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家宰は奥方様を観察する

家宰ロイド視点

 サザランド伯爵家の家宰ロイドは、昨日輿入れされたばかりの奥方様が滞在しているという、応接間の前に立っていた。彼はこの数日、サザランド家の領地で起きた揉め事に対する対処の為、現地へ赴き事態の解決にあたっていた。やっと職務を全うし王都の屋敷に戻ったのは、つい先程の事である。

 まだ若い主が勤め先である騎士団の仕事に忙殺されている為、伯爵家の執務は家宰であるロイドが行う事が多かった。今回はたまたま不味いタイミングで領地でのトラブルが発生し、主たるルーク・サザランド伯爵の婚姻に対してとるべき対応が後手に回った。その事をロイドは己の力不足と考えていた。


 ロイド自身も主と同じ26歳。前任者から家宰を受け継いだばかりで、至らない事が多いと自認している。


 更にタイミングが悪い事に、サザランド伯爵家を取り仕切るもう一人の人物、家政婦のトレイシー夫人までもが身内の不幸で屋敷を空けていた。


 その上想像の斜め上を行く出来事が起きていた事に、ロイドはどう対処するか頭を悩ませている。主の妹が直情型だという事はよく分かっていたが、まさか義姉となったエインズレイ侯爵令嬢に向かって「離婚しろ!」等と言い放つとは!

 ロイドかトレイシー夫人さえいれば、そんな事態は回避できたであろうに!!

 確かに主たるルーク・サザランド伯爵の納得も無いまま、押し切られた縁談ではあったが、そもそも相手のエインズレイ侯爵令嬢も、保護者の義務も果たしていない父親に、有無を言わさず押し切られた、云わば「被害者」と聞いている。そんな彼女を一方的に責め立てるなど、余りにも酷では無いか・・・・・・・・。

 しかも冷静に「伯爵本人の意思が確認したい。」と申し出た彼女に、滞在に必要な食事も寝床も与えないと宣言し、それを実行してしまっている。


 肩を落とし溜め息を一回つくと、ロイドは目の前の扉をノックした。


 

  「はい。」と、応えが有りロイドは扉を開けて部屋に入る。

 部屋にいるただ一人の人物である以上、長椅子に座る女性が主の花嫁だという事だろう。その人物をロイドは失礼にならない程度に観察する。胡桃色の髪と焦げ茶色の瞳、その色彩は地味と評する者もいるだろうが、ロイドには好ましく映った。その落ち着いた色彩を映したかのごとき性格なのだろう、やはり落ち着いた様子でロイドに応対している。顔はふるいつきたい程の美人ではないが、美しい部類に入ると思う。体型はすらりと引き締まり、無駄な肉が付いていない様だ。平民に混ざって働き、体を動かす仕事をしているという話を裏付けている。

 ロイドは彼女を一瞥し、『平凡よりはやや美しく、全体的に好ましい。』と、その容貌の評価を下した。


 見ると彼女の前に有る応接テーブルには、干し肉と何かを焼き固めたレーションバーが鎮座している。どう見ても保存食という代物ではないのか?


 ・・・・・・・・何故そんな物を侯爵令嬢が持っているのか、何故こんな所に有るのか?!

 そんな疑問が先立ったが、先ず問題にするべきは、どう見ても『保存食で朝食を摂っている』場面であった。携帯用のコップに入っているのは、恐らく水ではないだろうか・・・・。それを見ると、ロイドは眉間に手をやり、軽く左右に頭を振ると口を開いた。


「お初に御目にかかります奥方様。私、サザランド家家宰を勤めておりますロイドと申します。申し訳ありません、奥方様。主や私が留守中に大変な失礼が有りました事をお詫び申し上げます。」


 それに対し、『奥方様』は答えた。


「はじめまして家宰殿。私はエインズレイ侯爵の娘、サリエと申します。どうかお気になさらないで下さいませ。それより折角の機会ですから、情報をいただけませんでしょうか?正しい行動を取るには、余りに情報が足りておりません。」


 慎重な言葉にロイドは更に『奥方様』の評価を上げる。


 頷くとロイドは主の現状を説明し、主の妹が何やら吹き込まれて逆上している事や、離婚はサザランド家の総意では無い旨を伝える。

 すると『奥方様』は暫く考える様な様子を見せた後、静かに口を開いた。


「では、反対の方とそうでない方が居られると・・・・・・・・?」


「はい、明確に反対しておられるのはサザランド伯爵の妹君である、クローディア様とその侍女達だけで、主の身内でサザランド家の長老とも言える、叔父君や伯母君辺りはむしろ大賛成、奥方様を逃がすなと仰せです。」


「おや、まあ・・・・。意外ですわね。」


 (・・・・・・・・何が意外?)


 問うように方眉を上げると、苦笑気味の『奥方様』は、夫たるエインズレイ侯爵の印象を伝える。


「私、昨日初めて旦那様にお会いしたのですが、この婚姻を歓迎しておられない事は直ぐに分かりました。それは当然かと思っておりました。だってあの父ですから。縁を繋ぎたいと思える義父とは程遠いでしょう?」


「・・・・・・・・随分ハッキリおっしゃいますね?」


「あら、こちらの様な立派なお家が、大事な旦那様の結婚相手を何も調べない筈が有りません。当然、父の評判や実際の人柄は勿論、私が父とほとんど会ったことが無い事や、平民に混ざって生活している事もご存知だと思ったのです。実際、こちらのお嬢様も、私がその様な生活をしていると明言なさいましたし。事実、私は日々労働しているのですから・・・・。

 忌憚の無い所を申し上げれば、離縁して戴けるのであれば、非常に助かると思っております。

 兎に角、私は立派な貴族の奥様なんて出来る人間ではありません。歓迎なさる方が居るといわれると、非常に困惑いたします。」

 そう言うと、彼女は自身の言葉を表情に表すかの様に、眉を寄せた。


 『奥方様』は思った以上に冷静で賢いお方である様です。


 確かに彼女の父親であるエインズレイ侯爵は、ある一方面の文官として優秀ではあるものの、非常に思い込みが激しく話が通じない事がよく有る為、大変付き合い辛い人物として有名だった。加えて彼の妻子も『個性が強く』、多くの貴族からは儀礼上の付き合い以外は避けられているらしい。

 事実、旦那様が縁談を受けた当初回避に奔走したのは、エインズレイ侯爵家のもう一人の娘が縁談の相手だと思ったからだ。

 非常に貞操の問題が有るその娘しか、エインズレイ侯爵家には娘がいないと思われていたのだから。

 それを考えてみれば、『奥方様』の主張は道理が通っている。


 黙考するロイドに、扉の外からノックの後声が聴こえる。


「失礼致します。家政婦のトレイシーでございます。」


 ちらりと『奥方様』をみやった後、ロイドは入室を促した。

 直ぐに家政婦のトレイシー夫人が静かに入室し、『奥方様』に向き直ると使用人の鑑とも云える礼をとった。それに対し、『奥方様』も丁寧に挨拶を返す。

 そのやり取りにロイドは、彼女の知性と人格の確かさを再認識する。


 (期待していませんでしたが・・・・これは、嬉しい誤算では?!)


 この『奥方様』なら教育次第で、申し分のない伯爵夫人になれるのではないか?

 そもそもこのサザランド家は国内の各家と比較して、特殊な環境と云える為、奥方様に求める資質も通常とはかけ離れている。

 その為どのようなご令嬢が嫁いで来ようとも、サザランド家独特の『奥方様』教育が必要となる。


 期待を込めてトレイシー夫人を見ると彼女も嬉しそうに頷いている。一目で『奥方様』を気に入った様に見える。


 (期待はしていなかったが、これは思った以上に嬉しい結果が得られそうだ!!まずは奥方様がご希望の離婚を回避する方向で動くべきでしょう。)


 トレイシー夫人やその部下マルチェラの負担はあるだろうが、教育しがいはありそうだ。

 『奥方様』はエインズレイ侯爵の庶子らしい上に、平民の暮らしをしているらしいが、そもそもエインズレイ侯爵家は現当主とその妻子を除けば問題は無く、その家柄は歴史が有り由緒も正しいものだ。

 貴族階級では庶子など珍しくも無い。

 それなら人格や貞操に問題の有る嫡出子より、聡明で人格の優れた庶子を選ぶ。

 肝心の当人はなんとか離縁したいらしいが、ロイドは逃がさない方向で動くと決めた。この気丈さは旦那様も嫌いではないだろう。


(最悪逃げ出すとしても、『影』を付けておけば問題無い。)


 そっと視線をトレイシー夫人と交わす。

 後は彼女に任せるとしましょう・・・・。




読んで下さりありがとうございます。

どうしようも無い遅筆です。

がんばります。

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