〜獣の国篇〜 #1
こんにちは大久保と申します。初投稿なので拙い部分も多いと思いますが、暖かい目で見てくれたら幸いです。投稿頻度は私生活が忙しく執筆活動に割ける時間が少ないのでかなり遅くなると思います。
P.S.八十美はやとみと読みます。
時は2112年、世界中のある特定の場所にのみ発生する緑色の多次元干渉膜、通称エンティティホールの出現によって世界はより多様になっていた。
遡ること16年前、突如地球に出現したエンティティホールからどこの国にも戸籍登録されていない人が現れたのである。各国の首脳陣はこの事実を世界に公表し、”彼”に対する研究を始めるよう様々な研究施設に訴えかけたところ、約半年後に彼の独自言語体系が全て英語に翻訳され、その半年後には世間のありとあらゆる人々にまで彼らが異世界人であることが知れ渡ることとなった。その後あれよあれよと自動翻訳機の作成や、異世界調査隊の編成などが行われ、現在ではエンティティホールを通して138の異世界との行き来が可能になった。
そんな中、日本の某所にてとある怪しい研究をする人物がいた。
「ついに完成した、この憑依マシンがな。ハッハッハ」
八十美探偵事務所という看板が掲げられた築30年のアパートの二階で、日焼けを知らない美しく白い肌を持ち、頭の上に目を覆うほどの長いくせっ毛を生やした男、八十美は満足げな顔で頷いた。
「これがあればこの二つの椅子にそれぞれ座った二人の体と魂を一つに統合することができる。そうすれば浮気調査や産業スパイの炙り出しといった仕事にもより全力を尽くすことができるようになるぞ。ハッハッハ」
奇怪な笑い声をあげる彼の後ろからはこれまた怪しげな緑色の光が淡く洩れ出し、彼の白衣を淡く緑に染めている。
その光の発生源、”エンティティホール”が今度は強く輝きを放ち部屋中をまるでスタングレネードを放った時のようにすると、それに気づいた八十美は呟いた。
「今日は運がいい。早速お客さんの登場だ」
光が収まり部屋がまた薄い暗闇に沈むとそこに現れたのは一人の青年であった。
「まずお名前をお伺いしてもよろしいですかな?」
八十美が尋ねる。すると、
「エラリィだ」
男は無愛想にそう答えると、周りを見回し、薄く埃が被った古めかしく品のある装丁の本の並ぶ本棚、洗い物が大量にたまり排水溝から水を吸い込めなくなったシンクや散らかる下着、靴下、白衣、そして怪しげな二つの椅子とそれらを取り囲むかのように設置された数々の機械をその目に収めると同時に言った。
「お前が八十美探偵事務所の長だな?」
「いかにも」
少々食い気味に答える八十美。続けて問い返す。
「今日はどのようなご用件で?犬探しですか?それとも浮気調査?」
エラリィは答える。
「いや、俺の住む世界で起きたある事件の調査の依頼だ。報酬は成功報酬で金20kgならどうだ?」
「フフフ…いや失礼。もちろん引き受けますとも」
久しぶりの事件の依頼にかそれとも金か、またはその両方かに反応して思わず声を抑えきれずに顔に笑みを浮かべて嬉しがる八十美に呆れてエラリィは声を荒げる。
「お前を見込んで依頼しにきたんだ。しっかり仕事はしてくれるんだろうな八十美探偵?」
「これはこれは、失礼な態度をとったことを詫びましょう。なにぶん久しぶりの事件なもので。して、私は何を解決すればよろしいのですか?」
「頼むぜほんとに、八十美探偵。まずは俺の住む世界の話をしなくちゃな。俺はリアギリスっていう世界からきたんだが、うちでは地上に凶暴な獣がうじゃうじゃいて、見つかればすぐに食われちまうから俺たちは地下でひっそりと暮らしてきたんだ。このまま太陽の光を浴びずに一生過ごすのかと考えてたから最近現れたあの穴、お前らはエンティティホ
ールって呼んでいるらしいが、あれには感謝してるんだぜ」
「ほうほう。リアギリスですか。さぞかし大変な生活だったでしょうね」
「それが案外そうでもないんだ。地下でも家は建つし、畑は作れるし、水だって確保できる。火も起こせるから明かりの確保も大したことじゃないしな。ここからが本題なんだが、最近うちの集落から脱走者が出たんだ。そいつは地上に向かって掘り進めて行ったらしいが、俺たちとしても脱走者が出ることは喜ばしいことじゃない。理由はわかるだろ?そいつの痕跡から俺たちの住処が獣たちにバレるかもしれないからだよ。とにかくそいつが獣にバレる前に、静かにそいつを集落まで連れ戻そうとしたわけだよ。だがそいつはすでに地上に出てしまっていたようなんだ」
「それはまずいですね。彼は無事だったんですか?」
「無事だったならこんな相談はしに来ない。要はやつは殺されていたんだ。地上に出る直前のところでな。周りに獣がいないことを音で確認すると俺たちは男3人でやつの亡骸を集落まで運んで行ったのさ。それはもう酷い有様だった。顔面は誰かもわからないくらいに潰され、内臓は食い荒らされていたのさ。かろうじて見える部分の背中には大きな三本の爪痕が残されていた。間違いなくクマの仕業だろうとみんな思った。俺もそう思ったんだ。でも少しおかしいことに気がついた。」
「ほう。そのおかしなこととはなんだったのです?」
「それがな、やつが使ったはずのピッケルだったりドリルだったりがないんだよ。どこにもな」
「素手で少しずつ掘って行ったんじゃないですか?」
「そんなことはありえねぇよ。なぜかって、こっちは地下50メートルに住んでるんだ。素手ではどうしようもないほど硬い岩に出くわす確率も高いんだよ。現にやつが通った穴は硬い岩を貫通させたような岩穴があったしな」
「ほう。となると彼は少なくとも何か尖ったものを持って穴を掘り進めて行ったということですね」
「ああそうだ。そこで俺がお前に依頼したいのは、その掘るための道具の捜索だ。地下の集落内にあればいいが、もし地上にありでもすれば匂いを辿られてうちの集落まで獣が押し寄せてくるかもしれねぇからな」
「なるほど。もの探しということですか。いいでしょう。この八十美探偵事務所の威信にかけてその探し物、見つけて差し上げましょう」
「よろしく頼むぜ探偵さんよ」
「フヒヒ…なかなか面白そうな事件が僕の元に舞い込んできましたね」
小声の独り言が八十美の口からこぼれ出る。人の生き死にの考察は探偵の本業だからだろう。依頼人からはバレないように繕ってはいるが、確かにその表情には笑みが見受けられた。