第17話「少女が冒険者な話」
おそくなりやした
少年には憧れがあった。
心のうちにしまいこんだ遠き日のことを今でも思い出す。
第17話「少女が冒険者な話」
窓辺から朝日が差し込むより早くに目を覚ます。
いつも通りの朝、日が昇るより先にルーチンをこなして、ホットミルクでも飲みながら今日の予定を確認する。
「あ、今日は休みか」
確定した予定を一通り書いたメモ帳を見ながらそう呟く。僕の仕事は主に村の何でも屋ですが、こうして何も用がない日が週に一度あります。
手持ち無沙汰になることはありません。こんな日にやることも大方決まっていたりするから。
ボクはすこし思案した後、今日の計画を一通り決めて準備を始めた。
■
少し重めの鞄を背負って、村を出て森に向かう。
大雨に見舞われた先日より二日ほど経つので、地面も比較的に乾燥していて足を取られることはない。
森に入り、すこし進むと拓けた場所に出る。前に薬草採取に来た時には立ち寄らなかった場所だが、むしろボクにとってはここの方が馴染み深い。
「さて、やりますかね」
鞄を木のふもとに置いて、その中から細長い麻袋に包まれた物を取り出す。口の紐を解いて、中から取り出したそれを腰に吊り下げて、拓けた場所の中心までいく。
柄を握り、鞘に収められたそれを引き抜く。
天から照らす陽光を刃の銀色が反射して煌めく。心地よい金属の重さを感じさせるそれは【直剣】と呼ばれるもので、戦うための武器だ。
なぜ、ただの村人がこんなものを持って森に来たのか?
それは、これがボクの数少ない趣味だからだ。
剣を中段に構えて、目をつむる。心頭滅却というほどでもないが、一度集中状態に入るには効果的な手段だからだ。
風を感じる、意識が周囲の音や揺らぎを認識して、目をつむっていても手に取るようにわかる。一層強い風が吹いて、幾枚の木の葉が飛んでくる。
その中からボクに当たるであろう数枚を瞬時に判別する。そして――
「ッ!」
短い覇気と共に一息に剣を振り回す。
鋭い刃が風を切り、霞ほどの手ごたえを数度感じた。
「……ふぅ」
一息つきながら剣を下段に下げて目を開けると、僕の周りには真っ二つに両断された木の葉が数枚落ちていた。
そう、これはボクが切ったもので、趣味の一つとはこれのことだ。
「うん、実力はなまってなさそうかな。良かった」
最近は暇な時間もまれで剣を握ることは少なかった。この剣は死んだ父さんが遺してくれた物だと母に渡されてから、大事にずっと使ってきたから、定期的にこうしていないとやはり寂しいのもあった。
しかし、技に衰えがないことを確認できたので、ここでやることはもう十分だ。
「さて、時間も惜しいし、移動しよう」
剣を鞘にしまい。
腰に吊るしたまま荷物を回収して、出発する。
先日と違って、心行くままに森の中を駆ける。木々を伝い、時には風向きすら利用してどんどん森の奥へと入っていく。
この周囲の環境を利用する技能は母とやっていた遊びの応用で、今にして思えばかなり実用性の高い能力である。
移動しているうちに、ふと感慨に落ちる。
こうして、森の中を移動していると先日のことを思い出す。
あれから、ボクはあの冒険者の少女、セレシアさんとは顔を合わせる程度で特にこれといったことは起きていない。
そういえば、見かけた時は毎回村の出入り口だった。向かう方向からして、森が目的地なのはわかったけど、一体何が目的だったのだろうか。
考えていても仕方ないことかな。
まあ、聞くほどの仲でもないし、このことは忘れよう。
そんなことより、そろそろ森の深部にも近くなってきたみたいだ。
一度停止して、木の陰に身をひそめる。
「何処にいくかな」
目標を探すためにまた、目をつむり集中し、認識範囲を広げる。
範囲を十メートル、百メートルと伸ばしていき、ようやく見つけた。
「ここから東に百五十メートルの位置に六匹……よし、行こう」
目を開けて走り出す。
この先にいるのは魔獣だ。恐らくはランクCのイノシシ型の魔獣で、この森に生息する中でも比較的討伐しやすく数も多い魔獣だ。
数分と経たずに移動し、木の陰に荷物をおいてから枝に上り確認する。
「数と種類ともに間違いなし」
そこにいたのは間違いなくイノシシの魔獣で、様子を見るに、どうやら昼間の休憩中といったところらしい。
ボクは音もなく剣を抜き、呼吸を整えて一気に木を飛び降りる。
「はぁっ!」
一瞬のうちに剣を振り下ろし、落下の威力をのせた剣がイノシシを切り付ける。
『グモアァーーッ!?』
叫び声と鮮血を散らせて、イノシシ型の魔獣の一頭が倒れ伏す。
息遣いから魔獣の絶命を確認して、残りの五頭を見据える。
「よし、残りもいこう」
残りのイノシシ達に向かっていく。
■
最後のイノシシに剣を突き立てて、戦闘が終わる。
「これで、最後……ですかね」
辺りの気配を探っても、特に魔獣の接近などは感じない。
イノシシ型の魔獣たちは解体せずに放置する。僕は解体などができる知識がないので、討伐の証などは取れない。
剣を振って付着した血を飛ばして、鞘にしまう。
こうして戦ったのも久しぶりだけど、ちゃんと立ち回れて良かった。これでも、稀に村に近付きすぎた魔獣を討伐するくらいの役目は請け負っている。
若いとはいえ、鍛錬はかかせない。
「さてと、次の場所に――ッ!」
気配ッ!
三時の方向、二十メートル先の木陰。
瞬時に剣を抜いて構える。
「誰ですか?」
気配は人だ。村の人間の可能性も考えられるが、それならボクが接近に気付かなかったことに説明が付かない。
「ご、ごめん。私、私だよ!?」
すぐに声が聞こえてきて、木陰から現れたその姿に僕は体の力が抜けた。
「え、セレシアさん?」
桜色の髪に、僕を映す深く青い碧眼はセレシアさんであることを瞬時に認識させる。
「どうして、こんなところに?」
ボクは第一の疑問を述べた。
「私は魔術師として、この辺の魔力調査をやっていたんだけど……君こそ、魔獣なんて討伐して何してるの?」
魔術師としての調査、確かに彼女なら普通にあり得る理由だ。いや、それに比べたらボクは……
「えっと、今日は特に用がなくて、腕がなまらないように鍛錬を、と……」
変だ。一村人がただの鍛錬のために魔獣討伐なんて、外の常識は知らないが多分変だと思う。
「鍛錬?」
セレシアさんが眉をひそめて近づくと、ボクを注意深く観察する。
「確かに、かなり鍛えてるのは一目見た時から察してはいたけど、まさか一人で魔獣討伐していただなんて……」
呆れというか何とも言えない表情で、セレシアさんが僕を見る。
「君、冒険者登録は?」
「してないです」
「だよねー」
やはり、冒険者でない村人が魔獣を一人で狩っているというのはおかしい話なのだろう。
「ルクスくん、冒険者じゃない人が魔獣を狩りすぎるのってあまり良いことじゃないんだよ。これ、何でかわかる?」
急にそんな問いをされる。頭を捻って答えを出す。
「危険だから、でしょうか?」
「まあ、それもあるね。でも、それだと実力がある人なら良いのって話になるよね?第一の理由は、魔獣から取れる討伐の証――」
そう言って、セレシアさんは手近な位置にあったイノシシ型魔獣の体内から慣れた手つきで、小さな水晶玉のようなものを取り上げた。討伐の証だ。
「これはね。ただの討伐証明じゃなくて、魔術の恩恵を庶民に広く届ける【魔道具】の材料になるの」
魔道具。
一言でいえば、魔術を使えない人でも魔力を最低限使えるようにするための器具みたいなものだ。光を灯し、水を汲み上げ、火を起こす。その用途は多岐に渡り、日常生活において必須とすら言える。
「だから、ギルドはこれを代価に冒険者に賃金を支払うし、冒険者から受け取ったこれを工房なんかに売って運営の資金源にしてる……まあ、この辺は良いか。――とにかく、これらは世の中を回す大事な部品の一部なわけだ。君のしていることは罪には問われないけど、あまり褒められることでもない」
説教の内容を一通り話し終えたのか、セレシアさんは息をついた。
「当然、村に近づく魔獣は可及的速やかに討伐されるべきだし、数が増えすぎた場合は対応も必要になるけどさ。本来、君のような人はちゃんとギルドで解体を教わって、冒険者の資格を得てから討伐を行うべきなんだよ」
最後にそう言って、残りのイノシシ達に近づくと次々と解体して討伐の証を取り出していく。
なんだか、圧倒されてしまった。
彼女が生粋の冒険者である事と、ボクなんかより物事を見ていることもわかった。
一通りの解体を終えたセレシアさんが、ボクの所に戻ってきた。
「はい。鍛錬もいいけど、今度からは討伐するにしても数を考えてね」
そう言って、六個の討伐の証がはいった麻袋を僕に差し出した。それを見て、僕は呆気に取られた。
「ん、どうしたの?」
セレシアさんがそう言って、僕の顔を覗き込んだ。
いきなり間近で見つめられたことで、慌てて我に返ったが、それよりボクは気になったことを言った。
「あ、いえ……それより、これは?」
麻袋を指してそう言うと、セレシアさんは何の気なしにこう言った。
「討伐の証だよ。君が倒した魔獣のなんだから、君の物でしょ?」
「いや、そうかもしれませんけど、解体したのはセレシアさんですし」
あんな説教を受けた手前、受け取るのはなんだか居心地悪いというか。
「そんなこと関係ないよ。これは君が持っているべき物、大なり小なり命を危険を犯して手に入れた対価なんだから」
そう言って、ボクにもう一度、麻袋を差し出す。僕はそれを渋々受け取る。すると、セレシアさんは満足そうに微笑んで次にこういった。
「よし、それじゃあお説教の時間も終わったことだし、お昼にしようか?」
「はい……はい?お昼?」
いきなりそんなことを言われて、変な返し方をしてしまう。
「そう、お昼。ランチだよランチ。戦った後なんだからお腹すいたでしょ?」
言われてみれば、日の位置はすでに正午であることを表していた。そう思えば、確かにお腹が――
腹の虫が『ぐぅ』と唸る。
「……その、えと」
目の前の少女はニヤニヤとこちらを見ている。
「はい。お腹、空きました」
素直に認めると、セレシアさんは楽しそうな笑顔を浮かべた。
「よろしい。それじゃあ、場所を変えて、お互い弁当を広げてランチにしましょう」
そう言って、セレシアさんは何もない虚空に手を伸ばすと円形の穴がくっきりと開いて、そこから弁当が入っているであろうランチボックスが現れた。
先月は別作品執筆の為におやすみしておりました
今月からはいつも通り毎月1,2本投稿していきます




