第33話 リーマン戦士 田中さんとの再会
地方の小都市は娯楽が少ないせいもあって、年にニ、三回開かれる武術大会はいずれも盛況を極めた。
特に今回はS級勇者の参戦が話題となって、彼の所持する聖剣アロンダイトを一目見ようと大勢の観客が詰めかけた。
アロンダイト。
円卓の騎士ランスロット卿が所持したとされる聖剣で、その切れ味はアーサー王の聖剣エクスカリバーに次ぐと伝えられている。
それから約千五百年の間に女神様より託されし者二十八名。
野郎ことハーケン・クロイツァーは選ばれし二十九人目の所有者ということになる。
……と、まあ、パンフレットの解説を要約すると、そんなことが書かれているんですけど。
う~ん、あの野郎がねえ。
以前の態度を見ていると、どこかへ精神修行を置き忘れてきたような人に思えるんだけど。
まあ、サキュバスの幻覚攻撃に屈しなかったのは見事だったけど。
女神様、いったい何をとち狂ったのやら。
あの尊大な自尊心に支えられたキレやすい性格は、聖剣はおろか、ナイフや包丁、いや、カッターナイフだって持たせちゃいけないような気がするんだけど。
う~ん、なんだか田中さんが心配になってきた。
勝敗の判定を伴わない顔見せ興行だから、野郎も本気にならねえだろうし、大丈夫だとは思うけど。
本当は来る気なかったんだけど、対戦相手が田中さんであれば話は別だ。
俺は傍らで熱心に試合を観戦しているパトラに声をかけた。
「俺、ちょっと田中さんの控室まで行ってくる」
「……」
パトラは前座の試合に早くも興奮状態。
またも野生の血に目覚めたか?
俺の言うことなんか耳に入らないようだ。
通路に人影は疎らだった。
俺は控室のドアをノックした。
「どうぞ」
ああ、やっぱ田中さんだ。
ドアを開けると、そこには一人ポツネンと長椅子に腰を下ろした田中さんの姿があった。
「やあ、バイト君じゃないか! 久し振りだね。あの後どうしたの? いきなり会社辞めちゃうから、ちょっと心配してたんだよ」
「……田中さん」
なんだ、俺の名前、知らなかったのね?
でも田中さんの人懐こい笑顔を見ていると、そんなこと全然気にならない。
不意に田中さんが俺の手を握り締めた。
「ありがとう。君のおかげで娘と通話することができたよ」
「えっ? それって」
「ほら、赤提灯で飲んだとき、君が策を授けてくれたろ」
「あっ、あれですか」
思い出した。
娘さんと通話できなくて悩んでいた田中さんに、二人だけの共有した思い出を伝えれば、あるいは田中さんの存在を信じて、通話に出てくれるかもしれないと。
「娘が誕生日の朝、俺にプレゼントを頼んだのを思い出してね。玄関にいる俺に耳打ちしてね、--貯金箱が欲しいって」
「貯金箱?」
「でもそのプレゼント、渡すことができなかったんだ。会社の帰りに事故に遭って」
「……それはお気の毒です」
「うん。それでね、妻に頼んで、娘の誕生日に、俺の名前で貯金箱をプレゼントしてくれって頼んだんだ。そうしたら」
田中さんが嬉しそうに微笑んだ。
「その翌日、娘が通話口に出てくれて。パパ、プレゼントありがとうって」
「やったじゃないすか! 田中さん!」
俺は田中さんの手を両手で握り返した。
そうかぁ、俺の作戦成功したのかぁ。
自分の思い付きが人の役に立ったことに、俺はちょっとした喜びを覚えた。
そのときドアが開いて、大会運営と思しき若い男が緊張した面持ちで入室してきた。
「あの、田中さん。実はクロイツァー選手より提案がありまして」
「えっ、今になってですか?」
「ええ、S級とB級では端から勝負は見えていると申されて、あなたに優位性を与えたいと」
「優位性だって?」
「それが試合で鏃を使用してよいと」
「そんな!」
田中さんが驚くのも無理はない。
鏃とは矢の先端の尖った部分のことで、通常、試合では安全性を考慮して使用されることはない。
ましてや見世物の色合いが濃い顔見せ興行で、そのような危険性を冒すなどとは到底考えられない。
田中さんもその辺りを憂慮したらしく、
「確かにS級の人なら、B級弓使いの矢など、どうとでもなるんでしょうが。やはり万が一ということがありますので」
「興行を盛り上げるためにも、なんとかなりませんかねえ」
「そう言われましても」
「なにも勇者さんを狙い打たなくてもいいわけですから。適当に狙いを外してもらえれば」
「……」
「実は……、もしあなたがこの提案を飲まなければ、クロイツァー選手は試合を降りると申されまして。こちらとしても大変困っているので。あの、なんとかなりませんか?」
そこまで言われたら、人のいい田中さんとしては引き受けざるを得ない。
「わかりました。やりましょう。ですが万が一相手が負傷した場合、責任は負いかねますよ」
「ええ、その辺はクロイツァー選手も了承済みですから」
若い男は安堵した表情で立ち去った。
俺も客席に引き上げようとして、田中さんに声をかけた。
「じゃあ、応援してますんで。頑張ってください」
「マズいことになった」
「……?」
控室を出ようとして、俺は振り返った。
田中さん、暗い顔して床を見つめていた。
「もし対戦相手が少しでも死の危険を感じれば、あるいは本気で向かってくるかもしれない。その相手がS級勇者であれば、俺には防ぎようがない」
「あの、試合、止められないんですか?」
「ああ、違約金を取られるからね。賞金を娘の学資保険にと思って。顔見せ興行だし、気軽に対戦相手を引き受けたんだけど……」
田中さんが強張った笑みを浮かべた。
そして自身に強く言い聞かせるように、
「まあ、思い過ごしとは思うんだけど。S級勇者がB級弓使いを相手に本気になるとは思えないし。うん、大丈夫さ!」
俺は焦ったよ!
野郎の性格を考えたら、田中さんの杞憂も当たらずしも遠からずって気がして。
でも俺に試合を止める権利なんてないから。
「田中さん、無事を祈ってます!」
そう言う以外に、俺は田中さんを励ます術を知らなかった。




