変わらぬ関係
「ほら、香澄!ぼんやり立ってないで。
早く、早く~!ほら!ここに座って~!」
既に乾杯を済ませていた2人の姿を見て、軽いショックを受けた香澄に向かって、千晶は店全体に響き渡る大きな声を出して手招きした。
「二人とももう来てたの?
遅れるって言ってたから、ちょっと寄道してたの。遅れてごめんね…」
席に着くなり香澄はそう二人に謝ったのだが、千晶はうなずくわけでも、久しぶりの再会の挨拶をするわけでもなく、
「ねぇ、ねぇ!素敵なお店でしょう?
この店はね。人気俳優の○○さんや
歌手の○○とかがお忍びでやってくるのよ!
それからね…。この前なんか…」
等と、知り合いのご主人がシェフをしているというその店を、まるで自分の店のように紹介し続けた。
その話だけで、一体何分過ぎただろう。
香澄は座ったものの、お預けをくらったまま。
千晶の話に圧倒されてドリンクさえオーダー出来ない状態だった。
しかし、千晶の話の勢いは止まりそうにない。
香澄は話の合間を見て
「私もビール頼もうかな」
と、店員を呼ぼうとしたが、
「やだな~。話の腰折らないでよ。
あのね、この店の名前の由来はね…」
と、千晶は話し続けて、まったく香澄の声に耳を貸そうとはしなかった。
香澄は(千晶は相変わらずだな…)と小さな溜め息をついた。
千晶は学生時代からこうだった、今も変わってないんだなと、改めて感じていた。
学生時代と同じ。
再会の時も、やはり千晶のペースなのだ。
そんな様子を見かねた一郎は、ぐいっとすっかり気の抜けたビールを飲み干すと、
「千晶~。もう十分わかったから!
とにかく、香澄が来たんだから、もいっかい乾杯しようぜ~」
と、昔と同じスマートさで、千晶の店自慢を止めに入った。
「…あれ?まだ乾杯してなかったっけ~?」
ようやく千晶も気付いたようだ。
千晶は一郎には素直に従うのだ。
「ごっめ~ん」
舌をペロリと出して香澄に笑った。
香澄は嫌味に聞こえない程度に「私は乾杯…まだよ」と苦笑いした。
一郎の誘導でやっと千晶の店自慢が終わった。
「すみませ~ん!」
一郎は素早く手をあげて店員を呼ぶと、
「えっとねー。ビール、3人前ね~。
なるべくダッシュでヨロシク!」
と、注文してくれた。
ほどなく冷えたビールが届いて、
「かんぱ~い!」
ようやく3人はグラスを重ね合わせる事が出来、久しぶりの宴が始まった。




