第37話 牛さん牧場の悲劇
勇者が触れようとするたびに、フンフンフンと顔を背けて立ち去ってゆく牝牛ちゃんたち。
終いには野郎も自覚したらしく、「どうやら、わたしは牝牛に嫌われているようだ。ハハハハハッ!」と乾いた笑い声を上げると、なぜか俺に疑惑の目を向けた。
え~、俺、なにもしてませんからぁ!
そこへ週刊誌の記者さんが、「ぜひ、乳搾りの場面を撮りたいので、協力してほしいのですが」と話しかけてきた。
「ええ、かまいませんよ」
俺は内心、ほくそ笑んだ。
チャンス到来! 田中さんの仇討ち(?)だ。
「咲子ぉ~」
俺は温厚な性格の咲子を手元に呼び寄せると、園児たちの前で搾乳の手本をみせた。
まず、勇者が挑戦することになった。
さすがのS級勇者も、初めての搾乳となると戸惑いを隠せないようだ。
ぎこちない手付きで、牝牛ちゃんの巨乳を握り締めた。
ここはS級牛飼いの俺の独断場だ。
「あっ、乳に四本の指をかけて。そうそう、順々に上から下へ絞り込むように」
俺は肝心なことを一つ教えなかった。
小指を乳首にかけて、牛乳を下へ落下させる方法を教えなかったのだ。
案の定、牝牛ちゃんの乳首が横を向いて、野郎の顔に牛乳が引っかかった。
そこをカメラマンがベストタイミングでパチリ!
ざまぁ~。
しかめ面して顔にかかった牛乳を拭うS級勇者。
園児の間から失笑が沸き上がった。
いや、いい絵面だねえ。
今度は園児の一人に搾乳を指導する。
もちろん乳首に小指をかけさせて。
牛乳は見事、下のバケツに落下した。
「いや~、君、とても上手だねえ。勇者さんよりずっと上手だよ」
園児がはにかんだ笑顔を見せた。
「どう、君も大人になったら牛飼いにならない?」
園児が即答した。
「ううん、ぼく、牛飼いよりも勇者がいい!」
君ぃ~、そんなこと言ってると、将来ろくな大人にならないよ。
その後は皆でランチタイム。
園児たちは思い思いに友達同士でお昼を食べ始めた。
勇者の野郎だけが記者さんたちの誘いも断って、一人柵に凭れて牧場の様子を眺めていた。
俺も美少女形態のパトラを伴うと、先生と二人だけでお弁当を食べている女の子に声をかけた。
「あの、おにいさんたちも一緒でいいかな?」
園児が困惑の表情をみせた。
そこへすかさずパトラが、「ねえ、おねえさんとお弁当の交換しない?」とバスケットケースの中身を開陳した。
そこにはパトラ特製の色取り取りのサンドイッチが並んでいた。
わあ~!
女の子がバスケットケースを覗き込んで、感嘆の声を上げた。
「さあ、好きな物選んでいいわよ。どれが食べたい?」
女の子がハムサンドを選ぶと、代わりにパトラはタコさんウインナーをもらった。そして牧場の日々の出来事を楽しそうに語り始めた。
女の子もうんうん頷きながら、パトラの話に熱心に耳を傾けている。
「牛乳、飲む?」
「うん!」
俺は空になった紙コップに、事前に用意した牛乳を水筒から注いであげた。
女の子は牛乳をごくごく飲み干すと、今度は自分と母親の二人きりの生活を楽しそうに話し始めた。
引率の先生の話では、母子家庭という家庭環境が、この娘が他の園児から孤立する要因になっているとのこと。
俺は女の子に言ってやったよ!
「友達がいねえからって、気にすんじゃねえぞ! 俺なんざ、友達と呼べるやつは一人しかいなかったが、それでも立派に牧夫としてやっている。知り合いもいくらかできたし、恋人だっているんだ。だからさ、毎日、元気一杯楽しく生きるんだぞ」
まあ、所詮は俺だからさ、こんなことぐれえしか言えねえけど、それでも誠意は通じたようだ。
女の子がきらきらした瞳で俺を見た。
「恋人って、パトラおねえちゃんのこと?」
俺とパトラ、顔を見合わせると思わず吹いちゃったよ。
「いや、こいつじゃねえんだ。こいつはただの下僕だから!」
「下僕って、なあに?」
「そうだなあ、下僕っていうのは……」
するとパトラのやつ、横合いから口を出しやがった。
「あなた、いい勘してるわ。そうよ、わたしたちは結婚を誓い合ったラブラブカップルなのです! 来月にも教会で結婚式を……」
あいつ、調子こいて、俺にしな垂れてきやがった。
なんて恥ずかしいことをするんだ!
まさか園児の前で、こいつにワンパン入れるわけにもいかねえし。
今回だけはされるがままだ。
昼飯を食べ終えて、園児たちが帰り支度を始めた。
記者さんの提案で、みんなで記念写真を撮ることになったんだけど。
園児たちが先生の誘導で並び始めたそのとき、事件は起こった。
それまで牧場の各所で園児たちと和気あいあいに戯れていた牝牛ちゃんが、突然、何かに驚いたように暴走を始めたのだ。
数頭の牝牛ちゃんが、モォ~! と唸り声を上げて、園児の列に突っ込んだ。
止める間もなかった。
避け切れなかった数名の園児が跳ね飛ばされた。
ひっくり返って泣き出す園児や地面に伏して動かない園児の姿もあった。その中にはあの女の子を庇って身代わりとなった引率の先生も含まれていた。
一瞬の出来事だった。
誰もが石のように固まって動けなかった中で、野郎だけが、勇者だけが、素早い動きで牝牛ちゃんの機先を制すると、背中のアロンダイトを引き抜いて、暴走した七頭の内の四頭までを仕留めて事故の拡大を防いだ。
呆然と佇む以外、成す術を知らない俺らの中にあって、勇者だけが倒れて動かない園児や先生の状態を手早く確認した。そして振り向きざま、俺に向かって大声で叫んだ。
「なにをもたもたしている! 早く救急車を呼べ!」
俺は言われるままに、小屋へ向かってのろのろと歩き始めた。
目の前の惨状を、未だに受け入れられないままに……。




