片想いの相手
「おっ!きた!きた!これ、旨そうだなぁ~!ほら、2人とも皿よこせ。よそってやるから。でも、俺がここ!一番旨そうなとこな~」
一郎は相変わらずよく気がつく。
それに、やはり千晶と香澄にとっては欠かせないムードメーカー的存在だ。
生まれつき太らないという体型こそは変わっていないが、さすがに二児のパバ&一家の主だけあって、男らしい“貫禄”が備わっていた。
きっと、家庭でも温厚で理想的なご主人&パパなのだろう。
「家族のために禁煙して既に7年めなんだ。まだまだ子供も小さいし、お父さんは長生きしないとな~」と、笑顔で話す一郎は【良きパパ】だった。
大学生の頃に香澄が感じていたドキドキするほどのセクシーさや、ワルっぽいところはすっかりなくなっていた。
仕事も大きな仕事を任せられていて、「休みなんか週に1日だけなんだよ~」とぼやいていたが、びっしり予定が書かれたスケジュール帳と“店長”という役職が印刷された名刺や、スーツにキラリと光る社章が、彼の充実ぶりを表しているようだった。
それに、きっと満ち足りた生活をしているのだろう。彼の顔には学生時代には見られなかった穏やかな笑い皺が刻まれていた。
だけど、香澄はかえってそんな一郎の姿を見て安心した。
実は、香澄は二十代後半に妻子ある男性と付き合っていた事があるのだ。
“家庭はうまくいっていない”
“いずれ離婚するから”
“愛しているのは君だけだ”
男の言葉はどれも真実のようでありながら、結局、どれも真実ではなかったのだ。
最後には“諦め”と“後悔”と“別れ”が残っただけ。
その時、香澄はもう二度とあんな苦しみはしたくないと思ったのだ。
もう不倫はしない。
貴重な時間を無駄にしたくない…と。
そのため、実は今夜─。
片思いしていた一郎に会ったら、どうなっちゃうんだろう…と、香澄は少し心配していたのだ。
しかし、心配は無用だった。
携帯電話を開いた時に見せてくれた家族旅行の待ち受け画面。
カバンの中からチラリと見えた弁当箱。
彼の指に光るプラチナの結婚指輪が、十分過ぎるほど、彼の幸せな結婚生活を物語っていたからだ。




