第18話「二人の魔獣討伐」
森の中でも比較的に安全な地点でセレシアさんと昼食を済ませて、現在ボク達は森の中を進んでいた。
「流れ者とは言っても、私も一応は魔術師の端くれだからね。各地を旅しながら、立ち寄った場所でその土地の魔力を採取して調査しているんだ」
セレシアさんが森に出入りしている理由はこの土地の自然由来の物、『魔力帯』と呼ばれるらしい。――例えば、草葉や魔獣の一部なんかがそれに当たるらしい。それらを森の各地を回りながら各地点で集めることでこの地に宿る魔力の性質がわかるらしい。今から行く場所の魔力帯を回収すれば、必要な素材が全て集まるらしくボクはそれに同行することにした。
「歴史、生態系、営まれてきた人々の暮らし――その地の魔力を見れば様々なことがわかるからね。旅の面白さも倍増するってものよ」
ボクは一介の村人に過ぎないから、彼女の言うことを完全に理解することはできない。
けれど、屈託ない笑顔で広がる外界を見る彼女のことを見ていると、少しと羨ましく思う。
「私からも聞きたいんだけど、ルクスくんはただの村人だよね。どうして、キミは剣を振るのかな?」
彼女が聞いた内容は剣を振る理由という、ボクに取っては身近であってそうでないような問いだった。
「剣を振る理由ですか……そういえば考えたこともありませんでした」
「へぇ、というと?」
「両親が元冒険者だったんですよ。それで、父親は若い頃から剣士をやっていて、この村に定住してからも魔獣達を追い払う役目などを担っていました。それで、その影響を受けたようにボクは幼い頃から剣を握り、こうして修練してきたという訳です」
戦う父の姿に憧れたのがそもそも始まりだった。幼い頃はおとぎ話に出てくる英雄などが好きで、剣を振り魔獣と戦う姿が余程かっこよく映った記憶がある。
「それじゃあ、その剣術はお父さんから?」
「はい、剣術は父に、感覚は母に鍛えられました。おかげで今は、一人でも魔獣と何とか戦えていますから」
軽々と語って見せるルクス、それを見てセレシアは少し目を細めた。
「あれほどの剣術をお父さんが、ねぇ……」
ルクスの剣術を見たのはほんの少しで、その実力のほどを測りきれてはいない。しかし、低ランクとはいえ魔獣を難なく相手取るというのは些か気になる。
そこから、セレシアが更に考えようとした時だった。
「――セレシアさん、少し止まってください」
黒髪の少年が不意にセレシアの進行を手で静止した。腰の直剣に手を添えて、注意深く周囲を見回す。雰囲気も鋭く、先程までの素朴めいた少年と同一人物とは思えないほどだ。
「……どうしたの?」
セレシアがそう聞いても、ルクスはすぐには返答を返さない。
「……いぇ、すこし森の空気感が」
しばらくして出てきた言葉も的を捉えきれないような声音だ。セレシアは周囲に注意を向けるが特に変わった様子はない。
「ごめん、私にはちょっとわからない」
ルクスはセレシアを一瞥して、それから考えるように目をつむったがそれも長くは続かなかった。
「そう、ですね。すみません、多分気の所為です」
本人は疑問の種を取り下げて、雰囲気も普段のものに戻っていた。セレシアは訝しんだが本人がこう言っている以上は詮索もできないと思ったのでそれより先は聞かなかった。
「……それじゃあ、行こっか」
気を取り直して二人は目的地に向かう。森をどんどん進み、空間に満ちる魔力がより濃くなった地点でセレシアは足を止めた。
「うん、この辺りでいいかな。さてと、手頃な魔力帯がすぐに見つかればいいけど……」
セレシアは周囲をざっと見渡す。魔力帯は自然由来の草葉、水、土なども一定の基準を満たせば該当するが、最も確実で向いているのはやはり魔獣の部位の一部だ。少し贅沢な使い方をすれば核などを使うことができる。
「魔獣の一部などでもいいんでしたよね」
ルクスがそうセレシアに確認する。
「もちろん、むしろそれが一番確実だよ」
「わかりました」とルクスは一言だけ返して、目をつむり意識を集中させた。
数分と経たないような沈黙の後、ルクスは目を開いた。
「一番近いところで北に百メートル地点のところに、四体ほど昆虫型の魔獣が居ます」
「え?」
セレシアは彼の示唆した方向に目を向けて、魔術を行使する。
遠視『千里眼』
千里眼は自身の目に感覚強化と透視の術式を付与することで行える遮蔽物を無視した遠視魔術だ。多重構成の術式になるので上級から中級クラスの魔術師でなければ使えない上に距離が伸びるほど魔力のコントロールも難しくなるのだが、できれば何かと便利な魔術だ。
セレシアの目が百メートル先の捉える。そこには、人の背丈の半分ほどの大きさのある蜂の形状をした魔獣が四体居る。それを見た瞬間、セレシアはわかりやすく顔をしかめた。
「うわぁ、虫系統の魔獣か……」
その呟きにルクスが反応する。
「苦手なんですか?」
「ただ倒したりするのは大して抵抗ないんだけど、解体だけはどうしても……ね」
仕事なら致し方ないと諦めてやるが、単に自分の趣味のためにやりたくない虫系統の魔獣の解体まではしたくない。
「意外ですね。魔術師って結構淡白でストイックな方が多いのかと思っていました」
「その認識も間違っていないけど、別に皆が同じ趣味嗜好なわけじゃないからね。好きもあれば嫌いもあるものだよ」
セレシアは苦笑まじりにそういう。
ルクスは「だったら……」と別の方向を指さした。
「百五十メートルと少し遠いですが、あっちには猪型の魔獣が二頭いますよ」
「ほぉ、どれどれ」
セレシアは品定めするように千里眼で示唆された方向を確認する。そこには、ランクCの猪型の魔獣が二頭確かにそこに居た。
彼女はそれを見て満足気に頷いた。
「うん、あれなら問題ないよ」
「そうですか、でしたら……」
ルクスが腰の剣に手を添えたのを見て、セレシアは瞬時にそれを止めた。
「待って、流石に自分の用事くらい自分で果たすから、キミはここで待っていてくれるかな」
ルクスはセレシアの手をわずわせるまでもなく魔獣を倒すつもりだったが、彼女自身がそういうなら話は別だ。特に言葉を返すでもなく剣の柄から手を離す。それを了承と受け取って、セレシアも魔獣の居る方向をみた。
「とはいっても、私は魔術師だから。ルクスくんみたいに自分の身一つで戦うのとは少々意味合いは変わってくるんだけどね」
セレシアが人差し指を立てて、それを魔獣のいる方向に向けた。
「二頭どちらとも倒す必要はないよ。一頭だけ確実に仕留めればいいだから……」
向けられた指先に小さな術式が数個浮かび上がったかと思うと、そこに周囲の空間から白い粒子のような物が収束し始める。
「例えば、こんな程度の物でもいいわけだ」
セレシアは準備を完了して魔術を発動させた。
初級魔術『ノーブルバレット』
指先に収束していた豆粒程度の大きさの白い光の弾丸が放たれる。目にも止まらないほどの速度で射出されたソレは、百五十メートル先の獲物の眉間を一寸違うことなく撃ち抜いた。
「命中、狙い通り二頭目は逃げたね」
千里眼で即座に状況を確認した。
今発動させた『ノーブルバレット』は、周囲の魔力を指先などの一点に収束させて撃ち出すだけの単純な魔術だ。無属性の中でも初級魔術と呼ばれる物で、身体強化系統の魔術と同じで駆け出しの魔術師が最初に覚えるごく普通で簡単な魔術だ。
当然、セレシアが発動させた『ノーブルバレット』はただの初級魔術に収まるようなお粗末な物ではない。速度強化や遠視を併用して精度を限界まで高めた上で、彼女の魔力操作技術あってこそ可能となる魔力の超高密度の収束を合わせて初めて編み出せる『光の弾丸』だ。並の魔術師では、あれほど離れた的にここまで魔力を収束をさせた代物をぶつけるのは容易じゃない。
「お見事です。今のが魔術ですか?」
「そう。初級魔術『ノーブルバレット』、それに私が独自で手を加えた合成術式だよ」
自身の行ったことをわかりやすく一言にまとめる。実際、やったことは一言で片付けていいような事ではないのだが、ルクスは魔術の初歩すら知らないのでそれで納得する。
「凄いですね。あれほど離れた場所に居る魔獣の眉間を寸分違わず撃ち抜くとは……」
ルクスも感覚を研ぎ澄ますことで魔獣の顛末を知っていた。
「うぅん、ルクスくんの索敵能力あってこそ出来た狙撃だよ」
「お役に立てたならよかったです」
私はルクスくんの並外れた感知能力を目の当たりにして、表には出さずともかなりの興味を持っていた。一度目はあの雨の日に、二度目は魔獣を狩っている彼と出くわした時、三度目は今の魔獣索敵――どれもこの歳にして一流の精度と言っていいだろう。
ますます、彼の事が知りたくなってきた。
だが、今はまずは目先の目的からだ。
「それじゃあ、さっさと魔獣の解体して戻ろうか」
戻る時間も考慮すれば、そろそろ良い地点に日が傾いている。
「えぇ、そうですね」
二人はそこから仕留めた魔獣を手早く解体して、必要な核を採取すると村への帰路に移った。




