第30話 勇者さんとの再会
俺が正式に牛飼い資格を取得して一か月が過ぎた。
当初は浮かれていたものの、そんな感動も日々の仕事の中に埋もれてしまい、日常の中に埋没する喪失感を味わっていたんだな、これが。
以前なら牝牛ちゃんにペロペロされるだけで感動したもんだが、今じゃ、そんなことされても等閑で頭をいい子いい子するだけ。
新婚早々、倦怠期を迎えた夫婦関係みたいになっちゃって。畜産業者が彼女たちを廃用できる訳が薄々わかったような気がする。
慣れって、いろんな意味で恐ろしいよねえ?
えっ、そんなことねえ? う~ん、そうかなぁ。
俺の牝牛ちゃんへの愛情は、こんなもんじゃねえって気がしてたんだけど。
なんか、これならネトゲでランカー目指してた方が充実してね?
一度は忘れたはずのニート王の矜持がムクムクと頭をもたげてきたわけよ。
あ~、仕事が怠くなってきた。
あ~、ネトゲがしたい、アニメが観たい。
おねえさん、怒るだろうなぁ~。
……と、まあ、そんなことを草っ原に寝っ転がって、流れる雲を眺めながら考えていたわけだ。
そのタイミングで声かけられたら、ちょっと驚いちゃうよね?
「すまないが、道を教えてくれないか?」
「--!」
振り返った先にいたのは……、勇者ハーケン・クロイツァー。
人食いガマガエルから俺を救ってくれた人だ。
白馬に跨り、背中に長剣を背負い、全身を白いマントで覆ったその姿は、仕事に倦んだ俺の目には光り輝いて見えた。
いや、いったい前世でどれだけ徳を積んだら、あんな英雄然とした転生者になれるのか?
まったく想像がつかねえ。
「オークの森へ行きたいのだが」
「オークの森ですか?」
勇者さんがオークの森に何の用があるのか?
俺は一通り道順を教えると、
「この間は助けていただいて、ありがとうございます」
「……?」
「人食いガマガエルに喰われてたの、実は俺なんです」
「そうか、あれは君だったのか!」
勇者さんが笑った。
おかしいから笑ったというよりは、なんか冷笑されたようで。
多少は腹が立ったけど、まあ、命の恩人でもあるわけだから、一応忠告だけはしておくか。
「あの、オークに会うんなら、人を介した方が。彼らは警戒心が強いので、初見の人には会ってくれませんよ」
「いや、オークに会うわけではないのだ」
勇者さん、少し考えこむと、
「君はこの界隈には詳しんだろ?」
「ええ、まあ」
「なら今日一日、わたしの案内人になってくれないか? いや、一通りこの辺りの地理を頭に入れておこうと思ったのだが、けっこう道が複雑で困っているのだ。ああ、そうだ。報酬なら弾むよ」
何気に切り出された最後の一言は、とても魅力的なのだが、仕事の都合上、俺の一存では決められない。
「でも俺、仕事がありますから」
そのときジイサンの声がした。
「勇者さんのたっての願いじゃ。案内してあげなさい」
俺と勇者さんの会話を立ち聞きしていたのだろう。
ジイサン、歳の割に耳が良いね。
「ええ、じゃあ、支度してきますんで」
俺もオークに会う用事があるし、報酬もくれるって話だから、まあ悪い話じゃねえな。
小屋の中へ入ろうとしたら、物陰からパトラがこちらの様子を伺っているのに気付いた。
「うん、どうした? おまえも一緒に……」
言ってる側から、パトラは激しく首を横に振った。
「ぼく、嫌いなんです。あの人。睨んだんですよ。ゾッとするような酷薄な目で」
「この前、会ったときか?」
「ええ、きっと魔生物が嫌いなんですよ。あの人……」
基本、魔生物って人間から忌み嫌われる生き物ですけどね。
俺だって単眼スライムに腕を溶かされかけたり、人食いガマガエルに喰われかけたりしてるし。
でも相互理解が進んだおかげで、毎年被害は減少傾向にあるのも事実だ。
まあ、パトラや牝牛ちゃんのように人間の役に立つ魔生物もいるし。
嫌がるパトラを説得して、無理やり道案内に同行させた。
パトラに跨って、白馬に跨った勇者さんと轡を並べたわけだけど。
落ち着いた物腰の中に、不測の事態に備えて、いつでも対処できる隙のなさのようなものが、狷介な性格となって滲み出ているもんだから。なんか話にくい雰囲気で……。
やっぱ勇者さんって、普通の人とはまとっているものが違うんだって、そのとき思ったんだ。
不意に勇者さんの方から話しかけてきた。
「この辺りには、どのような魔生物が存在するのか、教えてほしいのだが」
「それなら職安に行けばわかりますよ」
「うん、登録ついでに確認してみたが……。どうも単価の安いものばかりで。数を熟さなければならない仕事は労多くして益少なしだ」
「火竜や雨樋のような魔生物は? S級って、その手の大物専門なんでしょ?」
「君は転生して、どれくらいになる?」
「まあ、四か月ですけど」
「その間に竜系の魔生物を見たことは?」
「いえ、一匹も」
「やつらは希少動物化しているから。狩れるのは年に数匹程度。勇者には生きづらい時代さ」
勇者さんが肩を竦めた。
あれ? 勇者さんって、竜とか獣系の大物専門のイメージがあったんだけど。
泰然自若とした態度の割には、けっこうマメに働いてるようで。
優雅な白鳥も水面下では足をもがいているという、あれなのかも。
俺、思わず尋ねちゃったよ。
「勇者さん、確かS級ですよね? 小物狩りが主体なんですか? なんかS級のイメージ狂いますよね?」
「……」
あら、勇者さん、押し黙っちゃった。
なんか誇りを傷付けたみたいだ。
コミ障ビーム、早く治さなきゃな。
で、勇者さんの誇りを回復すべく、慌てて傷の手当てを行ったんだけど。
「S級勇者さんって無試験でなれるとか。それって本当ですか?」
「ああ、S級っていうのは神により選ばれし者だから。生まれながらの選民、そう呼ばれているがね」
「煉獄で勇者資格を与えられた人ってことですよね?」
「フン、まあね」
勇者さんが口元に冷笑を漂わせた。
「見たところ君は牧夫のようだが、なんの資格を持っているのかな?」
「一応、賢者資格と牛飼いの資格を」
「ほう、転生してから努力はしたようだが。しょせんは国家資格の合格者。まあ、大して役に立つとは思えないが」
「いえ、俺も女神資格ですよ。牛飼いの方ですが」
嘘も方便! 効果てきめん!
一瞬、勇者さんが目を見張った。
「まさか、君がS級召喚師?」
「ええ、まあ、取り敢えず勤め先ではそう呼ばれています」
あらあら、勇者さん、顔背けちゃった。
なんか面倒臭そうな人に思えてきた。
勇者さんも軽くコミ障患ってるようで。それっきり会話が途絶えちゃった。




