第36話 勇者と園児と牝牛ちゃんと
あれから三日が過ぎた。
試合後、田中さんは病院に搬送されたが、頭に瘤ができただけで大した外傷もなく、念のため受けた精密検査も問題なく、翌日には退院できたとのこと。
翌日の新聞には、勇者の野郎の劇的な勝利が大きく報じられており、顔見せ興行にしてはやり過ぎという、一部関係者の批判は隅の方に小さく載っているだけだった。
多くの観客は、試合中のやつの殺人予告のような発言を、試合を盛り上げるための演出と受け取ったようだ。
結局、野郎の殺意を見抜いていたのは、俺とパトラと田中さんだけのようだ。
S級勇者が殺人を厭わないなんて、誰も思わない。
神に選ばれしS級資格者は、神に仕えし聖職者と同等の、いや、それ以上の絶大な信頼性を大衆から得ているのだ。
俺が言うのもなんだけど、ほんと、困ったちゃんだよね、あの人。
パトラなんか、試合終了直後からガタガタと震え出し、その晩は熱を出して寝込んじまった。
なんでも勇者がとっても怖かったんだとか。
普段は獣形態で、草っ原で寝てるんだけど、その晩は俺の隣にもうひとつ、干し草のベッドを作って寝かしてやったんだ。
そうしたら、あいつ、病気になって得したなんて嬉しそうに言いやがった。
よせよ、照れるだろ、って、まあ、これはおねえさんの受け売りなんだけど……。
翌日には熱も引いて回復したんだけど、あの試合を観戦して気分を害した女性が他にも数名いたらしい。
あるいは彼女たちも、勇者の殺意を敏感に感じ取ったのかもしれない。
まあ、多くの女性は、やつの一挙手一投足を食い入るように眺めて感激してたけど……。
俺は牝牛ちゃんの搾乳をしながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
チンチンと自転車のベルが鳴って、新聞配達の少年がジイサンに新聞を手渡していった。
ジイサン、新聞を広げると、
「ふ~む、なんとも珍妙な事件じゃのう」
そう呟いて、熱心に記事を読み始めた。
「あの、なにがあったんです?」
牛乳の溜まったバケツを運びながら、俺は何気に尋ねた。
「それがのう、近頃、珍しい事件じゃて」
事件のあらましはこうだ。
隣町に用のあった若い女性が、ゴブリンの洞窟の前を通ったところ、いきなりゴブリンに襲撃された、ーーということらしい。
たまたまそばを通りかかった勇者に助けられて、軽傷で済んだとのこと。
ジイサンが首を捻った。
「ゴブリンに襲われるとは。それも昼間に。そんなことはかれこれ、もう十年以上も絶えてなかったことじゃ。いったい、なにがあったのやら」
俺、月一でゴブリンの洞窟へお邪魔してるけど、一度も生命の危険を感じたことねえし、ましてや洞窟の外で襲われるなんて、それも昼間に。いくら被害者が女性でもありえねえ感じだ。
それに勇者のやつ、たまたま通りかかったなんて書かれてるけど、ゴブリンの洞窟になんの用事があったのか。
まさかゴブリン退治に乗り出そうとしていたとか? でも間引くには役所の許可が必要なんだけど。
柵に引っかけたラジオから、朝のニュースが流れていた。
それはジイサンの毎朝の習慣で、ながら聞きなんで、仕事の最中、まず耳に入ることはねえんだけど。
その事件は俺の耳目を引くには十分な驚きに満ちていた。
昨日の夕刻、三匹のオークが斧を片手に、街の肉屋を襲撃したというのだ。
なんでも押し問答の末、店の主人を襲って怪我を負わせたとか。
オークが! なんでそんなことを?
それがこの事件に対する俺の第一印象だ。
まあ、オークと交友のある俺だから、そんなこと思ったんだろうけど。
そこをたまたま通りがかった勇者が店の主人を救って、一日に二度の大手柄!
でもなんか腑に落ちないんだよねえ。
なにがって問われると、答えられねえんだけど。
勇者は警察当局から、市民を二度も救った功績により顕彰されるそうだ。
一日警察署長をやるなんて話もあるようだし。
いや、市民の皆さんにはモテモテだよねえ。
なんかムカつくんですけど。
■■■
俺とパトラが街までミルク缶運んだ帰り道、傍らを幼稚園のバスが通り過ぎた。
うん、なんだ? 園児が牛牧場を見学に来たのかな? ーーと思ったのも束の間。
なんと、そのバスの中に勇者の姿を目撃したのだ!
なにやってんだ、あいつ?
牧場に帰りつくと、野郎を中心に園児が牝牛ちゃんたちに群がっているではないか。
他には引率の先生と思しき若い女性と、三名ほどの中年男性の姿があった。その中の一人はカメラを手にしている。
「なんなんすか、あれ?」
ジイサンがニコニコ笑顔で答えた。
「うむ、週刊誌の企画でのう、なんでも勇者さんの休日を特集するとか」
「でもなんでガキ共と一緒なんです?」
「雑誌記者さんの発案で決まったそうだ。ほれ、見てみい。微笑ましい光景じゃのう」
見れば、野郎は園児に囲まれて、牝牛ちゃんたち一頭一頭を見て回ってるんだけど。
そこで俺は面白い現象を目撃した。
園児たちが小汚い手でペタペタと触っても、牝牛ちゃんは黙々と草を食んだり、笑顔でモ~ッと鳴きながら、園児にすり寄ったりするんだけど。
いざ、勇者が触ろうとすると、なぜか牝牛ちゃんたちは素早く身をかわして触らせようとしないのだ。
あっ、あいつ、牝牛ちゃんに嫌われてやんの!
俺、笑い声を噛み殺すのに苦労したよ。




