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色づく絆と結びの手  作者: 琴深矢 余暇
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第7話「色づき」

酒場を出て、俺たちは次の場所に向かう。


「ナハト、次は何処に行くの?」


本当なら酒場でもう少し時間をつぶすつもりだったのだが、ああやって出てきてしまった手前、すぐには戻っては滑稽も良い所だろう。

なにより、面倒なことになりそうなので、当分は顔を出さないのが吉だ。


だが、それはさて置き次に行く場所だ。

俺は彼女に色んな体験をし、それを通して様々な形で多彩な価値観を育んでほしい。その一環に相応しい選択肢は――


「場所って言うよりか、何かをするって言う方が近いな」


そうして、オレは足を止める。

目的地には無事到着した。


「ここって……」


少女が不思議そうに見回す。

俺たちが訪れたのは、この町の中央メイン通りに位置する場所。


「ああ、市場だよ」


ノーブルは立地の癖を諸共せず、様々な品物が集う。

商業が活発な町の人通りが最も活発な場所。そんな所なのだから、当然様々な店が立ち並ぶ。

出店、露店の類だって多数展開されている。そのことから、この通りは別称で市場と呼ばれているのだ。


「ここには色んな店があるからな。買い物、品物の査定、食べ歩きに至るまで沢山のことができる」


オレは彼女に向いて、微笑んで言う。


「時間をつぶすには持って来い。だろ?」


「……わたし、欲しいと思えるものなんてない」


だが、彼女は暗い顔をしてしまう。

確かにいきなり言われても戸惑うだけだろう。彼女の場合、自分の境遇の特殊さ。……いや、それだけじゃない。

普通の人が持つような価値観を感覚的に理解できてしまっているから、それは尚更だ。


でも、だからこそオレは今しかないと思った。


「まあ、かもしれないな。でもオレは、お前に必要なのは、この場で理解できていることを、今すぐに突き詰めることじゃないと思うんだ」


できることからちょっとずつ、と言うのは大切な心掛けだと思う。

だが、新しい物は、新しい場所でなければ手に入れることはできない。


それは、彼女の価値観においても同じことが言える。

彼女に無い物を与えること、それは新しい体験による獲得以外あり得ないことなのだから。


「最初はわからなくてもいいさ。だったら、わかる為の機会から手繰り寄せていけばいい」


オレは少女に手を差し出す。


「……」


少女はオレとその手を交互に見る。

そして、恐る恐るその手を取った。


「よし、んじゃ行くぞ」


オレは少女の手を引いて歩き出す。







まずは、手始めにいろんな場所を連れまわすのが効果的だ。

彼女自身、無感動なように見えて、その実は人一倍の感受性を持った少女だ。


それは、この町の光景を目の当たりにした様子、酒場を訪れた時の反応を見る限り明らかだ。



ただ、自分から求めるという事を知らないだけ



被験者として悲劇的な人生を送って来たから物を普通に感じる事が出来ない?

『人として壊れている』とはよく言ったものだ。


彼女が人としてどうであるかなど、現時点で論議したところで不毛なだけだ。


育ち切っていない芽の未来を決めるのは、あまりにも無粋だろう。



傍らで、様々な物に触れて、戸惑う少女。

しかし、その表情はむしろ生き生きとしている。



少女と共に、時間の許す限り、町のいろんな場所を巡る。



わかっているさ。


こんなことは、オレのやるべきことじゃない。


依頼書にそんなことは書いていなかった。



でも、彼女の心の奥に潜む影が垣間見えるたびに、妙な気分になる。



らしくない。

関係性は、彼女からすれば名前を知っているだけの、素性の一つも知らない赤の他人。

立場は時に呪いだな。







薄暗い螺旋階段を上る。


歩きまわってるうちに、気付けば夕暮れ時。

時間も頃合いという事だから、オレは少女を連れてある場所に向かっていた。


隣で共に歩く少女は、一日中歩き詰めなのにも関わらず、全く疲れた様子を見せない。

いや、むしろ汗一つかいていない。


「なあ、お前って疲れたことってあるのか?」


向かう途中で手持ち無沙汰なので、そんなこと聞いてみるものの、前にも同じようなことを聞いた気がする。

だが、少女はそれに対して、いつも通りの無表情で淡々と答える。


「特にそう感じたことはない。そんなこと、気にする暇もなかったし……」


少女の表所が若干の陰りを見せる。

やはり、過去に関することは思い出したくないのだろう。当然だ。

だが、皮肉なことに彼女の強さの秘密こそ、そこにある。


「――そっちこそ、実力隠してるけど、わたしなんて比較にならないくらい強いよね?」


不満を打ち明けるように、オレの目を見る。


「気にする必要なんてある?……わたしの事なんて」


悪気はないのだろうが、言葉選びが直球なその問いにいささか言い淀む。

理由なんて大したことではないのだが、果たしてそれで彼女が納得してくれるのか。


「いや、気にするとか気にしない以前に、沈黙って退屈だろ?」


だが、それらしい言葉など選んでるだけであほらしくなったので、普通に打ち明けることにした。


「ただの、世間話って言うか」


少女はなおも透き通った瞳で、オレの事を見つめる。頭の上には疑問符が浮かんでいる。


「静かな事が、退屈?」


純粋にその感覚が理解できないのだろう。まあ、この子はどちらかと言うと静けさを愛でるタイプだと思うし、境遇云々よりも性格の方が起因しているのだろう。


「わからない……」


悩むような仕草。

彼女は、こんな感じの表情を表に出しているだけで絵になる。だから、という訳でもないが、つい魅入ってしまう。


だが、忘れてはならない。

今、オレたちは目的地に向かって歩いていたのだ。


「ナハト、扉がある」


彼女に言われて足を止める。いつの間にか階段はあと数歩分しかなくて、目と鼻の先には木製の扉がある。オレは知らずの間に階段が終盤に差し掛かっていることに気が付いた。

数分の間、階段を上り続けて、とうとう目的地に到着といった所で、この先にオレのお気に入りの場所がある


扉に手をかけて、開く。





「――っ!」


突然、勢いよく風が吹いて、わたしは髪を抑える。


「ここに来るのも、ずいぶん久しぶりだな」


ナハトがそう言いながら、先に扉を出た。


わたしもそれに続く。

反射的に細めてしまった目を開けると、視界が安定した。

そして、その光景を見て、わたしは息をのんだ。


「これ――」


高さにして数十メートル。

根深い森林に囲まれた魔術都市ノーブルは、魔獣を通さないために強力な結界と背の高い外壁に守られていると、彼は言った。


私たちがいるのは、その外壁の頂上。


「良い眺めだろ。ここから見る夕焼けは」


ナハトは腕を組んで満足そうに、その景色を見ている。


「……」


わたしはなにも言えないまま、その絶景に魅入る。


広大な森は、夕焼けに照らされて色づき、グリーンの色彩はオレンジの光で幻想的な景観を作り出す。そして、ここまでの高所だからこそ垣間見ることのできる。遠くの山脈に沈んでいく太陽の表情。


「きれい」


その言葉は至って自然だった。

わたしの中で、何かが熱くなる感覚があった。


満ちていく。と言っても、正しいのかもしれない。


わからない。

この気持ちが何なのかわからないけれど、不思議と戸惑いも恐怖も焦りもなくて、あるのはただ静かな脈動。



胸に手を当てて、その感覚を大事に包む。

そうして、彼の顔を見れば自然と答えは浮かび上がった。


「うん、きれい」


言葉に出して確かめる。

生まれて初めて、そう感じられた。


あの無機質な研究所の中に居ては、決してわからなかった感傷。


この人が連れて来てくれなかったら、見ることの出来なかった色。


―ありがとう―


感謝、彼に対しての私の気持ちはちゃんとここにある。




この景色が、ナハトが何もないわたしに教えてくれた。


この感情は、きっとそう。


これが、感動と言うものなんだ。

短めでしたけど、表現したいことは書けたかなと思います!

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