第3話「始・旅の途中」
三日ほど遅れて、すみませんでした。
魔術
魔術とは、自然エネルギー、魔力を術式によって様々な形で使用する。
火をおこし、水を汲み、風を起こし、地をうがつ。
身体能力の限界を引き上げたり、他にも様々な術式が魔術学のもとに各国で開発されてきた。
そんな果てしなき追求を極めた。最高の魔術師が、この世には十人存在する。
十賢者の異名を持つその者たちは、それぞれ固有の叡智、魔法を使用することができるという。
第3話「始・旅の途中」
草原に位置する。街道をゆく。
「疲れたりはしてないか?」
隣で歩く少女は首を横に振る。
「別に、これくらいなら、どうってことない」
表情を注意深く観察するも、汗一つかいていない事から本当だろう。
もうかれこれ、昼前あたりに出発して、計6時間ていどは歩いているが、この年でよくもつものだ。
オレはともかく、この子は被験者とは言っても子供だ。
少しは心配していたのだが、杞憂だったか。
■
「暗くなってきたな」
長く歩いたし、辺りが暗くなっていた。
遮蔽物の少ない草原にある街道なので、森の中よりは視界がいいが、それでも暗くなれば危険もある。
「野宿、するの?」
「どこかに宿があればいいけど、流石にそう都合よくはいかんだろうし、そうなるな」
旅人なら、野営はそこまで珍しくも無い。
その例にもれず、オレ自身も慣れているのでさして問題も無い。だが、この子はどうなのか?
「……大丈夫か?見張りはオレがやるけど、野営が嫌なら、宿を探す事もできなくはないが」
本気で走れば見つけられる距離に数件はあるだろう。
幸い、ここは公道だしな。
「問題ない。気にしないで」
何のけない顔でそういう。
初めのような、生気が感じられないという程ではないが、それでも心配になってしまうのは仕方がないだろう。
「そうか?」
心配して聞くと、少女はほんの少し笑って見せた。
「これくらい、私は気にしない。ナハトも傍にいるし、怖くない」
今までで一番いい表情をしていると思う。
オレも微笑みで返し、早速手頃な場所で野宿の準備を始めることにした。
■
たき火、炊飯、寝床確保、用意周到の言葉が似合いそうな充実ぶり。
遮蔽物などが少ないとは言っても、木々などが全く生えていないわけではないから、街道からすこし外れて手頃な樹木のそばに野営の準備をする。
「野宿というより、キャンプ」
オレは飯の用意をしながら、返答する。
「まあ、確かに一人の時はここまでしないな。けど今回はお前が居るから、少し品々を開封して意気込んでみたんだ」
オレの荷物は大体は魔術で異空間に収納しているので、荷物を出せば後は準備だけだ。
この界隈に足を踏み入れて永いが、やはり魔術は便利である。
「……ナハトは、少し変?」
いきなりそんな事を言われて、疑問符を浮かべた。
「そうか?」
まあ、自分が俗世から外れているのは認めるが、外法の存在とまでいかないと思いたい。
「変?変わってる。珍しい?……よくわからない」
言いたいことがうまく表現できずモヤモヤしている。といった所か。
「じゃあ、今は分からなくてもいいんじゃないのか?少なくとも、わかる時にわかればいい。それが、人生だ」
人間、その場で見つけられる答えなどたかが知れてる。
それなりに年を重ね。長じてこそ、見えてくるものの方が多い。
「そうなの?」
「そうだ。大事なのは積み重ね」
そうこう話している間に、飯を作り終える。
「さて、キャンプで食う肉料理もうまいぞ?」
用意したのは、持ち歩いていた保存用食材を駆使して作った簡単な串焼き。
野菜も肉も異空間では密封かつ、冷凍用の魔術もかけていたため、傷んだり腐る事はない。
「はい、おまえの分」
そう言って、数本の串焼きと皿に盛り付けたサラダを手渡す。
「……」
少女はじっと料理を見つめて、黙り込む。
「ああ、ひょっとして、苦手だったか?」
彼女の言葉を聞かずに準備したことを後悔したが、少女は首を横に振った。
「ううん、食べる」
そう言って、少女は小さな口で肉をほおばった。
少しずつ噛んで、飲み込む動作はなんとも微笑ましい。
「……おいしい」
そう言っては肉を食べ進める。
「それはよかった。野菜もちゃんと食べろよ?」
少女は言うことを守り、皿に盛りつけられた野菜も頬張る。
その姿に一安心して、オレも食べ始める。
「うん、美味い」
そう独り言ちて、晩飯を食べ進めた。
■
夕食も食べ終わり、野宿の準備も済ませてオレはひとり座って空を見上げる少女のそばに立つ。
「星が好きなのか?」
声を掛けると、首を横に振る。
「別に、好きってわけじゃない。ただ、思い出があるだけ」
「思い出?」
被験者であった彼女が思い出とまで呼ぶもの、思い出したくないはずの過去の中にあるそれが、オレは気になった。
「研究所にいた時、あの人が一度だけ外に連れ出してくれたの。その時に、暗い森の中で二人並んで星を見た。その時、あの人はこう言った「今の自分にできるのはこれだけ……」って」
少女は優しく柔らかな表情で、思い出を語る。
「そう言って、あの人はわたしに名前をつけてくれた」
彼女の境遇は悲劇的なものだ。
たぶん、いままでの人生ほとんどが冷たい研究施設での記憶。彼女の年齢から考えても、資料で見た研究が開始された時期から考えてもこれは間違いない。
しかし、そんな生い立ちの中でも確かにあった温もり。与えてもらったという名を、まるで大事な宝物のように両の手で包み込む。
「いまのわたしにある。ただひとつの、大切なもの」
なんだ。こんな顔もできるんじゃないか。
「……そういえば、ナハト」
「ん?」
不意に名を呼ばれて、短く返事をする。
「わたしの名前、まだ教えていない」
ああ、そういえばそうだった。
確かに名前は聞いていない。しかし、まあ――
「いや、いい。いまは聞かない」
短くそう返すと、彼女は疑問符を浮かべる。
「どうして?名前を知らないと呼び合う時に不便」
「まあ、確かにそうなんだが、なんていうんだろうな……とにかく、いまは聞かないでおくとしかいえない」
深い意味はないが、彼女の名前は聞くという事はひとつの区切りのような気がする。
連れ出されただけで、彼女には過去の面影が強すぎる。せめて彼女をあるべき場所に送り届けて、完全にとまではいかなくても心を治してから、人として与えられた名を名乗ってほしいし、オレ自身も果たす責務を全うしてからが好ましいのだ。
「納得できないか?」
少女は首を横に振る。
「ナハトにも事情がある。それに恩もある。だから、わたしが聞きたいときに教えてあげる」
そんな彼女の素直な返答に、オレも微笑んで返す。
「おう、ありがとうな」
こうして、二人の夜は過ぎてゆく。
次回は7月22日にしたいとおもいます!




