第23話「獰猛なる化け物」
森の上空――突き進んでくる魔獣の大群を見下ろす形でその少女は佇んでいた。鋭い視線を魔獣に向ける少女はその容姿には似合わない、強者の雰囲気を張り巡らせている。
「本当に凄い数だね。あんなの一体どこから……」
この世界での魔獣の大群進行は珍しいことじゃない。不可解なのは、それが突然起こったことだ。
「普通、魔獣が大群で動く場合は何らかの予兆があるはず」
強力な亜種が出現したり、災厄級の化け物が目を覚ましたり、そう言った原因となる事象が必ずあるはずなのだ。それなのに、今回はそれが全くと言っていいほどなかった。
この私が、それほどの予兆を見逃すなんて有り得ない。
「……考えていても仕方がないね。一先ず、あれを殲滅してから考えよう」
この先に村がある。こんなのが大群で押し寄せたら一溜まりもない。
「少し本気で行くよ。――魔力解放!」
それを起句として、セレシアの体から無数の光の粒子が溢れ出す。
「一気に片付ける」
光のオーラを纏った少女が一筋の閃光となって魔獣の大群に突撃した。
■
ルクスが暗い森の中を疾走する。
彼はカナの頼みを引き受けミードを探しに来ていた。
もしも、セレシアさんが子供の存在を知ったらきっと戦闘にも支障が出る。少し遠方から聞こえる轟音、熾烈な戦闘なのは見なくてもわかる。
僕なら、魔獣の大群を避ける形で森を進むことができる。
ルクスは持ち前の索敵能力で見事に戦線を躱しながら進んでいた。暗い森の中で視界が悪いがそれも彼の圧倒的な感覚の良さをもってすれば障害ではなかった。
「遺跡は森の最深部だ。そこに向かうなんて……」
この森の奥深くには古代人の遺跡があり、ミードはそこに向かったらしいのだ。
何でも秘密基地を見つけたといって最近はしゃいでいたらしく、それが遺跡のことだと思ったらしい。
「確かに魔獣の少ない地帯を通れば安全に遺跡まで行けるけど、まさかそれを自力で見つけるなんて……」
僕が今走っているもその安全なルートだ。森を突っ切るよりもかなりの遠回りなので普段は使わないが、今回ばかりは助かる。
「無事でいてくださいね」
走るルクスの腰には、蒼い鞘の直剣が携えられていた。
□
ルクスの足がある場所で止まる。
「ついた」
古ぼけた石の建造物、これが古代人の遺跡だ。
入口から先は森以上の暗闇に包まれていて、不気味な様相を呈している。
「……この中にミードが」
どちらにしろ行くしかない。遺跡内部に魔獣が居たとしても十体かそこらくらいなら子供を守りながらでも十分に戦える。意を決して僕は遺跡に入っていった。
真っ暗な遺跡内を音の反響と風の吹き方を頼りに歩く。
小さい頃は僕もよくここに来ていた。冒険者に憧れて、言いつけを破って森の奥深くに入ってはよく母さんに叱られたものだ。魔獣に出くわして、勝てもしないのに立ち向かったこともあった。――けれど、その度に僕の英雄が助けてくれた。
銀色の一閃は一瞬で凶悪な魔獣を切り裂き、そして「大丈夫か?」笑って手を差しべてくれる。僕もこんな風になりたいと思った。
だから、ミードが危険な目に会っているなら僕が助ける。あの時の父さんと同じ様に――
遺跡は入り組んでいるけど、ミードが居そうな場所には心当たりがある。ここは床が崩れていたり障害物で阻まれていたりと、小さな子供が進める道には限りがあって最も進みやすいのが入口からの一本道だけなのだ。
「そう、この道が……」
暗闇に包まれた遺跡内を歩いていると、記憶が蘇ってくる。あの時もこうして暗闇に包まれた遺跡内を歩いていた。そして、奥で――
「奥で……あれ?奥で、何があったんだっけ」
幼い頃の思い出なので曖昧なのは仕方がない。けれど、そういう類いのものじゃない気がする。
そう、あの時の僕は今のミードと同じような状況だった。
浅はかな憧れでこんな場所に来て、結局後から探しに来た母さんに――
脳内には曖昧な意識の中、母の腕に抱えられている情景が朧げに浮かび上がる。けれど、それは霧がかかったようにはっきりしない。僕はそんな釈然としない感覚に疑問を抱きながら、遺跡内を進む。
「――ここは」
すると、目の前には開けたドーム状の広間のような場所があった。
そうだ。僕はここに来たことがあった。そして――
「あれは、ミード君!」
何かを思い出しそうになったが、それは広間の中心で倒れている。少年の姿を捉えたことで消える。
僕は急いで彼の傍に駆け寄る。
「しっかりして、大丈夫!?」
彼を優しく抱き上げて揺らす。
「う、うぅ……」
すると、短く吐息の音が聞こえて安堵する。
「はぁ、よかった。特に目立った傷もないみたいだし」
本当に無事でよかった。けど、こんな所まで一人で来るなんて無茶するものだ。
「よし、後は帰るだ――」
ミードを抱えて立ち上がろうとした時だった。
「――ッ!」
一瞬、頭上に感じた確かな悪寒。
それを認識した時には僕はすでにミードを抱えた状態で後方に飛び退いていた。
すると、次の瞬間――
「ウゴォォーーー!」
空気を震わすほどの雄叫びを上げて、それが上から降ってきた。さっき僕達が居た場所には巨大な剣が叩きつけられて遺跡そのものを揺らす。
僕はそいつを視界に捉える。
黒くごつごつした岩のような肌、人を何倍も上回る巨躯、そして僕の背丈よりも大きな剣。
額に冷たい汗が流れる。
「ミツケタ、ソシテ、ヨケラレタ……ファンタズムノマリョク、ヤハリ、アナドレナイ」
兜が装備された頭、そこにある鬼のような形相の怪物が言葉を発した。
「――ココデコロス!」
その巨体がまた動く。空気の震える音を聞いて、僕は反射的に右に飛んだ。すると、僕達の居た場所を大剣が薙いでいた。受け身を取りながらミードを傷つけないように体勢を整える。
あと少し遅れていたら死んでいた。あの巨体で何てスピードだ!?それに、こいつは一体……
相対するだけで息を切らしそうなほどの重圧が肌を刺す。こんな化け物が遺跡に潜んでいたなんて、全く知らなかった。……いや、本当にそうか?
僕はこいつを知っているような気がする。さっきの釈然としない感覚の正体にも似た何かをこの化け物からは感じる。けど、そんな事を考えている間にも危機はすぐそこまで迫っている。
「く、どうすれば……」
表情が険しくなる。そうしている間にも、巨体は次の動きに入った。




