第34話 B級の意地 田中さんの覚悟!(前編)
客席に戻って、ふと傍らを見ると、そこには別れて久しい面影が……。
「あっ、魔導士さん。お久しぶりです」
「おや、いつぞやの青年ではないか。腕の方はなんともなかったかね?」
「ええ、おかげ様で」
隣の席に、単眼スライムから俺を救ってくれた、あの英国紳士な魔導士さんがいらっしゃった。
俺は改めて礼を述べると、
「あの、あなたも勇者を観戦に?」
「ああ、ちょっと気になることがあってね」
「--?」
「いや、彼ね、以前、わたしとコンビを組んでいたんだが」
「--!」
驚いたよ! S級同士のコンビなんて滅多にあるもんじゃない。
彼ら高位資格者は、他者の手を借りずとも高額の獲物を一人で狩ることができる。そうすれば賞金を独り占めすることができる。
「まあ、いろいろあって袂を分かったが、素質の方は素晴らしかったよ」
「なぜ、コンビを解消したんです?」
「う~ん、それがねえ、些細なことなんだけど、貸した一万円、返してくれなかったんだ」
「えっ、たった一万円で? S級なら軽く年収億超えてるんじゃ?」
「まあ、それが二度三度続いたら、相手を信頼できなくなるよね? そうなったらコンビはお終いだ」
「……」
「昔の相棒を悪く言いたかないが、彼、金に汚いところがあって。賞金を分配するとき、よく揉めたりしてねえ。まあ、半年持たなかったかな」
たぶんあの野郎は自己宣伝のために、斯界で有名な魔導士さんと手を組んだに違いない。
今夜の試合だって売名行為以外のなにもんでもないからね。
突然、体育館の照明が落ちて館内は真っ暗闇になった。
そこへリングアナの声が響き渡った。
「これよりB級弓使い、田中正一選手の入場です!」
スポットライトの中に、田中さんの姿が浮かび上がった。
頭にお椀のような兜を被り、だぶだぶの布製の胴着、足にはガーターを巻いて、背中には矢筒を背負っている。
そして左手に握り締めた、田中さんの身長に比肩するであろう大きな弓。
一世一代の晴れ姿だ。
できれば娘さんにも見せてあげたい。
観客の拍手に送られながら試合場に入ると、恥ずかし気に片手を振って、まばらな声援に応えていた。
再びリングアナの声が響いた。
「これよりS級勇者、ハーケン・クロイツァー選手の入場です!」
スポットライトの中に浮かび上がる勇者の姿。
お馴染みの白いマントに合わせたのか、白を基調とした清潔感漂う衣装に身を包んでいた。突然、会場内が黄色い悲鳴で激震した。
キャアアアアア~~~~~! クロイツァー様アアアアア~~~~~!
ステキよぉ~~~~~! クロイツァー様アアアアア~~~~~!
うるせえぞ、まったく。
俺は無性に腹が立った。
そんな中にあってパトラだけが、「勇者ぁ、負けちまえええええ、死んじまえええええ~~~~~!」と大声で野郎に罵声を浴びせ続けた。
ナイス、パトラ!
おまえはこの時のために、俺に飼われていたのだ!
「よし、いいぞ、パトラ! ご褒美に、あとでおまえの大好きな高級ドックフード買ってやるからな!」
そしたらパトラのやつ、神妙な顔して、
「いえ、そんなもんはいりませんから。それよりキスしてください、キ~ス」
そう言って目を閉じると、自分の唇を指さした。
当然、その顔面にワンパンがのめり込んだのは言うまでもない。
勇者が試合場に佇むと、急にスポットライトが消えて辺りは闇に包まれた。
野郎の凛とした声が響く。
「アロンダイト!」
すると暗闇の中に光が射して、勇者の手中に聖剣アロンダイトが現れた。
館内が再び明るくなって、聖剣をかざして悠然と佇む野郎の姿が観客の目に晒された。
勇者に対して拍手と歓声の津波が押し寄せる。
生涯に一度、目撃できるかどうか。
これが神より託されし聖剣に対する観客の反応だった。
お披露目の終了した聖剣は本部席預かりとなり、勇者には代わりに木刀が手渡された。
やがて拍手と歓声は鳴り止み、審判員が両者を仕切って試合開始を告げた。
「はじめ!」
田中さんが長弓を構える。
だが勇者は木刀を下げたまま一歩も動こうとしなかった。
両者は対峙したまま、永遠とも思える一分の時が流れた。
矢頃(発射のタイミング)とみたのだろう。
田中さんが矢を放った。
勇者は微動だにしない。
矢はやつの身体を掠めて背後へ飛んだ。
続けて放たれた二の矢も同様に標的を大きく外していた。
やはり鏃の付いた矢で人を狙い打つのは精神的負担が大きいようだ。
静まり返った会場に、勇者の不敵な笑い声が響く。
「さあ、どうした? 遠慮はするな。早くわたしを狙い打て!」
「……」
田中さん、意を決すると三本目の矢を弓に番えた。
弓束(握り)はしっかりと、泰然と佇む勇者に向けられている。
弦が鳴って矢が飛んだ。
彼我の距離は十五、六メートル。
B級とはいえ資格者の放った矢だ。この距離ならまず的は外さないはず。
勇者の腕が微かに動いた。
ピシッ、と鋭い音がして軽金属製の矢が二つに折れて床に落ちた。
瞬間、観客から拍手が沸き上がった。
勇者は片手で拍手を制すると、指を二本突き出した。
「さあ、次は二本だ。二連打で矢を放て!」
田中さんは二本の矢を右手に握ると、一本目の矢(甲矢)を番え長弓を引き絞った。
甲矢を放つや、二本目の矢(乙矢)を続けざまに引き放つ。
目にも止まらぬ早業!
B級弓使いとはいえ、さすがは資格者。普段から魔生物を相手にしているだけのことはある。と感心したんだけど。
素人目には超スピードの早業も、勇者には通じなかった。
放たれた二本の矢は、いずれも木刀の餌食となって、二つにへし折られた状態で空しく床へ転がった。




