第38話 魔導士さんの名推理
負傷した先生と三人の園児は直ちに病院に搬送された。
内、園児一人が意識不明の重体だ。
救急車には勇者が同乗した。傷付いた園児にいたく同情したらしく、目に涙を浮かべて、救急隊員に付き添いを申し出た。
週刊誌のカメラマンが現場の惨状を撮るべく、シャッターを押し続ける。
間もなく駆け付けた警察官が取り調べのため、ジイサンに警察署へ同行を求めた。業務上過失傷害罪の疑いがあるという。
園児たちも、早々にバスで帰宅した。
現場検証の係りの人も、記者さんたちも、間もなく引き上げた。
そして牧場には俺とパトラ、二人だけが残された。
雨が降ってきた。
牝牛ちゃんたちは鳴き声一つ、身動き一つせずに草っ原に蹲っている。
ふと傍らを見ると、四頭の牝牛ちゃんの屍が転がっていた。
園児に衝突する寸前に、勇者に切り捨てられた可愛そうな牝牛ちゃんたち。
なぜ、突然暴走したんだ。
直前まで、あんなに和気あいあいと園児たちと戯れてたのに……。
「春子……」
俺は春子の亡骸を抱きかかえると、欅の大木の下へ運んでやった。
雨に濡れないようにするためだ。
今の俺には、そんなことぐれえしか彼女たちにしてやれることがねえ。
「桃子……」
俺は桃子の亡骸を抱きかかえると、欅の大木の下へ運んでやった。
「秋子……」
俺は秋子の亡骸を抱きかかえると、欅の大木の下へ運んでやった。
「蘭子……」
俺は蘭子の亡骸を抱きかかえると、欅の大木の下へ運んでやった。
四頭の牝牛ちゃんの両手を組むと、恐怖に見開かれた目をそっと閉じてやった。
そして欅の大木の根元に腰を下ろすと、雨空を仰いで、さめざめと涙を流した。
傍らにいつしかパトラの姿があった。そのつぶらな瞳に一杯の涙を浮かべて。
「パトラ……」
「ご主人様……」
あいつ、ガクンと膝を折ると、俺の膝に伏して声にならない嗚咽を漏らした。
俺は……、そんなあいつの頭を撫でてやるしか能がなかった。
長い時間、雨音だけが世界のすべてだった。
■■■
雨音が弾かれる音がした。
降雨の中、傘をさして、俺を憐憫の情で見守るその人こそ、
ああ、魔導士さん。
意外な人物だった。
あの英国紳士な魔導士さんがなぜここに?
「事件を知って駆けつけてきたのだが、いや、君も大変だったねえ」
魔導士さん、欅の大木の下へ入ると、傘を畳んで、安置された牝牛ちゃんの遺体を痛ましい眼付で眺めた。
「暴走の原因は?」
「……」
俺は力なく首を横に振った。
「そうか。で、彼が、勇者がいたのだろ?」
「……」
俺はきつく双眼を閉じた。
あいつの顔なんか思い出したくなかった。
「そうか、君も知っているのだな。彼がどういう人間かを」
魔導士さん、牝牛ちゃんの遺体に頭を垂れると、屈み込んで身体の各所を調べ始めた。
「うむ、君、これを見たまえ」
言われるままに、俺とパトラは春子の遺体ににじり寄った。
魔導士さんが春子のお尻を指さした。そこには鋭利な刃物で切り付けられた傷痕があった。
他の三頭にも、同様の傷痕が確認できた。
俺は驚いて魔導士さんを見た。
「こ、これは、いったい?」
「そしてこんな物も拾ったんだが。牧場の片隅に落ちてたよ。たぶん彼が拾い忘れたんだ」
魔導士さんが小さなビニール袋に納めて提示したものは、血糊が付着したカミソリの刃だった。
パトラが驚愕に慄いた。
「ぼ、ぼく見ました! 勇者が指の間にカミソリの刃を挟んでいるのを」
「ほ、本当か、パトラ?」
「ええ、でも一瞬で消えたので、目の錯覚かと思って。その直後に、牛さんたちが暴走したのです!」
動体視力に優れたパトラだから気付いたのだ。
信じられぬ事実に、俺は声を絞り出すのが精一杯だった。
「まっ、まさか! 野郎が、勇者が……」
魔導士さん、顎鬚を捻ると難しい顔して呟いた。
「たぶん、彼が意図的に牛の臀部を傷付けて暴走させたのだ」
「でも、なんでそんなことを? まさか、俺の悪ふざけに腹を立てて」
「悪ふざけ?」
「ええ、実は……」
俺は搾乳のとき、わざと勇者の顔に牛乳が引っかかるように仕向けたことを話した。
魔導士さんがニヤリと笑った。
「いや、君も面白いことをするね。でもそれが原因で、彼が仕返ししたというのは間違いだ。四名もの負傷者が出ているのだ。いくら彼でも、そんなあざとい手段は使わんよ」
「じゃあ、なんのためにあんな酷いことを?」
「……」
魔導士さん、ポケットから取り出した葉巻に火を点けた。
そしてしばらくの間、紫煙を燻らせながら雨空を見つめていたが、やがて考えがまとまったのか、俺をその碧眼に映した。
「まだ確証は持てないが、もしわたしの考えている通りだとすれば、近いうちに、この街に大変なことが起きる。いや、もう、起きつつある。君も耳にしているだろ? ゴブリンやオークの一件を」
そういえば……。
俺は新聞やラジオで報道された、魔生物による一連の犯罪を思い出した。
あの二つの事件は、どちらも勇者絡みだったはず。事件現場の近くには、必ず野郎の姿があった。そして今回も、勇者は暴走する魔生物から園児を救い、一躍時の人となった。
まさか野郎が事件の裏で糸を引いているのか! 自身の売名行為のために!
魔導士さん、紫煙をフッーと吐き出すと遠い眼をして呟いた。
「彼は……、ハーケン・クロイツァーは歴史に名を遺した勇者と比べても、なんら遜色ない実力を秘めている。彼の剣技を初めて見たとき、なぜ女神様はエクスカリバー、斯界最高の聖剣を与えなかったのか、不思議に思ったくらいだ。まあ、今にして思えば女神様の判断は正しかったわけだが……」
魔導士さんの瞳は憂いで沈んでいた。
「わたしは今回の一件を、なるべく穏便に済ませたいと思っている。彼の腕を惜しむ者としてね」
おや、雨が上がったようだ。
魔導士さん、証拠となるカミソリの刃を、礼服のポケットに仕舞い込むと、
「この証拠物件はわたしから警察へ提出しよう。まあ、大英帝国が誇る名探偵シャーロック・ホームズを気取るわけではないが、静かで平和なこの街を、わたしは気に入っているのでね。犯罪の抑止にいささかでもお役に立てれば……。そう思って事件の裏を調査しているのだ。真相がわかり次第、君にも教えてあげよう」
魔導士さん、葉巻の吸い殻を携帯用灰皿に入れると、
「今度、葉巻からパイプに替えようかと思うんだ。ホームズの真似をすれば、少しは推理が冴えるような気がしてね。ねえ、君、どう思う?」
俺が返事に戸惑っていると、魔導士さん、満面の笑みを浮かべて、
「実は彼にも……、勇者にも、同じことを言ったことがあるんだ。そうしたら彼、なんて言ったと思う?」
「……」
「あなたはS級資格者としての自覚が足りない。そんな健康を害するものを吸う輩は、自堕落な人間に決まってるってね。まっ、彼の言うことも一理あるがね」
魔導士さん、極まり悪そうに肩を竦めると、
「では、いずれまた。--SEE YOU AGAIN」
シルクハットをちょこんと持ち上げて挨拶すると、洋傘を肩に担いで牛牧場を後にした。




