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乙女ゲーに転生した直後第二王子から婚約破棄されたわたし、なので推しの悪役第一王子にプロポーズします。

 詰んだ。

 みんなはそんな状況に直面したことはあるだろうか。

 現在わたしの人生は詰みそうになっている。何故ならわたしが悪役令嬢だからである。


「リアーラ・コンフィール。君との婚約を破棄させてもらう」


 この乙女ゲーの攻略キャラの一人第二王子が、わたし転生者であり悪役令嬢となったリアーラに向かって婚約破棄を言い渡した。

 他の攻略キャラである公爵家の息子や騎士団長の息子、それにリアーラの弟があるキャラを囲んでいた。

 そのあるキャラとはこの乙女ゲーの主人公であるサイリアだった。


 終わったな。完全に詰んだよ、これ。死んだと思ったら転生してて好きな乙女ゲーの世界だって喜んだらこれだよ。これなんだよね。

 よりによってなんで悪役令嬢なの? それになんで詰んでるところからのスタートなの?

 詰み状態スタートとか死んだのにもう一度死ねって言ってるよね。てか、このままだと一週間後に処刑台行きだよ。

 なんでこんな短期間に二度も死ななきゃならないのさ。


 確かゲームではここで悪役令嬢であるわたしがサイリアの悪口を言って、王子のビンタを食らうんだったよね。

 それをサイリアが止めるっていうストーリーだったはず。


 ここから逆転することはまず不可能。

 ならばさっさとこの場から立ち去り処刑台行きを先延ばしにするか無くすかをしなければ。

 いや待てよ、今ならDLCで追加された悪役第一王子に会えるんじゃないか? わたしの推しに会えるチャンスじゃないか。

 どうせ死ぬんだ。だったら一目くらい推しを見て、できれば話してみよう。そうしたら潔く死ねる気がする。


「分かりました。ではわたしはこれで失礼します」


 わたしはペコリと頭を下げる。


 このまま出て行って第一王子に会うぞ! 推しを現実で見れる機会なんて一生に一度あるかないかくらいなのだ。

 いや普通はないか、二次元の推しを現実で見るなんて。それのわたし、一度死んでるしね。

 つまり二度人生を経験すれば二次元推しに会うことができるのだ!


「ちょ、ちょっと待て! サイリア嬢に言うことはないのか!」


 えーっとリアーラってサイリアに対してどんなことしてたんだっけな。

 悪口言った描写は描かれてたけどそれ以外何もしてないんじゃない。いや乙女ゲーに描かれていないだけで、もっと酷いことしたのかもしれないし。

 一応謝っておこう。それが最善だと思う。


「今までのこと、申し訳ありません」

「いえ、リアーラ様が謝るようなことじゃ……」

「サイリア嬢、それは違う。コイツは君に謝らなければならないほどのことをしたんだ」


 サイリアも乙女ゲーの時から思ってたけど、良い子だな。

 こんな場面でもわたしに対して気を遣ってくれるなんて、天使かな? 天使だから主人公になれたんだろうな。


 それにしてもこの視点から見るとこの王子、結構酷いこと言ってないか。

 乙女ゲーでは爽やかな優しいイケメンっていう設定なのに、悪役令嬢視点だとこんな酷い光景だとは。

 王子がこんなこと言っているのにそれがサイリアを守るためっていう良い描写と完全に思わせている開発者さん、マジで尊敬します。


 主人公に感情移入できるからあそこまでヒットしたんだろうな。

 わたしはこの乙女ゲーを考えたシナリオライターさんを尊敬する。マジで天才だと思います!

 まあそのせいでこんな状況に陥っているっていう部分もあるんだけど、まあこの際それはもういい。今更どうこうできることじゃないし。


「明日、楽しみにしておけ」

「では、これで」


 わたしは王子の最後の言葉を聞くとすぐにこの場を去った。

 期限が短くなっているのに気付かず、完全に第一王子探しに脳はシフトしていた。


 よし! これから第一王子探しだ。

 DLCでは第一王子はよく図書館の特別エリアに通っていたはず。毎日欠かさず来て一時間読書をするのが日課だって言ってたな。

 では図書館へ、レッツゴー!


 わたしは勘で学園の廊下を走り回ったが、一向に図書館が見つからない。

 どういうことだ。何故図書館見つからない。

 乙女ゲーはストーリーメインだったから、部屋へ移動する描写は全く描かれていなかった。

 クソッ、シナリオライターめ、そこら辺もしっかりしておけよ。……いや、この場合はゲームを作ったプログラマー達が悪いのか?

 どっちでもいいけど、そこら辺もしっかりしておいて! 次回作からはお願いします。わたしはできないですけど。


「疲れた。ここどこ? マジで完全に迷ったよ」


 この学園、無駄に広くないですかね。なんでもそうだけど貴族が通うからって別にこんなにバカ広くなくてもいいんだよ。

 貴族+学園=デカい。っていう価値観どうにかしてくれませんかね、開発者さん。


 これ迷ったから、どこから外に出ればいいかも分からないんだけど。

 わたしこのままここで餓死しちゃうのかな。


 わたしはふらふらとしながら学園内を歩き続ける。


「せめて、もう少しだけ生きたかったよ」


 半泣きで廊下の端っこに座った。

 もう終わりだ。処刑台にも行けずに餓死って、処刑台バッドエンドよりも最悪な死に方じゃんか。

 転生して即日死亡って、わたしの人生災難すぎない。


「どうした? なんで泣いてるんだ」

「気にしないでください。わたしはもうここで死ぬんです」


 男の人の声がしたが、わたしは下を向いたまま関わらなくていいと断った。


 ああ、こんな悪役令嬢に話しかけてくれて心配してくれる優しい人もいるんだな。

 もう最後だしこの人がわたしが見る最後の人だろう。


 最後と思い顔を上げると、そこにいたのはわたしの推し、悪役第一王子ラベス・リアルリヒット様が目の前にいた。


 銀髪高身長イケメン。完全に大人になりきった顔立ち。身体も顔立ちと同じように筋肉質で男性と感じさせる。そして綺麗な髪。身長も180以上はか確実にあるな。

 リアル推し、最高最強。マジで神。


「神様、わたしはもう満足しました。ここで死んで大丈夫です」


 わたしは神に感謝し、もう悔いはなくなった。


 最後にあったのが推しなんて最高かよ。もう天国行ってもいい。

 わたしの人生、過去に類を見ないほどの最高な人生を送れました。たった数時間の人生でしたがもう満足です。


「おっ、おい! 何言ってんだ。大丈夫か? 死ぬな、死ぬなよ」


 推しがわたしの肩を掴み前後に振った。

 恐らく正気に戻らせるためか、意識を戻すために揺らしてくれたんだろう。

 でも今のわたしには逆効果だった。


 推しに触られた。

 もう良い。本当に死んでもいい。

 推しの手大きくてあったかい。服越しでも体温を感じる。これは転生時の特典か。ありがとう神様、こんな便利な能力をくれて。


「しっかりしろ!」

「あっ、はい。もう大丈夫です」


 ようやく正気に戻った。


 推しの生声には何か特殊な波長で気分を高まらせる効果でもあるのだろうか。

 実に恐ろしい。でも推しの生声をこんなにも聞けるのは幸せすぎる。この声で死んでもいいくらいだよ。


 推しが目の前にいる。もう会えないかもしれない。

 なら想いを伝えるチャンスは今しかない!


「好きです! 結婚してください!」

「……は?」


 わたしは推しに会えたことで頭がパニックして故障してしまい、想いを伝えるどころかプロポーズまでしてしまった。


 ……わたし、推しにプロポーズしました。

 これでOKされたらわたし昇天しちゃうよ。死因は推し中毒で死んだことにして。

 でもここでOKされて結婚まで行ったらファン失格では? ファンが推しに手を出すなんて禁忌に近い行為。むしろ法を冒しているまである。


 ファン失格になってまで推しと結婚するかファンという立場を貫き通してこの場で死ぬか。

 わたしはどっちを選べばいいんだ!?


「何を言ってるんだ。気分が悪いのか?」


 よ、良かった。ちょっとした勘違いだと思ってくれている。

 でもこれじゃあわたしがおかしな奴だと思われているんじゃ……。まいっか、推しにおかしく思われているってことは認知されてるってことだし。


「大丈夫です」

「そうか、ならオレはもう離れるがいいか?」


 推し、優しすぎでは。

 攻略キャラとしての第一王子はクールでカッコよく、誰にも隙を見せない。そして誰に対しても冷たく接してしまう。それも自分が悪に手を染めているからの行動だ。

 王子として嫌われ役を自ら演じ汚れ仕事もする。だから自分と関わると不幸になると思っている。

 そんな王子の心を徐々に溶かしていくのが主人公だ。

 そのストーリーに悪役令嬢であるわたしは一切登場しない。


 これはストーリーとしていけないことなのでは。

 絶対似合うはずのないキャラ同士があってしまうなんてことあっていいのだろうか。

 まあいっか。もうすぐで死ぬんだし。


「ついていっていいですか!」


 わたしはグイグイ押していく。

 推しに会えるチャンスは二度と来ない。それならば好き勝手にやってやろう。推しにウザがられても嫌われても、死ぬまではいっぱい一緒にいるぞ!


「え? ……」

「お願いします!」


 わたしは本気でお願いする。

 どこに行くのかは知らないけど、推しと行けるところなら天国でも地獄でも幸せな楽園だ。


「図書館だがいいのか? 君みたいな若い令嬢には退屈なところだと思うんだが」

「いいえ! 推し! ……じゃなくて、王子様と一緒に行けるならどこでもいいです!」


 ヤバい。ヤバかったよ。王子様をラベス様に向かって直接推しなんて言おうとしてしまった。

 いやもう言ってしまったような気がしなくもないけど、まあ誤魔化せたからよしとしようじゃないか。


「そうか。ならいいぞ」

「ありがとうございます!」


 よっしゃあ! OKもらったぞ! これで一緒にいることができるよ。一週間は推しと一緒にいれば死ぬことも怖くない。それどころか悔い残さず死ねるな。


「そういえばどこ行こうとしてたんだ?」


 わたし、推しを探すために図書館に向かっていたんだよな、確か。

 まあそんなこと言ってもいいか。どうせ大したことでもないし、推し目的で行こうとしていたから。


「図書館に行こうとしてたんですけど、完全に迷ってしまって」

「学園で迷う? お前、馬鹿……いや、方向音痴なんだな」

「今、バカって言いましたよね!? わたしのことバカって!? わたしは学園を迷うような女ですが、バカではありませんよ!」


 そうわたしはこの乙女ゲー好きのオタクでラベス様のガチ恋だけど、学校の成績は必ずトップテンには入ってた実力者なんだよ。それも進学校と呼ばれるような学校の。


 それに図書館にも通い詰めていたし。まあ自分で買った乙女ゲーのノベライズ本だけど。

 でも一般文芸も月一冊は読んでたくらいだから、それなりの読書家なんだから。


 あとこの学園は初めてだから迷うに決まってるし。そんなバカ広いところを歩き回り走り回っていたら迷うはずでしょ。


「ははっ、そうかそうか。お前は面白い奴だな。名前は何という」


 あっ、そういりゃあ名乗ってなかったな。完全に推しに夢中で名乗るの忘れてた。

 まあ名前を覚えてもらっても、すぐにいなくなるし名乗るだけ無駄かな。

 それにこの名前は悪役令嬢の名であって、わたしの名前じゃない。そんな偽りの名前で呼んでもらってわたしは嬉しいのだろうか。

 ……いや、嬉しいな! 今のわたしは悪役令嬢リアーラ・コンフィールだから、その名前を推しに呼んでもらえる、知ってもらえる。超幸せじゃんか。


「わたしはリアーラ・コンフィール。以後お見知り置きを」

「リアーラ・コンフィール……。コンフィール公爵家の令嬢か。お前は確か弟の婚約者じゃ……」

「ああ、アイツ……違った。王子から婚約破棄されたので、ただの一人の令嬢です」


 ただの令嬢、一週間後に処刑台行きの。

 確か婚約破棄や婚約相手が亡くなったりした令嬢は傷物令嬢って呼ばれるんだっけ。

 それもわたしの場合は婚約者が第二王子だっただけに、過去も未来も合わせての傷物令嬢の中でトップに立てるな。


「アイツ、公爵家を敵に回したのか。それもよりによって、宰相の娘を。馬鹿だとは思っていたがここまでとは」


 あっ、推しさん、弟のことバカって言っちゃったよ。

 貴族から考えてみれば、宰相で公爵家の娘に婚約破棄するなんてことしたら、大事になってしまうよな。

 それも恐らく考えなしにやったことだろうし。


「王子様、一応弟なんですからそれは言い過ぎなんじゃ……」

「別に構わないさ。アイツは義弟だから血は繋がっていない。それに王子としての自覚を持たず王子としての権力を行使するだけ。間違いなく無能な義弟だよ」


 そっか、ラベス様と第二王子は血の繋がっていない兄弟の設定だったな。

 ラベス様が正室の子で、第二王子が側室の子。でも正室は侯爵家なのに対して側室は公爵家出身。だから王様の座を争っているんだよね。

 第二王子ルートでは第二王子が王様に、第一王子ルートでは第一王子が王様に。今主人公が進んでいるのは逆ハーレムルート。その場合は選択肢次第で王様が変わるんだったよね。


 それに第一王子は側室のことをとても嫌っているって設定もあったはず。

 側室が正室を殺したんじゃないかって話や第二王子は本当は国王との子ではないっていう話も第一王子ルートでは言われてたな。

 でも第二王子ルートでは第一王子が国王の子ではないと言っていたはず。

 お互いがお互いのことを嫌っているから、両方とも兄弟とは思っていないんだろうな。

 だから血が繋がっていない設定になっているわけか。

 そこら辺は実際曖昧な部分ではあるけれど。


 第一王子につく貴族は実力重視の貴族達、第二王子につく貴族は血統重視の貴族達。

 実力を重視する貴族は騎士や商人から成り上がった男爵家や子爵家が多く、血統を重視する貴族は伯爵家や侯爵家が多い。

 貴族の中で一番階級の高い公爵家の殆どが中立を保っている。


 攻略本やノベライズコミカライズでそこら辺の設定は細かく書かれていた。

 それなら学園の地図とかも載せてほしかったんだけど。あと攻略本やノベライズとかで謎を謎のままにして終わらせないで欲しい。

 まだ刊行途中だったからこのあと明かされる情報かもしれないけど。


「まあ確かに、そうかもしれません」


 よくよく考えてみれば、貴族から見ると明らかに無能と思わせるような行為をとっている。

 第二王子についてる奴らは、そんな第二王子が操りやすいからだろう。


「おい、仮にも婚約者だったんだろ。婚約者だった第二王子にそんなこと言っていいのかよ」

「いいんですよ。どうせ“元”婚約者なんですから」


 それにわたしは第二王子のファンでもガチ恋でもなかったから、好きとか思い入れとか全くないからね。

 ゲーム上のリアーラは第二王子のことが好きだったのかもしれないけど、今のわたしからしたらどうでもいい人だし。


「ははは。お前、本当に面白い奴だな。気に入ったぞ」

「マジですか!? わたしのこと気に入ってくれたんですね? 言質取りましたからね」

「いや、今のは前言撤回で頼む。面白い奴だが、何か危険な香りがするからな」


 危険な香り……。女としての魅力が溢れているのかも! いやでもこの場合はわたしがオタク過ぎて引かれている意味での危険な香りなんじゃ。

 まあ面白い奴って言われたから全然いい。そんなの正直どうでもいいしね。


「そうだった。オレも名を名乗らないとだな。オレは第一王子ラベス・リアルリヒットだ。今思ったがお前はオレのことを怖がらないんだな」


 ああ、悪役第一王子だからみんなから恐れられる存在なんだよね。

 そこがまたカッコいいんだけど。


 そもそも推しを怖がるガチ恋がどこにいるというんですか! 推しとは尊いもの。そんな人を怖がるわけがないんだ!

 わたしは推し第一の人生を送ってきたのだ。二回目の余命一週間の人生も推し第一の人生を歩むに決まっている。


「怖がりませんよ! わたしは王子様を愛しているんですから! I LOVE 王子様です!」

「お前、そんなんだから婚約破棄されたんじゃないのか?」

「いえいえ、元婚約者である王子にはこんなこと言いませんし、王子様LOVEなんてところ全く見せてこなかったんですから。多分サイリアのことが好きになって、わたしが都合の悪い存在になったから婚約破棄されたんでしょうね」


 多分わたしが転生する前のわたしは第二王子のことが好きだったんだと思う。でも第二王子の好きはサイリアの方に向いてしまっただけの話。

 そのあとわたしが転生したから、推しLOVEなんてことは絶対に全く言ってない。


 乙女ゲーの悪役令嬢視点から見ると、嫌がらせをしてた悪役令嬢は悪いと思う。でも婚約者がいる中他の女性に手を出す第二王子も悪いのではないか。

 結局の話どっちもどっちなわけだし、わたしだけが悪者扱いされるのはおかしい。それも処刑されるなんて。

 やっぱり乙女ゲーって奴は主人公や攻略キャラ達が絶対正義で、それを邪魔するわたしは絶対悪というわけか。


 実に悲しいことだ。だけど! わたしがしたわけじゃないのにわたしが罪を被ることになるのはおかしいだろ!


「それでわたしのこと、好きになってくれましたか?」


 これから一週間、わたしはガンガン攻めていくぞ。

 そして推しとの幸せな一週間を送ってから死ぬんだ。

 これは決定事項である。


「……。さっさと図書館に行くぞ」

「誤魔化しましたね。それとも無視ですか? 聞こえないふりですか? 聞こえてないならもう一度言いますよ。無視するなら言い続けますよ」


 何故なのだ。

 今のわたしじゃ主人公みたいに攻略していくことはまず不可能。


 推しは弟を嫌っていてその元婚約者なのだからマイナス地点からのスタート。それに推しLOVEという姿を見せてしまった。

 完全に主人公と同じ行動を今からしても意味がない。

 だったらわたしなりに攻略していくぞ!


「うるさいぞ。女性なんだからもっと静かに女性らしくしておけ」

「女性らしく、ですか? えーっと、ご機嫌麗しゅう?」


 女性らしくってこんな感じなのかな? 中世ファンタジー世界の乙女ゲーなんだから、こんな感じの挨拶が普通なんだろう。

 ゲームの中で女性キャラはわたしと主人公以外出てこなかったから、さっぱりわかんないんだけど。


「ぷっ、はは、ははは。なんだよそれ。そんなこという令嬢なんて見たことねぇぞ。物語の中じゃあるまいし」

「あれ? 違いました?」


 笑われてしまった。でも推しに笑ってもらえるのは超嬉しい。それに推しの笑顔が見れるなんて幸せだな。

 でもこんな典型的な令嬢はいないのか。こっちの本の中ではいるっぽいけど、実際に言う人はいないんだ。

 意外だと思う。中世ファンタジー世界なんて挨拶は全部こんなものだと思っていたな。


「まあ、いい。ここが図書館だ。よく覚えておけ」

「……」

「どうかしたか?」

「王子様と話すのが楽しすぎて道を一切覚えていません」


 やってしまった。ここは覚えておかなければいけないことなのに、推しに夢中になって完全に忘れてしまった。


 これは推しがカッコよすぎるのが悪い。いや推しは悪くないし、わたしに責任があるんだけど。

 何故運営はこんなカッコいい推しを作ったんだ! ありがとう運営様、開発者様。この乙女ゲーを作った皆様に感謝します。


「やっぱり馬鹿だな」

「わたし、バカなんでしょうか?」


 ヤバい。自分の頭の良さに自信が持てなくなってきてしまった。

 推しに夢中になってしまったばかりに、それ以外のことはどうでもよく感じてしまう。

 推しを見て推しと話していると脳がバグって、完全にバカになってしまうな。これは仕様なのか? 仕様だよね? リアーラは方向音痴っていう。

 それがわたしにまで継承されたんだ。それは仕方がないことだ。


「何故オレに聞く」

「だって先にバカって言ってきたのは王子様じゃないですか! これは王子様のせいです! いえ違うんですけど、そうであって、でもそうじゃなくて……。ちょっと一度死んで頭を冷やしてきます」


 もしかしたら死んだら婚約破棄されたシーンまで戻ることができるかもしれない。

 できなくとも推しに迷惑をかけるよりはマシだ。


「ちょっと待て! 何故そうなる!? お前はそんなに死にたい奴なのか!?」

「そんなわけないじゃないですか。これはつまり……王子様が好きなせいです。そう! そうに決まってます!」

「それ、今思いついたよな」


 あらら、バレちゃいましたか。

 いやさ、ある意味では推しのせいなんだよ。推しがカッコよすぎるのが問題なんです。

 つまり、推し様ありがとうございます!


「まあまあ、王子様、図書館で本を読んで心を落ち着かせましょう」

「心を落ち着かせるべきはお前だと思うんだが、まあいいか。オレは特別エリアに行くが、お前は通常エリアにしか入れないだろ」


 そ、そうだった。わたしって権限を持ってないから推しと一緒に本を読むことができないんだった。

 くっ、憎い。何故わたしにが特別エリアに入れる権限を持っていないのだ。


「これでお別れですね。今までありがとうございました」

「お前……。分かった。用が済んだら迎えに来る。だから待っておけ」

「えっ!? マジですか? ありがとうございます、わたしもうこの人生に悔いはないです」

「お前は若いんだから、まだまだ長生きできるだろ。人生を終わらせるのが早すぎるんだよ。一度っきりの人生、無駄にするな」


 一度っきりの人生、か。わたしはこれで人生二度目なんだけどな。

 それになんで最後の方悲しそうだったんだろう。声のトーンが少し下がったような気がする。


 一度きり……。ああそっか、ラベス様のお母さんは若くして亡くなったんだったよね。それも自殺で。

 だからそんなに人生を大事にさせようとするし、わたしが死のうとすると止めてくるんだ。


「じゃあ、またな」

「はいっ、待ってます」


 わたしは図書館に入ると、推しは入り口のすぐ隣にある特別エリアへと入っていった。


###


「すぅー、すぅー」

「おい、おい」

「……!? 推し!?」


 何故推しがわたしの目の前に!? あっ、そういえばわたし乙女ゲー世界に転生してるんだったな。

 それにわたし、いつの間にか眠ってしまっていたのか。


「図書館は眠るとこじゃないぞ」

「いやぁ、すみません。眠くなっちゃって」


 一応異世界設定だから、話すことはできても本は読めなかった。

 だって何語か分からない文字で書かれていたんだから、仕方ないでしょ。することなかったから眠っちゃったし。


「まあいい。もうそろそろで日が沈むぞ。寮に帰らないといけない時間だろ?」

「あっ、そうだった。もうすぐ門限でした」


 門限は確か六時。

 今の時間は……五時五十分!?

 終わりだ。もう間に合わない。それどころか帰り着くかも怪しいのに。


 乙女ゲーのイベントで門限の六時を過ぎても帰らず、主人公と攻略キャラが一緒にいるっていうシーンがあったから門限を覚えていた。


「あの、王子様。寮まで案内してくれませんか?」

「お前……いつも帰っているところだろ? 何故それを覚えていないんだ」


 うーんと、なんて返すのが正しいか。

 ……! 閃いた。完璧な言い訳を。


「いつも友達と一緒に帰っていて、その友達についていってたから帰れたんです。でも今日は風邪で休みで」


 まあリアーラに友達はいなくて、取り巻きならいたんだけど。別にいいでしょ、このくらいの嘘。

 あっ、でも推しに嘘をついてしまった。罪悪感で死にそうだ。


「そうか。なら早く行かないとな」

「はい」


 わたしは推しに案内してもらいながら、寮まで行った。

 そして着いた時間はジャスト六時。

 推し様、マジで神です。推し様のおかげで寮まで無事に帰り着くことができました。ほんと感謝感激です。


「ありがと、王子様」

「ああ、またな」

「……。はい! また!」


 わたしは一瞬驚いてしまった。

 だってまたっていう言葉を使うのはまたいつか会おうという意味なのだから。そんなことを言ってくれるとは思わなかった。

 わたしはそれを言われてとても嬉しかった。でも同時に悲しくもある。

 もしかしたらもう一生会えないかもしれないからだ。


 だけど元気よく返事をする。

 また会えるように。死ぬ前までに。


 そうしてわたしと推しは寮の前で別れた。


###


 寮の中に入ると、わたしは奇異な目で見られていた。


 それもそうだ。王子に婚約破棄された令嬢をそんな目で見たい気持ちもわかる。

 ただいざそれがわたしの番となるとちょっと嫌だな。


 わたしはこの視線から逃れるかのように、自分の部屋へと逃げ込んだ。


「これは……手紙?」


 わたしの部屋の前に一通の手紙が置かれていた。

 その手紙を拾うと手紙の端に第二王子の名前が書かれていた。


「ああ、処刑の日程でも書かれているのか」


 そう思って部屋の中に入ってその手紙を読む。手紙の中身は地図も入っていた。

 その手紙には処刑について書かれていた。


 処刑日は明日の午後三時に行う。今は学園の門を全て閉め、誰も出入りできない状況だ。

 明日、自分の足で学園内の大聖堂に来るがいい。


「えっ、明日?」


 どういうことなの? なんで明日なの? ストーリー上では一週間後がリアーラの処刑日なはず。

 意味が分からない。ほんと、どうなってるの。


 思わず声を漏らす。そして頭の中がパニック状態だ。

 それもそのはず。自分は物語とは違うやり方で婚約破棄を終わらせた。それも良い方向でだ。

 なのに何故期限が短くなったのかが、さっぱり分からなかった。


 第二王子の気分か? それともわたしがあの時王子の気に触ることでも言ったのか?


「……でも、いいじゃないか。決まっていたことが早くなっただけだ」


 わたしの目的は今日、達成された。

 だからもう死んでもいいだろう。


 推しに会えた。

 それだけで十分じゃないか。これ以上欲を出しても意味がない。

 夢が叶ったのなら、それで満足するべきだ。


『またな』


 ふと、推しと今日最後に交わした言葉を思い出した。


 また、か。もうその“また”が来なくなってしまった。でもそれを言ってくれただけで喜ぶべきだ、べきなんだ。

 なのに、なのに、何故まだ一緒にいたいと思ってしまうのだろう。

 ダメなことだ。これ以上欲を出し、無駄に生きることに縋ってもダメだ。


 わたしを転生させた神様は早死にしたわたしに対してのお詫びか何かそんなものだ。

 だからそのお詫びが完了したから死ぬことになったんだろうな。


「明日、会えるかな」


 わたしは覚悟を決めた。

 そして眠りについた。


###


「もう、一時」


 起きると午後一時になっていた。


 あと二時間後、わたしは死ぬのか。

 最後に図書館に行って待とう。もしかしたら会えるかもしれない。会えないなら会えないでいい。

 でもあの“また”を叶えてから死にたい。


 わたしは図書館へと足を運んだ。

 幸いにも図書館から寮までも道は覚えたので逆算して図書館まで辿り着いた。


 図書館の前で待つこと一時間半。


 ああ、もう無理か


「お前、ずっとここにいたのか?」

「……王子様」


 わたしが指定された場所に行こうとしていた時、運命的かのようなタイミングで推しが現れた。


 ああ、やっぱり推しはいいな。

 会えた。最後の最後で会うことができた。


「どうした? 昨日と違ってやけに大人しいな」

「好きです。結婚してください」


 わたしはプロポーズをする。

 叶ったところで意味をなさないプロポーズをした。


「大人しいのに、言ってることは変わらねえんだな」


 そうだよね。そう思うよね。

 でもこれでいいのかもしれない。これが正しい形なのかもしれない。


 ああでも、なんで涙が出てくるんだろうな。

 だけどこの涙を見せてはいけない。だからもう去ろう。さっさと死のう。

 最後に見る時が涙なんて嫌だな。でも見れただけで幸せだ。この幸せを持ったまま、わたしは死ににいこう。


「おまっ、なんで泣いてるんだ?」

「ははっ、これは振られたからですよ。じゃあまた……いえさよなら」


 わたしは走って地図通りに進み、大聖堂へと着いた。


「リアーラ、ちゃんと来たか。逃げ出すと思ってたぞ」

「そんなことしませんよ。わたしの誤まった行いがこの結果を生んだんです。ならばその罰を受けることがわたしの役目です」


 わたしはもう死ぬ覚悟ができた。

 二度目の死。もう慣れたものだ。だからわたしは大人しく来たんだよ、この場に。


「そうか、じゃあ分かっているな?」


 わたしは目の前にある処刑台に着いた。

 目の前には多くの学生がいる。


 最後をこんな大勢に見られながら死ねる。

 いいことじゃないか。多くの人からわたしの死を認知してもらえるのだから。たとえ乙女ゲーの中の人達だとしても。


「ちょっと待て」

「ラベス! なんでここに!?」


 わたしの前に現れたのは、心のどこかで望んでいたのかもしれない人だ。

 そうわたしの推しがわたしの前に来てくれたんだ。


「無能な義弟に名を呼ばれたくないんだが、まあ今はそれはいい。無能義弟、ソイツをリアーラをどうするつもりだ?」

「コイツはボクの婚約者となるサイリア嬢を傷つけた。だから処刑するんだ」

「処刑? お前はつくづく馬鹿なことをするな。お前は自分の持っている権力を自分の都合の良いように使っている屑だ」


 おうおうおうおう。そこまではっきり言っちゃうんですね、王子様よ。

 わたしも思ったけどここまではっきりと言うのは、流石はわたしの推し、流石は第一王子、流石は兄だ。


「ボクは正しきことをしているだけです! この悪女からみんなを守るために」

「みんな? いいや違うな。お前が守りたいのはサイリア嬢ただ一人。そのためにオレの女を殺そうとしている」

「違う! ボクはみんなのことを思って……。それに正気ですか!? その悪女を娶るなんて」


 まず一つ。わたしは悪女じゃなくて悪役令嬢だ。

 悪女とは二十歳以上の悪役の女性で、悪役令嬢は二十歳未満の貴族の悪役の女性のことを指すんだよ。


 わたしマジ最高の気分なんだけど。

 推しがわたしに向かってオレの女って言ってくれたんだよ。それがたとえわたしを救うためだけに言ったとしても、その言ったという事実が大切なんだ。


「リアーラは悪女じゃない。オレの女だ。二度とリアーラのことを悪女なんて言うんじゃない。処刑を中止しろ」

「むっ、無理だ! ボクはコイツを処刑する!」


 なんでそこまでわたしの処刑にこだわるんだろう。まあ別にいいけど。だって絶対に推しが助けてくれるって信じてるし。

 それにさりげなくわたしのことを悪女って呼ばなくなったよね。


「そうか。ならオレはオレの女を殺した罪としてお前をこの場で殺す」

「ひっ!」


 推しが持っていた剣を取り出し剣を第二王子へと向けた。

 その剣にビビる第二王子。


 王子よ、そこでビビるのは男らしくないぞ。

 堂々としていればいいじゃないか。流石に本気で殺すわけないだろうし。


「処刑を中止しろ」

「分かった。分かったから」

「じゃあリアーラは連れて行く。今後一生オレとリアーラに関わるな」


 なんかこれ見てると明らかにメインの攻略キャラである第二王子が小物の悪役に見えるんだけど。


 そしてわたしは推しに手を引かれ、どこかへと連れて行かれた。


 ここどこ?

 わたし、学園内の構造全く知らないからこの場所がどこか全く検討がつかないんだけど。


「リアーラ、無事でよかった」


 わたしは推しにそう言われて抱きしめられた。


 え、ちょ、ど、どういう状況なんですかね?

 わたしなんで推しに抱きしめられてるの!?


「王子様……恥ずかしいんですが……」

「昨日みたいな元気がないんじゃないか?」

「そりゃあ、なくなりますよ! だって今、好きな人に抱きしめられたんですよ? 大人しくなるに決まってるじゃないですか!」


 そして話してくれた推し。

 わたしは思いっきり慌ててしまった。そして理由を素直に話してしまう。


「ははっ、やはりお前は素直だな。……リアーラ、お前は本当にオレのことが好きなのか?」

「好き、です」


 これは告白と言っていいのだろうか。それともただの確認なのか。

 どっちでもいいが、今なら本当に素直な想いを伝えられる気がする。


「ラベス様。わたしと、結婚、してくれませんか?」


 わたしは告白を通り越して三度目のプロポーズをした。

 これは三度目の正直。もし失敗したらキッパリと推しのことは諦めよう。それにファンが推しと結ばれることは基本無理なのだから。


「それはオレの台詞だ」

「え?」

「リアーラ、オレと結婚してくれ」


 思いもよらないことが起きた。

 推しとファンが結ばれるのはあっていいことではない。だけどあってもいいんじゃないか?

 だってそれがわたしだから。自己中でもいい。これは神様がわたしのためにわたしにくれたご褒美なのだから。


「はいっ」


 わたしは泣きそうになりながら、そのプロポーズを承諾した。

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