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彼と彼女と4つの季節  作者: 井上まどか
秋のストーリー
12/15

最後のプレゼント


香澄はひとしきり泣くと、少し気持ちが落ち着いてきた。


「もういいや…。あなたは何も悪くないよ。それに、今日で最後。もうあの二人には期待しない…。それでいい…」


と、香澄は傷ついた自分を励ますように鏡の中の自分に声をかけると、水を止めて急いで顔を整えた。


席に戻ると、ふたりは財布を出して帰り支度。いつの間にか“おあいそ”の時間になっていた。


割り勘で勘定を済ませて外に出ると、秋の夜空にくっきり白い月が浮かんでいた。


その月の下には、香澄がここに来る前に見た“七色の東京タワー”が、変わらぬ光を放ちながら美しく輝いている。


「キレイだね~」


香澄は何とか気分を切り替えて、最後の元気を振り絞って2人に話しかけてみた。


けれど、月と東京タワーを見て感動してくれたのは一郎だけ…。


「へぇ~。ホントだ!あんなライトアップもあるんだね」


「うん。今日は特別な、ダイヤモンド・ヴェールっていうライトアップなんだって」


「そうなんだ…。へぇー」


一郎の顔に優しい笑みが浮かぶ。


ところが千晶は「ただの東京タワーじゃん」と、心ここにあらず…。


しきりに時間を気にしながら、携帯電話の留守電をチェックしていた。


店の中では全然楽しめなかったし、来た事にすら後悔していたけれど、


「そうだ。これ…」


香澄はバッグの中から2人へのプレゼントを取り出すと、「はい、これ」とまずは一郎に手渡した。


「何これ…?」


驚いて尋ねる一郎に、香澄は照れくさそうに「たいしたものじゃないんだけど、ほんの気持ち…。遅れちゃったけど…お誕生日おめでとう」…と告げた。



そして。


「はい、千晶にも」


「…えっ?私?」


そりゃそうだ。

あんなに冷たくしたのに…。どうして私に…?千晶はかなりビックリしたようだ。


「うん、もちろん。あっ、でもそれはね、一郎のとは違うの。たいしたものじゃないんだけど…今日は呼んでくれてありがとね。…それは…今日の記念だよ…」


この時、香澄は


(もう私は傷つきたくもないし、この2人と会うこともないかもな…。お別れの記念品みたいになっちゃうけど…ま、いいか!…2人にあげよう)


そう思っていたのだ。


一郎は「なぁ~んだ。俺の誕生日、覚えていてくれたのかよぉ!超ウレピ~♪ありがとな~!」と、まるで子供のように喜んでくれた。


けれど、千晶は…


さっきまでのイキイキした表情は一気に消えて、少し青ざめた顔になった。


そして、お礼も言わず、「電車なくなるから早くいこ!」と、香澄の手から奪うようにプレゼントを受けとると


「もう…。何なの?…入らないじゃない!手さげくらい用意してよね!」


と、ぶつぶつ文句を言いながらバッグに無理やり押し込んだ。


「…ご、ゴメン…」


まさかプレゼントをあげて怒られるとは…。香澄は千晶にあげたお人好しな自分の事を後悔した。


(あげなきゃ良かった…)


仲間外れにされて泣いたり、怒りたいのは自分の方なのに…。


香澄はやりきれない気持ちになって、思わず大きな溜め息をついた。


そんな二人を見て、一郎がボソッと香澄に告げた。


「アイツ…相変わらず素直じゃないよな。でも、ホントは嬉しいんだよ」…と。


「…そうなのかなぁ…」


香澄からは、どう見ても千晶が怒っているとしか思えない。


「そうだよ」


「そうは見えないけど…」


千晶はしきりに携帯電話をカチャカチャ操作していたが、急にその手を止めて、「もう!なんでよ~!」と声を荒らげると、早足で駅に向かって歩き出した。


「おぃおぃ!急にどうしたんだよ。ちょっと待てよ!」


「…な、何?どうしたの?」


「さぁ…よくわかんねぇけど、ブルーデーなんじゃない?」


その時の香澄には、この日の千晶の態度が一体何を意味するのか…まったくわからなかった。


結局、千晶は香澄には笑顔を見せなかった。改札に入っていく時は「じゃあ、またね~」と一郎に向かって微笑んでいたけれど…。香澄には挨拶もせず、手も振らず。悲しい別れ方をした。


これまでも千晶は自己チューだったけれど、こんなに後味の悪い飲み会は初めてだった。


さすがに香澄は凹んだ。


「もしかして…今日、わたしがいない方が良かったかな…」と一緒の方面に帰る一郎に尋ねてみた。


「…なんで?」


「何だか私、千晶から避けられてたみたいだし…。ふたりの会話ばかりで、私はいてもいなくても同じだったみたいだから…」


すると。


「ハハハ、そんなことないって!今日は楽しかったよ、ありがとな」


一郎は香澄の不安をかき消すような明るい笑顔で答えてくれた。


「…ありがとう…」


「じゃあ、またな。気をつけて帰れよ」


「うん。またね…」


香澄はその言葉のおかげでほんの少しだけ、心が救われたような気がした。


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