第19話「少年の頼み」
村に帰ってくると、僕はセレシアと別れて自身の家を目指して歩いていた。
「あー、ルクス兄ちゃんだぁ!」
そうしていると元気な声が僕の耳に入った。その方向に目を向けると、そこに居たのは背丈も僕の半分程度の小さな子供だ。そして、僕自身もよく知っていた子だったので笑顔で挨拶を返す。
「ミード君、こんばんは」
僕の下に駆け寄ってくる小さな子供は目をキラキラと輝かせており、無邪気な印象が初対面でもうかがえるだろう。
「ルクス兄ちゃん、また森に入って魔獣を倒してきたの?」
「うん。まぁね」
ミードは僕のことを慕ってくれている。それは、僕がよく魔獣を倒しに出ていることを知っているからだ。
「凄いなぁ。僕もルクス兄ちゃんみたいに魔獣をバッタバッタと倒したりしたいなぁ」
「はは、もっと大きなって強くなったらね」
きっと、ミードは冒険者に憧れているのだろう。冒険譚に出てくる勇者なんかは魔獣を圧倒的な力で倒して人々を救う。そんな様をかっこよく思う気持ちは僕にもよくわかる。
「大きくなったら稽古をつけてくれるって約束、忘れないでよ?」
「分かってるって、それじゃあ僕は行くから。あまり遅くなって、お母さんを困らせちゃ駄目だよ?」
「うん、バイバイ」
僕は手を振ってミードと別れた。
彼は小さい頃の僕に少し似ているから、ついこうして話しているうちに仲良くなってしまった。走り去っていく小さな背中から、目を離すとその視線を自身の家へと向かわせる。
「さて、帰るか」
止めていた足を動かして、僕は再度家路についた。
木製の扉を開き、夕日が差し込む自身の家に帰宅する。
鞘に収めた状態の剣を部屋の傍らに立て掛けて、荷物なども一通り降ろして、着替えを済ませる。帰り際に買ってきた野菜や保存してある干し肉などを出してきて簡単に夕食の準備をする。
あれから、ボクとセレシアさんは無事に村に帰ってきてそれぞれの方面に別れた。
ボクは準備したスープと野菜の炒めものを食しながら、今日のことを振り返る。
「セレシアさんの使った魔術……凄かった」
彼女はあの魔獣を倒す一瞬だけでも二つの事を魔術を介して行っていた。一つは遠視、肉眼では見えない遠くの魔獣を捉える為に使っていた魔術だ。二つ目は、狙撃の為に使われた光の弾丸のような攻撃魔術……
僕はこれまで父親に教わった剣術と母親に鍛えられた感覚で魔獣を倒してきた。そして、この森に生息する魔獣程度ならそれだけで十分だった。でも、セレシアさんの魔術を使う姿を見て僕は思ってしまったのだ。
自分もこんな風になりたい。と……
僕の憧れた存在は、そう言えばこんな風に戦っていたんだと思い出した。だから、僕は――
「駄目元でもいい。頼んでみよう」
明日も一日中、どこからも仕事は入っていない。行動を起こす時だと僕は思った。
■
村長の管理する来人用の部屋にて、早速セレシアは採取した素材を照合させて魔力の調整を行っていた。
紙面に術式を描いて、特定の場所に素材を置いて術者が自身の体内魔力を流すことで術式は起動して、その性質を読み取ることができる。
「――清純な自然の魔力に多量の水の魔力が混じってる。さすがは海が近くにあるだけはあるね」
魔力帯が採取できるスポットは世界中を探しても、実はそこまで多くはない。様々な条件があり、それらをクリアして初めて土地の魔力を正確に測定することができる。
「魔力濃度、分布ともに問題なし。後は生態系と、地脈に刻まれた土地の記憶を……」
参照――しようとした時だった。
「……ッ!?」
『バチリッ!』と火花が思考内で散った。
参照しようとした情報そのものが何らかのプロテクトによって、アクセスが弾かれたような感覚を受けた。
「地脈の記憶に直接プロテクトがかかっている……」
セレシアは頭を抑えながら、術式への魔力操作を解除する。
「開けるべからずということかな。はぁ、仕方がない。今日はもう寝よう」
望んだ結果が得られずため息を付きながらも、ブラウスから寝間着のキャミソールに着替えてベッドで横になる。明かりを落として、彼女は今日の出来事を追想する。
「ルクスくん、やっぱり不思議な少年だなぁ。次会う時が楽しみ」
自身が興味を示す存在のことを思い浮かべながら、セレシアは眠りについた。
■
翌日の朝、僕は早くに支度して家を出た。そして、訪ねたのは村長の家だった。
「旅人さんの部屋かい?」
「はい、少し用がありまして」
そう言うと、村長はすぐに僕を宿舎に通してくれた。村長の家の裏手にあるもう一つ建物、鍵を預かって入ると教えてもらった部屋を探した。
セレシアが泊っているのは、二階の奥の部屋だった。
扉の前に立つと深呼吸する。
「ふぅ、よし」
コンコンとノックする。これでも、個人的な用事で女性の部屋を訪ねるのは初めてなので若干緊張しているのだ。
しばらくすると、足音が響いて扉が開いた。
「はーい、もう朝ご飯ですか?」
そして、目に映ったのはピンク色の部屋着を来たセレシアだった。目をこすり、長い髪も所々跳ねているので寝起きなのだろう。彼女は、予想外の来客に硬直していた。
「あ、あの……おはようございます」
僕がそう言うと、セレシアはようやく言葉を発した。
「……ちょっと待ってて」
彼女はそれだけ言うと、また扉を閉めて部屋の中に戻っていった。
「待ってて」と言われたので、部屋の前で壁にもたれて待っていると数分した頃に扉がまた開いた。
「――お待たせ」
今度のセレシアは昨日のようにローブを身にまとったしっかりとした格好になっていた。
「いえ、朝早くに押しかけたのは僕ですので……」
「それはもう良いから。何か用があって来たんだよね?」
セレシアは要件を早く言ってほしいみたいだった。『起こされたから不機嫌なのかな?』などと思いつつ、僕は本題を切り出した。
「はい。実は、セレシアさんに相談がありまして」
「相談?」
彼女は疑問符を浮かべて首を傾げる。
僕はそんなセレシアさんを見て意を決して言った。
「あの……僕に魔術の使い方を教えてくれませんか?」
頭を下げて頼む。
しばらくの沈黙が場を支配する。セレシアの返答を待つ。
「――頭を上げて」
その声が聞こえて、少しずつ顔を上げて彼女の表情を確認する。
すると、彼女は穏やかな笑みを浮かべて僕を見ていたのだ。
「……」
僕が言葉を出せずにいると、彼女が先に口を開いた。
「いいよ。魔術、教えてあげる」
了承。それを聞いて、僕はつい大きな声を出してしまう。
「ほ、本当ですか!?」
「うん。私、普段は人に教えるとか柄じゃないからやらないんだけどね。今回は特別にオッケーしてあげる」
特別、その言葉にドキリとする。
「そ、そうですか……とにかく、ありがとうございます」
その真意を探る事はなく、僕は目をそらした。
普段は魔術の指南などしないという彼女が、どんな意図を持って僕の申し出を受け入れたかはわからない。けれど、僕にとっては今後二度とないチャンスであることには違いない。
僕の心の中にあったのは、一度は諦めてしまった憧れへの希望だった。




