第22話「最悪の状況」
柄に力を込めて、剣を引き抜こうとしたその時だった。
「ルクス!ルクスいるか!」
突然、家の扉をドンドンと叩く音が響いた。ルクスは何事かと思いながらも、持っていた剣を腰に携えて玄関に向かう。
扉を開けると、そこには村の若い男がいた。
「どうしたんですか?」
「さっき、村長から連絡があった。すぐに村長の家の前に集まれとのことだ」
村長の家に?
何かあったのだろうか。
「何か、あったんですか?」
「わからん。しかし、緊急を要するらしい。お前の所には連絡を受ける類いの魔道具はないだろ?だから、呼びに来たんだ」
そういう事だったのか。緊急の用か、一体なにが起こっているのだろう。
「わかりました。すぐに行きます」
一先ず僕は彼と一緒に村長の家に向かうことにした。
■
村長の家の前には、すでに殆どの住人が集まっていた。
僕らは最後尾辺りにつくと、しばらくしてから村長が話し始めた。
「全員集まったな?今回、お前たちを呼び出したのはこれからこの村を襲う危機を伝えるためじゃ。これから告げることは、今この村を訪れている魔術師殿から伝えられたことだ。――心して聞け」
魔術師、それって――
「魔術師……セレシアさんが?」
彼女の名前を聞いた瞬間、様々な考えが脳内を駆け巡った。セレシアが村長に伝えるほどの危機とは、一体どんなものなんだ。
「……魔獣の大群がこの村に向かって進行しているそうじゃ」
その言葉に、場は騒然とした。
「皆が驚くのも無理はない。だが、確かな事じゃ。方角は森、その数は約二千にも昇る」
絶望。その一文字がこの場を支配した。
泣き叫ぶもの、混乱するもので溢れるそこで僕はただ呆然とした。二千の魔獣、それはあの広大な森に住む魔獣殆どが攻めてくるということであり確実な意味での絶望を意味していた。
「落ち着け!先ほど、魔術師殿が魔獣の討伐に向かった!」
「――な!?」
僕はその言葉に驚愕した。
セレシアが二千もの魔獣の大群に向かって行っただなんて……確かに彼女は普通の魔術師ではない。強力な魔獣もこれまで何度も仕留めてきたのだろう。けれど、二千もの魔獣を相手にする何て流石に無謀すぎる。
住人達もそれは同じようで、皆一様に混沌の相を呈する。
「我々に出来るのは、魔術師殿の健闘を祈る事だけじゃ。我々を生かすために命をかけてくれておる人が居ることを忘れるな!」
村長は強かに言い放った。
住人達はその言葉でいくらか静まり、パニックは避けられた。けれど、そんな中でも僕の心中は今にも溢れだしそうな感情で一杯だった。
二千もの魔獣に蹂躙される少女の姿が頭に浮かぶ。そんな様が現実になる事は、僕にとっては自分が死ぬことよりも辛い事だった。
握りしめた拳が、腰の剣に触れた。
「……僕に、何ができるって言うんだ」
セレシアは自分なんかよりもずっと、ずっと強い。魔術師としての高み、その頂点に彼女が居たっておかしくない気させする程に……
僕には何もできない。その事実は何をしたって変わらない。ちょっと戦える程度の僕じゃ、二千もの魔獣なんてどうにもできない。行った所で足手まといになるだけだ。
手の力を抜いて、ダラリと降ろした。
「僕には……何もできない」
確かな現実に目を閉じた。
周りの音がなくなっていく。こうして、セレシアが帰ってくるのを待とう。そうしたら、何の気もない様子で帰ってくるはずだ。僕の役目は、こうして安全な場所で彼女に守られることなんだ。
「あ、居た!ルクス君!」
そんな僕の思考に差し込んできた一つの声。僕は目を開けてそちらを見る。そこに居たのは若い茶髪の女性だった。彼女は木こりをやっている夫人の妻で、ミードの母親のカナだ。彼女は血相変えた様子で僕の所まで駆け寄ってきた。
「……どうしました?」
そう返すと、カナは息を絶やしながらこう言った。
「ルクス君、息子を……息子を助けてください!」
目に涙をためて、縋りついてくるカナ。僕はその様子に慌てる。
「落ち着いてください!息子さんって言うのは、ミード君のことですね?何があったんですか」
「居ないんです!どこにも……今日、森に入って行ったきり帰ってきてなくて」
「そんな……こんな時に」
ミードは活発な男の子だ。よく森に遊びに行っているのも知っている。何度か探しに行ったこともあるくらいだし、確かにこういうことは初めてじゃない。でも、まさかこんな時に……
今の森は魔獣で溢れる魔境以上の危険地帯だ。そんな場所に子供が居るなんて命がいくつあっても足りない。
「……森のどの辺りですか?」
僕は努めて冷静に訊く。
「多分、いつもの遊んでいる外れの広場か……そうじゃなかったら」
カナが言い淀む。僕は嫌な予感がした。
「何かあるんですか?」
再度そう問いかけると、カナは意を決した様子で話し始めた。
「……森の奥の遺跡――かもしれない」
僕の嫌な予感は最悪の形で当たってしまった。




