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俺だけ別ゲー  作者: 歩家
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第二話 ゆっくりと変わり始める世界

 幸生さちうタケル30歳は、異世界に行くまでは零細農家だった。高校生のときに両親を事故で失い、親族たちによる遺産争いに嫌気がさしたタケルは、高校卒業と同時にかつて祖父母が暮らしていた北海道の家に移り住んだ。祖先が切り拓いた土地はかつては牧場をしていたらしく、敷地内を小さな川が流れているほどに広大である。しかし祖父母の代には事業に見切りをつけて牧場をたたみ、その後は細々と畑で野菜を作るだけであったらしい。タケルはしばらく放置されていた畑を少しずつ復活させたりたまに麓の街で働いたりしつつ、孤独だが安穏とした田舎生活を楽しんでいたのだ。

 

(スローライフしてたら突然異世界に飛ばされて、散々苦労して戻ってきたら地球にはなかったはずの魔力のようなものがあるとは。おかしなことになっているな。女神様のおかげで姿形は変わったままだし)


 タケルは洗面台の鏡を見ながらため息をついた。朝の光は鏡を照らし、変わってしまった自分を鏡に映し出している。

 異世界の女神は基本的には高位次元から愛しい世界やそこに生きる愛し子たちを見守る存在であった。よって下々の事情には疎い。だからこそ女神が世界に介入しようとするときにはタケルのような女神の使徒がそれを補っていたのだ。だが、タケルは地球に帰れることに浮かれてしまい、うっかり女神様に帰る時には元の姿に戻してもらう必要があると伝えることを忘れていた。そして最後の交信が終わったときにわずかに残った異世界との接触が消えてしまったのだろう。もはや女神様との繋がりは感じられない。女神様に元の姿に戻してもらうようなことはもう叶わないと考えるべきであろう。


(しかしこの姿は……異世界じゃ珍しくもなかったけど、地球というか日本じゃ目立つなんてものじゃないな)


 今のタケルは銀髪褐色肌に赤い瞳である。もとの黒髪黒い瞳とは似ても似つかない。


(あらためてみるとこれは、厨二病的容姿……! 圧倒的中学二年生の妄想感……!)


 異世界においては最強であった女神の使徒タケル。彼は地球に帰還してそうそうにセルフで心理的ダメージを負い、かつて敵の前ではついに一度も折ることのなかったその膝をついた。なんなら七転八倒した。


 ◇


 たっぷりと羞恥に悶えた後でタケルは再起動した。泣いていても仕方がないのである。異世界で様々な経験をしてきたタケルは精神的にタフになっていた。まあタフであることはダメージを受けないということではないので醜態は晒すのであるが。


(この時って前の仕事は辞めたあとだっけか? 食べるだけなら遺産もあるし畑があるからなんとかなる。見た目はカラーコンタクトつけたり、髪を染めたらなんとかなるかな? 問題はやっぱり身分か。……戸籍って役場に行けば買えるのかな……?)


 まだ少し逃避ぎみだがタケルがリビングで今後の方策を考えていると、魔力感知に引っかかるものがあった。


(なんだ魔物か……。って魔物だって!?)


 異世界では当たり前のように存在していた魔物であるが、ここは地球である。ここでタケルは女神様が言っていたことを思い出した。


(地球が変質して、モンスターが現れるようになる……)


 魔力の気配を頼りに外に出てあたりを捜索すると、ほどなく家の近くでちいさな魔力の塊を見つけた。わずか数センチ大のそれは黒く半透明で、不定形のゼリーの状のものがプルプルとかすかにうごめいている。


(……これはまだ明確な形がない、だが魔力視すると周囲の魔素を集めて大きくなろうとしているのがわかる。モンスター未満、というところか。まだ地球に魔力が満ちてから間がないからこんなものなのか? だけど、時間が経ったらいったいどうなってしまうんだろうか)


 集中してあたりの魔力を探れば、かなり遠くにもやはり目の前にある魔力の塊と同じような気配が存在している。


(こういう形で自然発生的にモンスターが生まれ成長するのが当たり前になると、この世界はどうなっていくんだろう)


 タケルが転移した先の異世界は最初から魔力が存在し、魔物は生態系の一部を担っていた。だからタケルにも魔力がなかった世界に魔力が溢れたらどうなるか、なんて知識は持ち合わせていない。目の前の存在のようなものを放置したらどうなるか、わからないのだ。

 タケルは黒い半透明のブヨブヨに向けて軽く小石を投げてみた。石を当てられたブヨブヨは魔力を霧散させて消滅する。


(簡単に死ぬな。しかし、これはまだ生まれたばかりのモンスターだ。もしこれが成長していくとしたら……)


 タケルは嫌な予感がしてしばらくそこから動けなかった。


 ◇


 のちにワールドインパクトと呼ばれる彗星群が衝突したその日、世界中で新種の生物が発見された。それらは不定形で、触れようとすれば簡単に死ぬ、ように見えた。だが不思議なことに死骸は残らずにただ霧散し、あとには何も残らない。生物の研究者たちは発狂しかけ、大多数の人々は無関心を貫き、少数のものはつついては消してまわって遊んだ。それらがやがて人々の脅威に育っていくものだとは、このときはまだ誰も知りようがなかった。

 世界の変貌はまだ始まったばかりだった。

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