたが、つい先ほど、市議会は魔生物の大規模な駆除を決定した。対象は傷害事件を起こしたゴブリンとオーク、それに君の可愛い牝牛たちだ」
えっ、なんだって! そんなバカな!
「行政から以上の魔生物を全頭処分するよう、わたしに依頼があった。一日がかりの大仕事だが、まあ、三千万は下るまい。喜んで引き受けたよ」
そうか、やっとわかったぞ。
やつの狙いは……。
「てめえってやつは……。牝牛ちゃんを暴走させて、園児に怪我させて。そんなにしてまで魔生物を狩りたいのか? いや、金が、名声が欲しいのか?」
「ハハッ、人聞きの悪いことを。勇者本来の仕事は魔生物を狩ることにある。わたしは己の使命に忠実なだけだ」
「てめえ、汚ねえぞ! 牝牛ちゃんだけじゃねえ。ゴブリンやオークの一件も、てめえが裏で仕組んだ事件だろうが!」
「自分で仕事を作り出すのも仕事のうちと、まあ、割り切っているからね。以前にも言ったろ。勇者には生きづらい時代だと。こうでもしなきゃ、億を超える年収は稼げないからな。高額納税者の欄にS級勇者の名前がないなんて、そんなの信じられるか?」
拳が怒りに震えている。
炎の紋章なんてゲーム技じゃねえ、本物の拳を勇者のドヤ顔にぶち込んでやりたい!
「おい、下馬しろ。てめえを警察に引き渡す前に一発ぶん殴ってやる!」
とたんに勇者の野郎が大爆笑しやがった。
「ハハハハハッ! なにをふざけたことを。ただの素人が、S級勇者をぶん殴るだと? 出来ると思うのか? たかが凡夫の分際で。いや、失敬。君は凡夫ではなく、牧夫だったな」
勇者が馬上から、ぞっとするような冷笑を浴びせかけた。
背中から顔を覗かせていたパトラが、再び顔を引っ込めた。
「君に処分の順序を教えてやろう。まずはゴブリンだ。それからオーク、そして最後は君の愛する牝牛たちだ。せいぜい守ってやるんだな。最愛の恋人たちを。もし守れなければ、君は明日から失業することになる。またニートに逆戻りだ。まっ、その方がお似合いだがね」
ハハハハハッ、
勇者は高笑いを残して、スライムが原を後にした。




