第10話「魔術戦闘科」
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第10話「魔術戦闘科」
魔術学院の朝は早い。
朝の六時には寮の生徒は起床して、支度をし始める。
七時には朝食を含めた全ての事柄を終えて、校舎に向けて出発する。
ルーム集合は八時くらいだというのに、遅くとも三十分前にはきて着席して、各々の形で過ごす。これが当たり前らしい。
冒険者の自由な時間管理とは雲泥の差、流石に将来有望なエリート学院生達だ。そんな朝、オレと銀色の少女は学院長の執務室に、昨夜以来の訪問をすることになっている。
「ふわぁ……」
かく言うオレも、いつもより早い朝に寝ぼけ眼で学院の客室を出る。
昨夜、あれからミサの計らいで学院の客用宿泊室を貸してもらい、オレ達は床についたわけだが、実際に少女とミサがちゃんと話せたのかというと、微妙なところだ。
何しろ時間も遅かったし、彼女とて暇な身ではない。すぐに時間が来たみたいで、そのまま客室に通されたのだ。
「ま、客室の居心地は悪くなかったな」
冒険者という職業柄、野宿や粗末なベッドでの寝泊まりがほとんどなので、それを加味すれば一級クラスの客室での一晩は存外悪くなかった。
「眠そうだね、ナハト」
「ああ、そうだよ。ナハトさんは朝に案外弱い……て、お前は全然眠そうじゃないな」
今起きてきたであろう銀髪の少女。こちらは本当に寝起きなのかというレベルで表情に変化がない。
「ちゃんと寝たのか?」
「寝たよ。それより、ナハト約束は」
約束、確かにミサに呼ばれているが、まだ時間はかなりある。ああ、あれのことか。
「おう、おはよ。クロフィ」
「うん、おはよ。ナハト」
クロフィ、それがこの少女の名前だ。
研究所ではコードやら番号やらで呼ばれていた彼女に、ミサが与えた名前だ。そして、少女が最も大切にしているものだと言ってもいい。
オレは依頼遂行までは聞かないことにしていたから、完了した昨晩に彼女から聞いたのだ。
そして、次の朝には必ずその名前で呼ぶと約束もした。
こうして、名前を呼ばれた少女は本当に嬉しそうな顔をする。相当に気に入っているのだろう。
自身の境遇など、まるで気にせず存ぜぬ知らぬというように年相応の少女の顔はちょっと眩しいくらいだ。
■
朝食は客室で済ましてあるので、特にやることも無く早めに学院長室についてしまった。
早朝六時あたりの学院にも生徒の姿は多々見える。勤勉なものだ。
そんな事を思いながら、木製の扉をノックする。
「「……」」
しかし、返事は一向に返ってこない。
「いないのか?」
試しに扉を明けようと試してみるが、びくともせず固く閉ざされている。鍵穴らしきものが見当たらないことから、恐らく魔術によってロックされている。
「ミサ、まだ来てないんじゃ」
「ふむ、どうやらそうみたいだ」
このぐらいの時間なら、もう既に居るかと思ったのだが、困ったな。
「どうしたものかな……」
居ないからどうしようという訳でもない。勝手に学院内を歩きまわるのも良くない気がする。
「――あら?」
そうして待ちぼうけを喰らっていると、背後から声が聞こえた。
「ん?ああ、ようやく来たな」
その声の主は、昨晩もぶりのミサ・ハートだった。
「二人共はやいわね。もう来てたんだ」
特徴的な赤髪を揺らしながら、こちらまで来るミサ。
「そっちが遅すぎるんだよ。なあ、クロフィ?」
「うん、ミサ、すこし来るの遅い」
銀髪の少女もそれに乗って頷く。
ミサは苦笑いを浮かべながら、扉に手をかける。
「まだ、約束の三十分前の筈なんだけどね。――ロック術式解除」
そう短く唱えたかと思うと、カチャリと開錠したような音が鳴って扉が開く。施錠の魔術が解除されたのだろう。
「お待たせ。とりあえず、中に入って」
昨晩以来の部屋、デスクにどっさりと乗っていた書類はほとんどなくなっている。
「あの後、終わらせたのか?」
机を示唆して言ったから、すぐに意図を理解したミサが返答する。
「まあね。昨日中に処理しておかなきゃいけない案件ばかりだったから」
となると、今日来るのが遅くなった理由はそれかもしれない。
本来なら早めに終わる書類作業も、オレ達の訪問によって終わるのが遅くなったと考えるのが自然か。
「別に二人のせいじゃないから、気にしないでいいからね」
そう言いながらも手際よく羽織っているローブを脱ぎ、書類一式をデスクに広げる。これを見ると完全に仕事人間だが、彼女自身は魔術師として超一流の実力者だ。
その辺りの事情に、クロフィとミサの繋がりのルーツがあるのだが、また纏まって話す機会を作るだろうから、その時に話そう。
「そもそも、呼び出したのは私だしね」
デスク前の椅子に腰かけて、ようやくこちらに向く。
「まずはクロフィの方なんだけど、しばらくの間は学院の見学でもするって言うのはどう?」
ミサは必ず時間を作ると言っていたが、それでも纏まった時間を作るにはそれなりにスケジュール調整をする必要がある。
時間を作れるまでの間、学院の施設見学したり、授業を体験したりなどして待つことにしようとのこと。
「わたしは、それでも良い」
クロフィも異論はないらしい。
「よし、それじゃあ――」
「ナハトはどうするの?」
オレの言葉を遮って発せられた疑問。
「え、オレ?」
そして、オレからも発せられた疑問。――に対して、クロフィは頷く。
「……まあ、オレはやることがあるから、そっちに向かうが」
何も少女を送り届けて「はい、終わり」というわけではなく、オレ自身この町、詳細に言うならこの町を周辺を覆う森に用がある。
「ギルドの方から請け負っている依頼もあるから、オレもしばらくはこの町に留まる予定ではあったんだよ」
クロフィは安堵したような表情を浮かべた。
「そう、わかった」
少女の素直な表情に、オレも微笑む。そして、改めてミサの方に向き直る。
「それじゃ、後は頼んだ」
「オッケー、そっちも気をつけてね」
そう言って、オレは学院長室を出た。
■
学院を出て、町に向かう。
まずはギルドによって、依頼を正式に受注する。
内容は森の中層域から深部に至るまでの調査。最近、森の内部の魔力の巡りに異常を観測したという報告があり、その原因の調査だそうだ。
普段なら幾らついでとは言っても、この手の依頼は受けない。だが、今回ばかりはそうも言ってられない。
「本当に関わっているのか、確かめないとな」
■
ナハトが部屋を出た後、わたしも程なくして部屋を後にした。
ミサは学院内であれば、ある程度なら自由にしてもいいと言っていた。他の教師にも話は通してあるから、授業も好きに見学していいとのことだった。
「……」
まず、クロフィが目を通したのは敷地内の校舎の全体図。
自分の年齢的にも、何となく高等部の授業を見学しようと思った。学科ごとに校舎が分けられており、これを見て行く場所も決めようと思う。
「魔術理論、文献解明、素材解析、術式研究……」
こうして見ていて、なにやら色々と研究やら解析だのと書いてはいるものの、わからない訳では無いがいまいちピンと来ない。それも当然のことで、自分はこれまで研究される側で、戦う為の術、魔術、そして最低限生きていくための算術と読み書きしか教わってこなかった。その、算術や読み書きだってミサが教えてくれたものだ。
その状態で図面を眺めていると、ひとつの項目が目に留まった。
「魔術戦闘科……?」
戦闘の二文字、最も自分が磨いてきたであろう技術。これなら、多少なりとも自分でも楽しめるだろうか?
「行ってみよ」
図面から位置をしっかりと覚えて歩き出す。
■
学院敷地内を歩く。
校舎間の移動は以外にも距離がある。元々が森だったからか、緑が多く大地からも芳醇に魔力が溢れ出ている。元来よりは自然的要素が減っているのにこれとは、確かに魔術を学ぶ場としてここ以上に条件の揃った場所はないだろう。
「多分、あれかな?」
数分歩いてそれらしき建物が見えてくる。
校舎に入って、中をほどほどに見回りつつ授業がやっているであろう教室の前までくる。
まずは廊下の窓から中を確認する。見たところ、普通に授業をやっている様子だ。
「さて、どうやって入ろう」
生徒の数は二十くらい。流石のわたしでも、授業の途中に当然のように入室すれば注目の的になるであろうことはわかる。
「……」
考える。
「……やめた」
考えても名案などない。普通に入ろう。
変に考えるよりも、それが一番いい気がする。
「よし、行こう」
扉の前に立つ。
当然、後方側の扉だ。前から入るのは流石にあほだ。
という事で、一息に扉を開ける。
「からして――」
講義の真っ最中に入室したので、教師も含めて教室の全ての視線がこちらに集まる。
『……』
その反応に、内心不安になる。
ミサは本当に、教師陣にわたしが来るかもという話を通していたのか?
沈黙、どうしよう。
「あ、あの……」
なにか言おうと口を開こうとするが、こんな状況で上手く立ち回れるようなコミュニケーション能力は当然持っていない。
その時だった。教師が声を上げる。
「ああ、そうか君が――学長から聞いている。君が客人のクロフィくんだね?」
女性の教師がこちらに来て、そう聞いてくる。
「う、うん」
ぎこちなくも何とか返事をする。
黒髪でスーツ姿のいかにも出来る女性といった感じ、学校の先生というのは会ったことが無かったけれど……さすがは魔術戦闘科の指導者といったところなのか、一見しただけでもかなりの練度が感じ取れる。
「ふむ、私はここ魔術戦闘科の講師をしているマリア・ベリーだ。学長はもしかしたらていどに言っていたが、まさかここに来るとはな。……まあ、なにしろ来たからには自由に見学していってくれたまえ」
「うん、そうする」
そして、マリアは教壇に戻り。わたしは教室の後方で授業の様子を見ることにする。
授業の内容は、主に戦闘に活かせる魔術の紹介と大まかな使い方の解説がメインで、ノウハウや技術的なところは、この後の実技実習で教えるみたいだ。
わたしは打撃メインの戦い方で使う魔術も身体強化がメインだから、あくまで魔術師としての戦い方を意識したことはなかったが、改めて聞いてみると勉強になることも多い。
クロフィが授業の内容に聞き入っている中、教室内の生徒たちの間ではいきなり現れた少女についてのことで話題になっている。
「あの子、一体なんなんだろうな?」
「さあ、学長のお客さんだと言う風な声は聞こえたけど」
生徒たちににはクロフィが来ることは伝えられていなかったから、噂が右往左往、独り歩きしている状態だ。
「三限目の授業からはいつも通り実習だ。集合には遅れないようにな。ということで解散」
マリアが退室したタイミングで授業終了のチャイムが鳴る。それと同時に、わたしも教室を出る。
廊下に出てマリアを追いかける。
「待って」
「ん?」
そう声をかけると、マリアがこちらを向く。
「クロフィくんか。それで、私の授業はどうだった?私はこれでも武闘派だからな。とても出来た講義とは言えなかったかもしれんが」
謙遜に対して首を横に振る。
「あなたは強い。戦闘を教える上でこれより大事なことはない」
わたしに授業の良し悪しはわからないが、一目見ただけで彼女が相当な実力者であることは、鍛え上げられた練度が証明している。この人の教えることが間違いだとは思えない。
「……ふむ、一応隠しているはずなんだがな。さすがはあの学長の客人だ。この後の実習の授業も見て行くのか?」
頷く。
「そうか、それならこの後も恥をかかないようにしないとな」
十分くらい後、校舎を出て少しのところにある訓練場に生徒たちが集まる。
「諸君、今日は客人もいることだ。恥をかいては黙って帰れんだろう。いつも以上に頑張るように、それでは始めよう」
簡単に点呼をして、そこから各々が自分の使う武器の最終確認を始める。わたしはその間にマリアに聞きたいことを聞く。
「これからなにをするの?」
「なに簡単なことだ」
見ていればわかる。という事だろうか?
そうことなら、黙ってみておこう。
「よし、各々確認は済んだな。それでは、いつも通り班ごとにかかって来い」
班ごとにかかって来い?
その一言の後、生徒たちの中から四人が出てくる。
「最初は俺たちが」
剣士二人、短剣持ちの術師一人、純粋な魔術師が一人のオーソドックスなパーティ。冒険者への就職を主な進路としているだけあって、四人ともそれなりに戦闘慣れしている。練度はマリアと比べれば天と地ほどの差だが、水準は高い方だろう。
「うむ、良いだろう。いつでも来い」
そう言って、マリアは構える。ここまできて、やっとわたしは理解する。
「はい!みんな、セオリー通りに行くぞ!」
剣士の内一人が走る。それと同時に術師二人が術式準備、どちらも用意しているのは中級位の魔術で術式の情報を見る限り風属性と火属性でどちらも攻撃系統、純術師が火力の高い火属性で補助として片方が風属性を行使している構図。悪くない作戦だ。
「はぁ!」
振り下ろされる剣は当然マリアには当たらないが、二人目の剣士もいるため前衛のカバーは十分に思える。
「二人共どいて!」
魔術師の少女がそう叫び、炎弾が放たれて、後に続くように風の魔術が発動する。二人の剣士はギリギリまで引き付けた後に後退。
風のブーストを受けて威力の上がった炎の魔術が爆裂する。
二人係とはいえ威力は上位魔術にも匹敵するものだ。
「やったか!?」
一人目の剣士がそういう。
確かにこれほどの魔術の直撃したともなれば、勝ちを確信したとしてもおかしくなはい。だが……
「悪くない策だ。相手が私でなければ通っていただろう」
煙の中から現れたのは無傷のマリアだった。
「ち、化け物かよ……」
悪態だってつきたくなるだろう。作戦自体は彼女が言った通り決して悪くはなかった。実力差を見込んで時間をかけずに早期決着に出ていたこと、術師の瞬間火力も高かった。
だが、足りない。
実力差がありすぎる。
マリアの職業は今の一撃を防いだ方法をみてなんとなく理解したが、それを加味すればなお実力差が歴然とする。
「やるね」
クロフィは純粋に感服する。
マリアの役割は防衛を担当するブロッカーで、今の一撃を防いだのは身体強化魔術初級のプロテクション。
プロテクションは一定時間、身体硬度を上げる。主に魔力・物理攻撃に対しての耐性を上げる魔術だ。近接職なら基本技能ではあるが、今の術式展開の速さと魔力操作の質は一級品。
これほどのプロテクションを張れて、更に剣もあくまで躱すのではなく流していた。そして、手の動かし方、体捌きからして武器種は恐らく槍。
つまり、彼女は自身のメインウェポンを使わずに決して弱くはない生徒を相手取っているのだ。
「言った通り作戦は悪くなかった。だが、まだ魔力の編み込みと前衛二人の技量が足りないな。私のプロテクションを破れない様では、上位魔獣の強靭な肉体には傷一つ付かんぞ」
実力の差に関しては、仕方がないとしか言いようがない。
マリアの年齢は若めに見えるが、それでも今まで潜った死線は数知れないだろう。さっきの魔術に対する反応速度も才能だけの物とは思えない。
戦闘を行う上での勘の鋭さが、彼ら、彼女ら生徒とマリアを別ける決定的な違い。無難な攻め方で勝つのは、正直なところ無理がある。
「そんなんじゃ、いつまで経っても合格は上げられないな?」
「勘弁してくださいよ」
それからの数戦もマリアが危なげなく凌ぎ切って行く。
数々の戦いを見ていて、クロフィはある思いを持ち始めていた。
「……わたしもやりたい」
そして、改善点を徹底的に言ってあげたい。
どの戦いもたしかに高水準なのだが、明らかに足りないものがある。指摘点を見つけたら誰だって口出ししたくもなるだろう。
しかし、それを初めから教えても成長には繋がらないという事か、ここまで動きの指摘点が一切ないマリアが全てを語っていないのだから、そうことだろう。
でも、それはそれとしてずっとここでじっとしていると、何だか混ざりたい気持ちになってしまう。目の前で体を動かしているのを見たら、自分も動かしたくなる。
よし、丁度休憩中だし行ってみよう。
「マリア、少し良い?」
「うむ、構わんが。なんだね?」
相変わらず汗水一つ流していないマリアが返答する。
「この模擬戦闘って、あと数組残ってるよね?」
その言葉に、マリアは疑問符を浮かべる。
「あと二班残っているが、それがどうかしたのか?」
自分の考えを簡潔に言葉にする。
「マリアのやってるやつ、わたしもやってもいい?」
『え!?』
驚きの声を上げたのは、マリアではなく生徒たちだった。
生徒たちの間では、「どういうことだ?」や「なめられているのかな?」などと言った声が聞こえてくる。
「あぁ……学長が呼んだ客人だから、そんな申し出も想定はしていたが」
マリアは少しの間、困った様な表情をして考えたあとこう言った。
「別にやってもいいが、本気で反撃するのはやめてくれよ?怪我は戦士には付き物かもしれんが、それで動けなくなっては本末転倒だからな」
正直なところ、マリアはクロフィの実力に関しては全く心配していない。むしろ、子供であるが故に相手である生徒に怪我をさせてしまうのではないかと心配しているのだ。
「わかった。善処する」
その言葉を聞いて、マリアは頷く。
「よし、それならオッケーだ。なに、それ以外は手加減しなくてもいいから、存分に揉んでやってくれ」
そんな感じで話が進み、休憩が終わって次の組が出てくる。
剣士一人の術師三人。対するはクロフィ一人だ。
「マリア先生、本当に大丈夫なんですか?」
生徒の一人がマリアに尋ねる。
「なにがだ?」
「あの女の子ですよ!多少なりとも覚えがあるかもしれませんが、まだ子供ですし、それに見た感じ強力武器や魔道具の類いを持ってる様子でもない。学生とはいえ四人を相手にするなんて無茶なんじゃ……」
その心配に対して、マリアは笑って返す。
「なんだ。そんな事か?確かにクロフィくんは子供だが、間違いなく君らより……いや、私などよりも強いよ」
「冗談、ですよね?」
生徒は信じられないといった様子だ。
だが、マリアは依然として表情を変えない。
「まあ、そう思うなら見ておけ」
クロフィと生徒の戦いが始まる。
次回は三月中にはあげます




