第02話 荒野の美少女 リヤカーを引く
いや~! いきなり大空に放り出されたら誰だって驚くわ!
太陽を真上に、地面を真下に、すぅーと自由落下していく恐怖は、一度死を体験した人間だって、そりゃ、目を瞑るわな!
で、ド~~~~~ン! と地面に激突したわけだけど、それが痛いのなんのって。
死ねないんだよ、これが!
たぶん肺や胃や肝臓や腎臓や膵臓や……、ええと、それと心臓と金玉だ。
地面に激突した瞬間、それらの臓器が一斉に破裂したんだから、まあ、即死は免れ得ないんだけど、激痛が全身を駆け巡るだけで、ぜんぜん死ねないんだ。
おまけに六十八か所くらい粉砕骨折してるはずなのに、もう、その激痛でショック死してもいいはずなのに、なんで死なねえんだよ!
痛い痛い痛い痛い痛い……。
その血塗れの言葉を念仏のごとく百万回は唱えたっけか。
信じる者は救われる。
その言葉、噛み締めたよ、スルメイカを喰ってるように!
来たんだよ。救いの神が。
荒野にポツネンと置き去りにされた俺の方へ、ゆっくりと、だが確かな足取りで。
うん、なに、あれ?
一瞬、全身の痛みを忘れちまった。
どうやら若い女の子らしいんだけど、--リヤカーなんか引っ張ってやがる。
ついでに肩から拡声器ぶら下げてるし。
そんなもん、あっちの世界じゃぜんぜん見かけねえって。
で、流れてきたんだ。あの懐かしいフレーズが。
え~、ご町内の皆様、古新聞、古雑誌、古女房、あっ、違った! 古時計、これも違う! 古〇敦也、また違った! 古〇進、これは大間違い! 古事記、まったく違う! 古墳、絶対に違う! ええと、ええと……。最初の二つをトイレットペーパー、ティッシュペーパー、それに治癒能力と交換いたします。ええ、ご利用の際はお気軽に声を……。
いや、だからさ、なんで異世界でチリ紙交換?
まあ、ここがあっちの世界の中世期レベルの文明なら、紙は貴重品でリサイクルされるのも理解できるんだけど。
それにしても……。
俺は唯一動く首を巡らせて、改めて周囲を確認した。
彼方に山々が連なっているのが見える。
でもそれ以外は石ころゴロゴロ、草ボウボウ。
殺風景が半端ねえ。
そんな場所でチリ紙交換って、お客さん、本当にいるの?
痛てててて~~~~~!
また全身が痛んできやがった。
助けを求めようにも、激痛のせいで声が出ねえ。
いや、ほんと、俺の部屋にあるマンガ雑誌とエロ本、全部持ってっていいから。
母親も、--そんなもの、さっさと片付けろ! て怒鳴ってたし。
お願いだから、俺を助けて!
おおっ、俺の魂の叫びが通じたぜ!
彼女、額に汗を浮かべながら、リヤカー引いて、こっちへ向かってやって来るじゃねえか!
いや~、地獄に仏とは正にこのこと。
さっきの女神様なんかより、ずっと人情味あふれる素晴らしいおねえさんだ!
そら、あと三十メートル、二十メートル……。
彼女の瞳は間違いなく、俺をロックオンしているね。
ああっ、立ち止まって、肩で息なんかついてるよ!
なんか首にかけたタオルで、額から滴る汗なんか拭っちゃってるし。
でも無理ないよね。
リヤカーに山と積まれた古新聞、古雑誌、段ボールの類を見れば、う~ん、五十キロ? それとも百キロ? ちょっと予測のつかない重量だけど、あんな小柄な身体で引いてるんだ。そりゃ、休みたくなるよ。
よし、決めたぞ。もし助けてくれたら、恩返しに俺がリヤカー引いてやる!
労働、万歳!
おいおい、これだけ激励しているのに、なんでガン無視ぃ~!
彼女、俺の脇を平然と素通りしてゆくよ。
なぜ? 俺が見えないの?
そんなことないよね? ちゃんと、その黒い瞳の奥に、血塗れの俺の姿を映してたよね?
彼女、冷血漢だったの? 異世界って、そんなに人間性が希薄な社会なの?
ね、俺を見捨てないで! お願い! 助けて!
ああ、祈りが届かねえ~。彼女、どんどん離れていくよ。
五メートル、十メートル、二十メートル……。
彼女の背中が徐々に遠のいてゆく。
手を伸ばしても、もう届かねえ。
異世界人生、わずか五分で終了かあ~。
あれ? と、止まった! 彼女、止まったよ!
希望の光だ。
彼女、俺に気付いてくれたんだ!
て、なにそれ!?
やべっ、彼女、リヤカーに寄りかかって煙管吸い始めた。
なに余裕で一服やってんの!
悪いことは言わないから、タバコなんて止めなさい!
あっ、もう三服目だよ。いくらなんでも吸い過ぎ。
それが労働者の特権とでも思ってんの?
それに君、未成年でしょ? どう見ても十六、七にしか見えないし。
おにいさん、ギリ年齢だから言っちゃうけど、
タバコは二十歳になってから!
若い身空でタバコ吸ってると、大人になって肌が荒れちゃうよ。
あっ、そうだ。肺癌の心配も忘れずにね。
あっ、彼女、慌てて煙管の灰を落した。
えっ、俺を置いて行っちゃうの?
本当に俺が見えないの?
罪人は荒野で野垂れ死にしろ、っていう貴い教えなんですか?
異世界は弱肉強食。人権なんて糞くらえって社会だったんだ。
でも俺、重傷だから。
内臓全部破裂してるし、六十八か所も粉砕骨折してるし。
自分のことは自分でやれと言われても……、絶対に不可能だよ!




