第三話 眷属召喚
タケルが地球に帰ってきてから一週間が過ぎた。タケルはこの一週間で自身の能力の把握と魔法の習熟に努めた。彗星が地球にもたらしたと思われる大気中の魔素(魔力の元になる粒子)は、異世界のそれとは少し性質が違ったために、タケルの知る魔法の形で扱うためには改めて魔力を扱うコツを掴む必要があったのだ。
(この世界じゃもう女神様の力を受け取れないから、自分の魔力炉に魔力を蓄えた分しか魔法は使えないか。幸いにして女神様が特別にあつらえたこの体なら魔力の容量は天井知らずに高い。モンスターがでるようになったから、これからどうなっていくかは不透明だ。もしものときのために普段は魔法の使用を抑えて魔力を貯めこんでおくか)
タケルの異世界での使徒としての仕事は、女神が力を下界で振るおうとしたその時に力を預かり、適切に扱うことだった。その関係は発電所と変電所の関係に似ていたといえるであろうか。そのままではあまりにも強すぎる女神の力を、上手い具合に世界を壊さないように用いるために、タケルには巨大な魔力容量と強力な出力装置が与えられていたのだ。
なお、そのような仕様であるためにタケルの体は大規模な魔法の行使に特化していて、繊細な魔法は不得意である。巨大な重機は原付バイクのような小回りは効かないのと同じようなものだ。
(たしか変装する魔法もあったはずなんだけどなあ。この体じゃあんな繊細な操作を続けるような達人技な魔法は使えそうにない。まあ女神様の好意だ。あまりワガママは言えない。……それにしても扱いづらいけど)
そんなことを考えつつタケルは日課の山の見回りを終えた。異世界に行く前からの習慣だが、地球に帰ってきてからは途中で見かけたモンスター未満のものを消しながら歩き回っている。
そのモンスターはワールドインパクトから一週間で手のひらサイズと少し大きくなり、小さな虫を取り込み捕食している姿が見受けられた。世間ではこれらをスライムと呼び始めている。死ねば跡形もなく消えてしまうこれらを動物とは言いがたく、自然とモンスターの呼び名で言い表されるようになってきたようだ。
(あ、あんなところにもいる)
タケルの魔力感知に引っかかったスライムは自宅近くの小川の底にへばりついていた。タケルは異次元収納から槍を取り出すと穂先でスライムを突いて仕留める。槍は異世界で使っていたものだ。
(異次元収納が使えるようになったのはものすごく助かる。しかしこいつら、本当にどこにでもいるな。キリがない)
槍をインベントリにしまい、ため息をつきながらタケルは自宅に帰ってきた。地球に帰ってきてから一週間、そろそろ出かけたいのだが湧いてくるスライムを放置したくはない。
(魔力はギリギリだけど、やっぱりアレを試してみるか)
◇
タケルは自宅のそばのいまは使っていない畑の草を魔法の炎で焼き尽くし、槍の石突で土に直接溝を掘ることで巨大な魔法陣を描いていた。直径で15メートルにもなる巨大な魔法陣は、描くときにも魔力を込めていたためにそれ自体が淡く輝いている。
(さて、うまくいくかな?)
タケルが魔法陣の中央に立って目を閉じて集中すると、魔法陣の輝きが強くなった。
『魂の友パイアよ、結んだ縁によりてわが声に応えよ』
異世界の言葉で呼びかけると、魔法陣が一際強く輝いた。その光が収まると魔法陣は消え去り、タケルの足元には一匹の背中に草を生やした豚が佇んでいた。
「ブゴッ! ブゴッ!」
「お〜! 久しぶりだなパイア〜! よーしよしよし」
足元にじゃれついてくるパイアを撫でまくりながらタケルは破顔した。
つぶらな瞳をしたパイアは普通の豚ではなく召喚精霊の薬草豚である。異世界を旅したときに弱っていたところをタケルが保護し、長い時間をともに過ごしたタケルの相棒のうちの一匹だ。とある事件によって死亡したパイアは、女神の好意で精霊となりタケルの眷属となった。普段はタケルの魂のなかで過ごしていて、召喚を行うことで実体化する。
(女神様がチラッと眷属のことを言っていたから試しに召喚してみたけど、こっちの世界でも召喚できてよかった。他のやつらもそのうち呼んであげたいな)
先ほどタケルが描いた魔法陣は契約の魔法陣であった。こちらの世界であらためてパイアと契約しなおすことで、今後は好きな時にパイアを近くに呼び出すようなこともできるようになったのだ。タケルは魔力に余裕が出来次第、他の眷属たちとも契約しなおすことに決めた。
「さてパイア、お前の仕事はこの家の周囲や山の見回りと、俺が出かけている間の留守番だ。そしてこのあたりで魔物を見つけたら処理しておいて欲しいんだ。頼めるか?」
「ブゴッ!」
「よし、頼んだぞ」
「ブゴ、ブゴゴ」
「ん、ああ。いつぞやに話してたこっちの料理やデザートな。そうだな、じゃあ一緒に色々と食べようか」
「ブギー!」
「あ、ちょ、おま」
主との再会と、異世界の料理が食べられる嬉しさで興奮したパイアが後ろ脚で立ち上がり、前脚を振り上げる。勢いのままに前脚を振り下ろすと衝撃が起こり地面がパイアの前脚を中心にして波打った。そばにいたタケルはその衝撃をまともに食らって吹っ飛んだ。土魔法のアースクエイク同様の事象だが、これでパイアは魔法を使っていない。パイアにはたんなる喜びのストンプで魔法と同じようなことができるほどの力があるのだ。
少しきりもみ回転しつつ生垣に突っ込んだタケルは力なくうなだれた。他の眷属を呼び出したときはどうなることかと先が思いやられた。どいつもこいつも頼りになるのだがいささか力がありすぎるのだ。
「ブ、ブギッ!? ブギー!」
「ははっ、パイアが元気で嬉しいよ。でももう少し力加減を覚えような……」
こうしてタケルは頼りになる相棒と再会したのだった。