第03話 あっ、お客さん殺っちまったよ!
うん、なんだ? 地面がモコモコしてるぞ。
地面が盛り上がってきた。
モグラだよね、モグラだよね?
いや、ちょっと待て! モグラにしては大き過ぎる。
なんだ、あの化け物!
身体が透けてるんでスライムかと思ったけど、なんと単眼、単眼なんだよねえ。
そんなもん見るの、ザク以来だぜ!
ザクザクザクザクザク、お宝の山がザックザクってか?
おまけにおっきな口開けて、鋭い牙なんか見え隠れしてるから、たぶん新種のスライムじゃねえかって気がするんだけど。
スライムってさあ、なんかこう、もっと優しい生き物だよね?
なんか勇者になぶり殺しにされるだけで、自らは決して相手を傷付けない。
読者さんの中にさ、ゲーム開始一発目でスライムに殺られたやついる?
あっ、おまえ。言っちゃなんだけど、生きてる価値ないわ。ニートランク最下位。最低ゲーマー決定ね。
(主人公に代わり幾重にもお詫び申し上げます。--作者)
て、なんだよ! なんでスライムが両脇に古新聞の束抱えてんのよ!
「毎度ありぃ~」
ええっ、彼女、なに普通に受け取ってんの!?
なに計りで計量してんの!
絶対おかしいよ!
異世界だって、それなりの常識ってもんがあるでしょうが……。
スライムが新聞読む?
何の記事読むのよ?
番組表? 社会面? スポーツ面? 家庭欄? 政治欄? 経済欄?
あっ、わかった。囲碁将棋欄だ。……なわけ、ねえだろ!
「ええと、四キロだと、トイレットペーパー四つかティッシュペーパー二箱。どっちにします?」
スライムのやつ、トイレットペーパー受け取りやがった。
いったい何に使うのか。いや、疑問は尽きねえ。
「じゃあ、またよろしく」
おい、行くんじゃねえよ!
スライムは相手にしても、人間様は相手にできねえっていうのかよ!
じょ、冗談じゃねえぞ!
異世界じゃ、ニートはスライム以下なのか?
俺ら、そこまで差別されなきゃいけねえのか!
お~い、彼女、行かないでくれ~!
心の叫びも虚しく、彼女は振り向いてくれなかった。
いや、振り向いてくれたやつはいたんだよ。
そうだ、あの単眼スライムだ。
やろ~、素直に地下に帰ればいいものを、俺の方見て、なんか大量に涎を流してやがる。
それって、俺のこと、餌としてみている。
そういう解釈でいいのかな?
異世界ではニートはスライムの餌。
それって物凄く過酷な運命だと思いません?
あの、もう少し人権尊重してくれるとありがたいんですけど。
いや、だからお願い。そんな嬉しそうな目で、俺を見ないで。
ああ、スライムのやつ、なんかナメクジの粘液みたいなもん引きながら、俺の方へにじり寄ってきやがる。
異世界では、たかがスライム一匹がこれほどの脅威になろうとは……。
俺は今、しみじみと実感しているよ。
異世界って厳しいなあ~。
とうとうスライムのやつ、俺の側まで来やがった。
涎がポタポタと、俺の顔面に垂れてくる。
やべ! こいつの唾液は硫酸かあああああ~~~~~! なんて驚いたりもしたけど、どうやら小ぎたねえだけで済んだようだ。
でも、まあ、大きな口開けちゃって。
あっ、こいつ、俺のこと、笑ってやがる。
スライムにバカにされたら、ゲーマー、いや、人間終わってるよね。
ああ、なんか生きる気力がなくなってきた。
とうとうやつの牙が、俺の首筋に立てられた。
そのままズボッと牙が突き刺されば、俺は出血多量でお陀仏……、なんだろうな。
俺のニートな魂は、また煉獄へ送り返されるんだろうか?
今度、女神様に出会ったら、少しはしおらしい態度をとって、資格のひとつも頂きゃなきゃ……。
運命が決まったあああああ~~~~~! と思ったその瞬間。
眩い光が俺の目を射た。
青白い聖なる光が単眼スライムの後頭部を直撃した。
見事に砕け散ったスライムの上半身。
やつの下半身だけが、透明な液体を四散させて前のめりに倒れた。
俺は見た。
100メートルほど先で、右手を突き出して颯爽と佇む、あのチリ紙交換のおねえさんの姿を。
彼女は黒いマントを風に靡かせながら、俺の方へ近づいてくる。
思わず見惚れてしまったね。
なんか先ほどとはまったくの別人って感じだ。
「どうやら間に合ったようだな。もう少し助けるのが遅かったら、おまえ、食い殺されてたぞ」
ほ、本当ですか?
彼女、俺の傍らに屈み込むと、丈の短いスカートからパンツが見えるのもお構いなし。
いやあ、いい娘だなあ~。
あっ、やべ、彼女に睨まれた。
「……」
お礼が言いたいんだけど、口が利けないから……。
彼女もそれを察したらしく、
「そうか、待ってな。今、治してやるから」
右手を俺の咽喉の上にかざして、青白い光を照射した。
とたんに潰れた咽喉が整復されて、俺は言葉を取り戻した。
「あの~、すみませんけど、その拡声器貸してもらえます? 咽喉の調子を確かめたいんで」
「ほいよ」
「ありがとうございます。では、あ~、あ~、マイクのテスト中テスト中。本日は晴天なり。咽喉の調子は最高だあ~。最高だあ~。あの、おねえさん」
「……はい?」
「一曲、歌ってもいいですか?」
「なにを?」
「残酷な天使のガーゼ。俺の持ち歌なんです」
「ああ、それはな、カラオケ屋に行ってからにしろ」
「あっ、はい。そうします」
「じゃあ、残りの部分も治癒するぞ」
「はい、お願いします!」
彼女の掌から、再び青白い光が放たれた。
「あ~、ありがとう、おねえさん。あなたは命の恩人です」
「な~に、気にするな! これも商売だから」
「商売?」
「それでよ。肝心のブツはどこにある?」
「ブツって。あっ、もしかして、おねえさん、麻薬の売人なんじゃ」
「バカ野郎! あたしゃ、正規の古紙回収業者だ。ブツってのはなあ、古新聞、古雑誌の類を言うんだ。わかったか!」
……とは言われても、俺、その類の物はひとつも持ち合わせちゃいねえから。
あっちの世界の俺の部屋には、マンガ雑誌、エロ本の類が山積みになってるんだけど。
「あの、今、持ち合わせがないんで。いずれあっちの世界に里帰りしたとき、必ず持ってきますから。それまでちょっと」
「なに? おまえ、治療代払わねえっていうのか?」
「いえ、そんなことは。いずれ必ず……」
「そんな口約束、信用できるかよ。ブツで払えねえなら、おまえの身体で払ってもらおうか」
「ええっ! ソープに身を沈めろと?」
「バカだろ? おまえ」
「……はい」
「よーし、いい子だ。わかったら、さっさとリヤカーを引きな!」
「あれ引くんですか? で、重量はいかほどで?」
「まあ、二百キロくらいかな」
「二百キロ!」
「なーに、すぐに慣れるさ。なんせ女のあたしにも引けるんだから」
「はあ」
俺は言われるままに梶棒に手をかけた。
瞬間、リヤカーが尻餅をついて、俺を空中へ跳ね上げた。
梶棒を離さなかったので、空中へダイブせずに済んだけど。
思わず足をバタつかせたよ。
彼女が梶棒に手をかけて、俺を地面へ引き下ろしてくれた。
「もっと重心を前へ、もっと前屈みに、そうだ。ほれ、引いてみろ」
あっ、やった! リヤカーがスムーズに前へ進み出た。
「よし、その調子。町までしっかり引くんだぞ」
「へい、合点承知!」
「ちっ、お調子もんが」
こうして俺は異世界における最初の危機を脱したわけだが……。
はてさて、次はどうなることやら。先が思いやられるぜ。




